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あの娘は走らない  作者: カキテ
3/14

寝過ごした流れで五十嵐のお手伝い、あと女の買い物は大変

千年以上前の人達が想いを込めた文章を、時を越えて読み解く。

 


想像も出来ないような長い間読み継がれた、短いラブストーリーやキラキラした素敵な物語。

 


今行われている本日最後の授業、古文って基本的にロマンチックだと思う。

 


興味が無くはない。

 


しかし今はダメだ、眠い。

 


昨晩は久しぶりにフットボールの世界にどっぷり浸かって大いに楽しんだ。

 


一人で何杯もお茶を飲みながら「どうやってんだ、あのフェイントは?」「おいおい、サイドバック上がり過ぎだろ、後ろがガラ空き!」などと呟きつつ数試合を観ていたら、いつの間にか薄明るくなった窓の外で雀が鳴いていた。

 


今日はもう一日中眠過ぎて、昼休みも急いで昼食を済ませた後はずっと机に突っ伏していた。

 


今が一番の眠気のピーク、先生の一本調子な声は呪文の詠唱にしか聞こえない。

 


魔法の効果は抜群、彼のレベルの高さが推し量れる。

 


教科書で顔を隠しつつ最低限勉強しているポーズだけをとり、諦め気味に少し眠ることにした。

 


ちょっとだけ、ちょっとだけ……

 


のつもりが、起きたらすでにホームルームも終わり、教室には誰もいなかった。

 


椅子に座ったまま大きく伸びをして、固まった体を覚醒に馴染ませる。

 


大分すっきりしたな、人間体調が悪い時は無理しちゃだめだな、寝て良かった。

 


授業の半分とホームルームを事実上欠席してしまったことからの罪悪感。



それが消える程の大きな満足感を抱きつつ、出しっ放しになっていた教科書を鞄にしまう。



侑とのえるは、都心のサッカーショップに練習用のウェアを買いに行っているはずだ(俺は眠気を理由に断った)。



まずウェアから、つまり見た目から入るところが大変あの二人らしい。



侑なんてたくさんジャージ、持っているだろうに。



明日菜は友達と遊びにでも行ったんだろう、あいつはさっぱりした性格が好かれて意外と同性の友達が多い。



素っ気ない態度をとったり時々冷たいことを言ったりしても、芯の部分では優しいやつだ。



可愛げだって無くはないと言うこともありえないことではないかもしれないと言い切れなくもない。



片付けが終わった俺は椅子から立ち上がり、教室を出た。



今日の晩めしは何にしようかな、残り野菜がたくさんあるから食べちゃわないと。



野菜たっぷりあんかけチャーハン、トマトと豚肉と野菜を全部放り込んでコンソメの鍋、鶏がらスープでさっと煮ておかずスープ的なのを作ってもいい。



ぼんやりとメニューを考えながら廊下にでると、五十嵐桃花がビニールに包まれたバスケットボールを抱えながら歩いていた。



「あれ、まだ帰ってなかったんだ?」



帰宅部の五十嵐がまだ校内にいることに少し驚きつつ、聞いた。



「あ、ああ三浦君。ちょっと高橋先生から頼まれて。私日直だから」

 


立ち止まって五十嵐が応える。

 


彼女と会話するのは随分久しぶりな気がする。



「何を頼まれたの? ボール運び?」



「うん、職員室に届けられてた新しいボールを体育倉庫まで運んで、ビニールを剥がして軽く拭いておいてくれって」



「けどそれってバスケ部の仕事じゃないの?」



「なんか今日は部活が休みで、明日の午前の体育で新しいボールが必要みたいなの。だから今日の日直の私が頼まれたと思うんだ」

 


日直ってことはもう一人いるはずだが……。

 


そんな俺の言いたいことを先読みするように、五十嵐が続ける。



「もう一人の日直の赤木君は、風邪でお休みみたいで」 

 


高橋先生というのは俺達のクラスの担任だ。

 


普通の先生なら五十嵐に仕事を頼んだりするのは避けそうなところだが、彼はあえて五十嵐に任せる。

 


そうすることによって自信をつけたり、周りとの繋がりが出来たり、つまりは本人の為になると考えているようだ。

 


俺は高橋先生のそういうところを、本当に相手のことを考えているところを素直に尊敬している。



「そうか。けど女の子一人で全部運ぶのは大変そうだな」



この時間まで掛かっているということは、結構な数のボールがあるのだろう(五十嵐の足を考えれば、人より余計に時間が掛かるはずだ)。



「皆手伝ってくれようとしたんだけど、大丈夫だからって言っちゃったんだ」

 




五十嵐が微笑む。



「手伝うよ、俺暇だから」



「ありがとう、けど平気だよ。私も今日予定無いし」



今まで何度も目にしてきた柔らかな拒否の壁だ。



何故だか今日の俺は、その壁を強引に突破してみたくなった。



遠慮する五十嵐を無視してボールを取り上げる。



「体育倉庫まで運べばいいんだよな?」



「ほ、ほんとに大丈夫だから、べ、別に遠慮とかじゃないの。私一人で出来るから」



俺はまたも無視して、ボールを持ったまま廊下を五十嵐がついて来れる速度で歩き出す。



五十嵐はなんだかいじけたような、ちょっと不安そうな可愛らしい顔で俺の斜め後ろをついてくる。



ようやく諦めてくれたみたいだ。



 






何往復かして体育倉庫に全てのボールを運び終えた俺と五十嵐は、ビニールを剥いてボールを布で拭く作業に移った。





「そう言えば三浦君、今日授業終わっても寝ちゃってたよね」



「ひどいよな、誰か起こしてくれれば良かったのに」



「井上君が起こそうとしたんだけど、明日菜ちゃんが放っておこうって。皆もあんまり気持ち良さそうだから起こせなかったみたい。昨日眠れなかったの?」



「テレビでサッカーの試合をずっと見ててさ、やっと朝方に寝たんだよ」



サッカー、という単語に五十嵐がピクっと反応した気がした。



俺の把握している限り、彼女がサッカーをしていたことを知っているのは(俺を除けば)クラスに誰もい

ない。

 


三年前には天才パサーとしてピッチ中を生まれたばかりの天使みたいに跳ね回っていたことを、彼女はひた隠しにしているのだ。



「はは、それじゃあ眠いはずだね」

 


そこで会話が一旦途切れ、二人とも作業に没頭する。

 


黙々と仕事をこなしながら、俺は三年前にうだる様な暑さの中で目にした五十嵐を思い出さずにはいられなかった。

 


素早い身のこなし、相手の力に抗うのではなく踊るようにいなすボールキープ、ベテランの技師が測量器具を使い綿密に調査したかのように放たれる正確且つカラフルなパス。

 


当然もっとうまいプレーヤーは星の数程いるだろうが、あんな風に女子特有の柔らかさを生かしながら魅せるタイプのプレーヤーは観たことがない。

 


しかもあの時五十嵐は若干十四歳だったのだ。

 


もしあの後現在までサッカーを続けていたら、と思わずにはいられないが、膝から下を失った彼女に対してそんな想像をすることさえすごく失礼なことみたいに思えた。

 


だけど。

 


フットサルチームを組んでから、常に頭の奥の片隅に「もう一度五十嵐のプレーが観たい」という気持ちがへばりついている。

 


その想いが授業中、サッカーを観ている時、料理をしている時、夜眠る直前に少しだけ顔を出すのだ。

 


その度に頭を振って気持ちをリセットする。

 


悲しいけれどもう無理なんだ、諦めるしかないんだ。

 


俺なんかより、五十嵐本人の方が俺の何百倍も再びプレーすることを望んでいるはずだ。

 


けれど想いだけではどうにもならないこともある。

 


希望を持つことは大事だが、願いは全て通じる、と思う程子供ではない。

 


俺はもう高校生なんだ。

 


下がったテンションを引きずらないように、会話を再開させる。



「五十嵐ってさ、普段家で何してるの?」

 


作業をしながら五十嵐が答える。



「んー、これといって何もしてないよ。宿題したり、晩ご飯の時にお母さんのお手伝いしたり」



「お、ということは料理も出来るんだ。女の子だねえ」



「ううん、お手伝い程度だから料理ってほどでもないかな。ほんとに簡単なものを作るだけだよ」



それでも手伝うだけ偉い、誰かさんに聞かせてやりたい。



「明日菜なんて全然料理出来ないんだぜ。料理どころか洗い物も、食器を拭くのも危ないくらいでさ」

 


俺は即座に誰かさんの名前を出す。



「へー、意外だな。明日菜ちゃんて何でも出来そうなイメージだから。勉強も、スポーツも完璧だし。皆に頼られているし、私にも優しくしてくれるよ」



やっぱり根強いな、明日菜人気。



「まあ確かにいいやつではあるけどさ、昔はズボラだったんだぜ。小学生の頃なんてしょっちゅう忘れ物ばかりしてて、何度教科書を隣のクラスに届けたかわかんないし。」



「そっか、そう言えば三浦君と明日菜ちゃんは幼馴染なんだっけ。仲良いもんね」



「幼馴染と言うより腐れ縁だね、家も隣同士で幼稚園も学校もずっと一緒。まあ十年以上俺が世話してきているかんじかな」

 


五十嵐は少し納得いかない表情で



「そうかなあ、明日菜ちゃんて面倒見良さそうだけど」

 


まあかっこつけてああは言ったものの、冷静に考えてみれば明日菜が俺の面倒見てるって方が真実に近い。

 


昔から俺のピンチにはあいつがいてくれた気がする。

 


逆にあいつのピンチを俺が助けたことって、あいつが忘れ物した時くらいだな。



「けど明日菜ちゃんが三浦君に少しだけ甘えているような気もする。いいなあ幼馴染と今も一緒って。私の幼馴染達は何百キロも離れた兵庫だもん」

 


ちょっと気になって聞いてみる。



「なんで高校から転校することになったんだ?転勤か何か?」



五十嵐の表情が少しだけ曇る。



「ううん、この足のせいだよ。東京に理学療法が充実したすごくいい病院があるって聞いて、リハビリの為に引っ越してきたんだ。家族も付き合って一緒に来てくれて。だからお父さんとお母さんにはとても感謝しているの。そういえば三浦君は一人で住んでるんだよね?」

 


言い難いことを言わせてしまった。

 


時期的に考えれば、足が転校に関係しているなんて分かりそうなことなのに。



自分の軽率さを反省しつつ話を続ける。



「親が二人揃って海外に転勤しちゃってさ、それから一人暮らし。一緒に行こうって誘われたんだけど、一から外国語勉強するのは面倒だったし、それに家事は元々割と得意だったしで残ることにしたんだ。けどしょっちゅう明日菜と侑が遊びに来るから、正確には一・五人暮らしみたいなものかな」



「そうなんだ、その年で一人暮らしとかすごいなあ」

 


作業はそろそろ終わりそうだ。



立ったまま仕事をしながらも、五十嵐の姿勢に不安定なところは見えない。



リハビリに加え、本来のバランス感覚の良さも手伝って日常生活に支障のないところまで回復したのだろう。



自然に歩ける、簡単な動作が出来る、そこに至るまでの道で五十嵐がしてきた努力を考えると、頭が下がる思いだ。



「趣味とかは?空いた時間は何してるの?」



まるでドラマで観るお見合いの質問だ。ご趣味は何ですか、嗜む程度にお茶とお琴を。



「最近は音楽を聴くことが多いかな、詳しいわけじゃないんだけれど」



「へー、誰とか聴くの?」



「お父さんの影響で古い洋楽ロックばかり聴いてるの。だから最近のバンドとか日本のアイドルは全然知らないんだ。」



意外な趣味だ、イメージとはかなり違う。



「俺も古い洋楽好きだよ」



「そうなの?私が好きなのはストーンズとかディープ・パープルとか」



俺が続きを受ける。



「ツェッペリンとかフーとかドアーズとかビートルズとかピストルズとかビーチボーイズとか」

 


五十嵐が嬉しそうな顔で俺の目を見る。



「そうそう、そんなかんじ!音は今程綺麗じゃないかもしれないけど、今の音楽にはない暖かさがあってなんか好きなの」



「俺は特にビーチボーイズが好きなんだけど、確かに独特の温もりがあるなあ。けど今のバンドだって悪くないよ、いいバンドもいくつかいる」



「そうなんだ。私うちにあるレコードとかCDを繰り返し聴くばかりだから、本当に最近のバンドは知らなくて。聴かず嫌いって言うより、触れる機会がなかったの」



レコードプレーヤーが家にあるんだ、ちょっと羨ましい。

 


そうだ、あのバンドなら気に入るかもしれない。



「ジェットってバンド知ってる?前にiPODのCМソングになったりしたんだけど。」



「ううん、聞いたことない。最近のバンド?」



「最近て言えば最近かな。ストーンズが好きならきっと気に入るよ。なんせストーンズのギタリストのキースもお気に入りのバンドなんだ」



「そうなんだ、ちょっと聞いてみたいな」



「家にアルバムあるから明日持ってくる、絶対好きだと思うよ」



「ありがとう、けど大丈夫。わざわざ持って来てもらうのも大変だし」

 


これは例の柔らかな拒否の壁なのか、単に迷惑がっているのか?

 


しかしどちらにせよ気にしない、今日の俺は図太い。



「別にCD一枚持ってくるくらい大変じゃないよ。それにクラスに洋楽好きがいないから、音楽の話が出来る友達が欲しいんだ。ね、ちょっと聞いてみなよ」

 


五十嵐は少しだけ逡巡した後、ぺこりと頭を下げた。



「じゃあ……、すみませんが、よろしくお願いします。」



「はい、お願いされました」



彼女はクスリと笑って



「ありがとう、楽しみにしてるね」



その後二人で職員室まで戻り、担任の高橋先生に作業の終了を報告した。



一緒に帰り支度をした後に校門まで歩き五十嵐に手伝った礼を言われ、そこで別れた。

 


いつもの夕暮れの商店街をかるくスキップしながら家路を急ぐ。

 


洋楽友達が出来そうでよかった、明日菜も侑も洋楽には興味無いもんな。

 


ところで俺、何でスキップしてるんだ?



 








翌朝、早めに登校して授業が始まる前にCDを持って五十嵐の席に向かった。

 


何故か少し緊張して、喉が渇いた。



「はい、約束の。ゲット・ボーンていうジェットのファーストアルバムなんだけど、勢いがあってかっこいいよ」



「ありがとう、早速帰ったら聴いてみるね」

 


素直に受け取ってくれてよかったな、なんて安心しつつ自分の席に戻る。



「トンボ~、朝っぱらからナンパかよ~!」

 


侑がお約束通りイジってくれる。



「バァ~カ! あっ、魔女子さーん!」

 


手放しで自転車に乗っているフリをしながら、俺も定型文で切り返す。

 


明日菜は一限の英語の教科書を読んで、静かに予習をしている。

 


そういえば侑が昨日のえると買い物に行ったことを思い出す。



「昨日どうだった? いいウェアあった?」

 


侑が大きく肩を落とす。



「ていうかさ、大変だったよ」



大変?



「大変て何が? ただの買い物だろ。何かあったのか?」



「まずは池袋のサッカーショップに行ったんだよ。俺的には結構いいのがあったからそこで買ってもよかったんだけどさ、のえる的には全然ダメらしくて。まあ女子用のサッカーウェアとかフットサルウェアって数自体が少ないからそれは分かる話じゃん。それでデパートのスポーツ用品売り場とかスポーツブランドの直営店を回ったんだ」

 


そこまでは普通の話だ。



「それでものえるは納得のいくウェアがないらしくてさ、全部高過ぎるらしいんだ。ただの運動着にそこまでのお金は出せませんわ、とか言ってさ。その後新宿、渋谷、恵比寿と回って。すっかり日が暮れてもう帰ろうとしたら、のえるが大田区の端にでかいスポーツショップがあるのを携帯で見つけてさ」



ゲルマン民族並みの大移動だ。



「完全に二十三区を縦断してるじゃん」



「そうなんだよ。んでそのスポーツショップにやっと着いてから、更に悩んでさ。あれは高過ぎる、これは胸のワンポイントが気に入らない、それはサイズが合わなくて胸が苦しいとか言っちゃって。結局セールワゴンの中に一枚だけあったものを執念で掘り出して、試着室に籠ったあげく『これにしますわ、何とか妥当な値段のものが見つかりましたわ』って。やっと決めてくれたころにはもうかなり遅くなってたんだ。そして俺は買えずじまい」

 


昨日の疲労を色濃く残しながら、侑がまとめる。



「よく女子の買い物に付き合うのは大変だって言うけどさ、航平、あれはお前真実だぞ。現代の男子に課せられた一種の修行だ」

 


それにしても意外にも。



「なんか話聞いていると、のえるって経済観念がしっかりしているな」

 


侑が同意する。



「俺もさ、行く前は『あそこからあそこまで全部頂きますわ』とか言うと思ってたんだよ。やっぱさ、お嬢様じゃん、そういうイメージあるよね。けど実際はコストパフォーマンスをやたら重視してたよ。最後に買ったのだって、売れ残りで八割引きぐらいになってたやつだし」



「けど侑、リアルお嬢様ってそんなかんじなのかもよ。お嬢ったってまだ高校生なわけだし、そんな金遣い荒いやつばかりでもないだろ」

 


侑が頷く。



「というより、俺たちってのえる以外にお嬢様なんて見たことないしな。」

 


確かに、漫画とかアニメでしか見たことがない。

 


二人でお嬢様について貧しい想像力を駆使して考えていると、チャイムが鳴り英語教師が教室に入ってきた。

 


今日はちゃんと起き続けて、全部の授業を受けなくちゃな。








途中まで明日菜と一緒に帰り、帰宅して宿題を終わらせた。



その後に簡単な夕食を一人で食べ、洗い物を済ませる。

 


一日のノルマをこなしたことに満足しながら、テレビの電源とCSチューナーの電源を入れる。

 


五十嵐があのバンドを気に入ってくれるといいな、そんなことをぼんやり思いつつソファにゆったりと座った。

 


ふと画面を観ると、今まで見たこともない試合風景が目に飛び込んできた。

 


ピッチはサッカーより狭く(多分フットサルコートと同じ位だろう)、サイドラインは壁で囲まれていた。



驚いたのは、フィールドプレーヤーが全員大きなアイマスクをしていることだ。

 


それさえなければ、フットサルの試合にしか見えない。



ゴールキーパーのみアイマスクをしておらず、忙しそうに味方への指示出しを行なっていた。



画面左上に『ブラインドサッカープレミアカップ決勝』と書かれ、その下に現在の点数が表示されている。



ブラインドサッカー?



ブラインドって目隠しとかそういう意味だよな、だからアイマスクをしているのか。



けど何の為に?



疑問に思った直後、解説者の説明が耳に届く。



それによると、どうやらこの中の何人かは視覚障害者らしい。



目の見える選手もいるようで、条件を同じにする為に全員何も見えないアイマスクを着用しているということだ。



プレーを見ている限り、目が見えていないとはとても思えない。



映像では目の前にいるディフェンダーを素早い切り返しでかわし(どうやってボールの位置やディフェンダーの動きを把握しているんだろう?)、豪快なミドルシュートをゴールに叩き込むところが流れている。



沸き立つ会場をバックに、解説は更に続く。



ボールの中には鈴が入っており、その音を頼りに選手はドリブルやパスをする。



またゴールキーパー、コーチ、そしてコーラーと呼ばれる声のガイドのみが選手に指示を出すことを許されている(その為観客は指示を遮らないように、プレーが途切れている時以外は出来るだけ静かにしていなければならない)。



つまり画面の中の彼らは鈴の音と仲間の声だけを頼りに、暗闇の中であれだけのプレーをしているのだ。



俺は試合に夢中になっていた。



展開がスピーディーで見ていて面白かったし、ハンディキャップを持った人間にあんなプレーが可能だとは想像もつかなかった。



一番驚いたのは、目の見える人も見えない人も共にスポーツを楽しんでいるところだ。



パラリンピックなど、障害者のスポーツが盛んなのは知ってはいたが、健常者と同じチームでプレーする競技があるとは知らなかった。



しかも俺の大好きなサッカーだ。



俺は夢中になってテレビを食い入るように見つめる。



そして試合が終わり番組が変わっても、俺はまだ画面を凝視していた。



目の見える人も見えない人も同じチームでプレーする、このスタイルは否応なしに五十嵐のことを思い出させた。



今までは無意識のうちに、彼女と共にプレーするなんて無理だと諦めていた。



しかしブラインドサッカーが新たな可能性を俺に示す。



別に同じチームだっていいじゃないか。



義足だからもうプレー出来ない、そんな考えは無意味な決めつけでしかないことをさっき見た番組は教えてくれた。



中学の時のあの日の五十嵐は、本当にキラキラと輝いていた。



空に虹を描くパスを、俺に見せてくれたんだ。



今だって本音ではサッカーを嫌いなはずはない、忘れられるわけがない。



だって、あんなに楽しそうにプレーしていたのだから。



出来ることならもう一度、と心の奥底では思っているはずだ。



膝から下を失って、今はもうサッカーのことなんて考えたくもないかもしれない。



けれど、ハンディキャップを持っていることと、サッカーが出来ないことは決してイコールじゃないから。



そこに少しでも情熱があるのなら、クローゼットの奥底にしまい込んでちゃ駄目だ。



五十嵐をフットサルチームの五人目のメンバーに誘うことを、俺は決心した。



彼女のことだ、いきなり誘っても断るだろう。



しかもこの話は彼女の足や心の傷にも関係してくることだ、丁寧に進めなければいけない。



具体的ないいやり方なんて一つも思いつかないが、この気持ちだけは本物だ。



俺は熱くなった頭をクールダウンさせる為、一旦シャワーを浴びた。



けれど、決意したことによる興奮は浴び終わっても途切れず、眠りにつくまで俺の体を駆け巡っていた。


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