校内全体かくれんぼ―中盤―
榑井と話した後、俺はとりあえず放送室に向かうことにした。
しかし、放送室は教室棟の向かいにある職員棟にある。
もし職員棟に行くとするなら、一度各階にある渡り廊下を通るか、一度外に出なければならない。
幸い、今のところ教室棟は廊下には人影がないものの、渡り廊下となったら話は別だ。
榑井の予想によれば、移動人数が制限される渡り廊下は、早く渡った者にかなり有利なのだという。
なぜなら――
思考をめぐらせている内に一番近い渡り廊下である2階渡り廊下に到着しようとしていた。
次の角をまがれば、後は渡るだけ…のはずだが…。
不意に、銃撃音が響き、むさ苦しい男達のうめき声が聞こえてきた。
俺は、慌てて曲がるのをやめ、身を隠す。
すると、どうやら向こう側に誰かいるのか、声が聞こえてきた。
『隊長!田中、吉井がやられました!!』
『くそ!編隊を崩すな!田中、吉井は後方へ!かわりに清水と及川!ダンボ盾を持ち俺と前進だ!』
『無理です!二人とも痛みで動けません!』
『ちっ!なぜサバイバル部同士で争わねばならん!本田と河野め!渡った途端に裏切りおってぇえええぇええ!』
壁から少しだけ顔を出し様子を伺ってみると、迷彩柄を着込んだ男子たちがダンボール板でBB弾を防御しながら身を寄せ合っていた。
しかし、相手は改造エアーガンかガスガンでも使っているのか、すぐにダンボールが穴だらけになってしまう。
その都度ダンボール板は替えているようだが、正直そう持ちそうにない。
ここで、榑井の必勝法を思い出す。
『まず、渡り廊下についてだけど、どの階についても渡らないほうが良い。
こういった場合、部活などで遠距離武器を持っている人たちの独壇場になるからね。
特にサバイバル部とかは、エアーガンとか持っているはずだから、一度渡られてしまったらあきらめた方が良いね。体力温存も含めて、ここはあえて遠回りの外を通る道を選んだ方が得策だよ』
「なるほど…確かに言ってた通りだな」
俺は、必要以上に近づかないようにしながら、2階渡り廊下前を過ぎ、階段を下りて1階の下駄箱へと向かった。
途中、1階渡り廊下前も通ったが、あそこはサッカー部VS野球部という壮絶な争いをしていた。
もっとも、あそこについては結婚云々をすでに忘れて勝負に没頭しているようだったが。
下駄箱につくと、すでに外からまわる人は行った後なのか、人影はなかった。
安心して下穿きに履き替え、職員棟に向かおうとすると、不意に背中に鋭く硬いものが当てられる。
一瞬、何が起きたか分からないでいると、かわいらしく、しかし冷たい声が背中からした。
「フリーズ、動かないように。 ウチが当ててるもの、何か想像つくでしょ?」
「……」
俺は、何も言わず両手をあげ、反抗の意思がないことを示す。
すると、相手は声に似合わず凄い力で俺を引っ張り、折れるギリギリで腕を決めて下駄箱に押し付ける。
一般男子並みには力に自信があったが、抑えられると身動き一つ取れなくなってしまった。
「いっ!いてぇっ!」
「黙って。 そうしないと、腕、一本ポッキリいっちゃうよ?」
「お、お前は、一体誰なんだ……?」
「黙れと言って――ふむ、もしかして、君は新入生かな?」
「あっ、あぁ……」
何故、そんな事を聞くのかと思いつつ正直に返事をすると、若干腕の束縛が緩み、開放され、途端に痛みが減っていく。
若干ほっとしていると、相手は腕の束縛を解き、俺の前に来た。
そこにいたのは…俺より2つ程度年下ではないかというぐらいの少女だった。
さらさらとした金色の髪に猫のような目、小さく整ったさくらんぼ色の唇――正真正銘の美少女だ。
彼女は考えるように頭を掻くと、俺の顔を見上げながら父性本能をくすぐる声で言った。
「さっきはすまなかった。仕事柄、荒れてる連中を扱ってるもので。許して、くれるか?」
「……っ!え、えぇ」
一瞬ドキッとしつつ、なんとか声を出す。
すると、少女はよほど嬉しかったのか、満面の笑みで自己紹介を始めた。
「私は、九法院あやめという。この学校で風紀委員長を務めていてね。2年生以上なら、集会などで顔を合わせることも多いが、一年生は始めてかな?」
「あ、はい。俺は親苅蓮太っていいます。 今年入学しました。あの、さっきはなんであんな事を?」
「ああ、あれか?それはだな……」
九法院さんは、少し悩むと話しだした。
「実を言うとな、今やってるかくれんぼなんだが、どさくさに紛れて学校を抜け出す輩がいるようでな。状況が状況とはいえ、勝手に校外に出るのは校則違反だから、取り締まってたんだ」
「あぁ、なるほどさっき外出ようとしたからですね?」
「ま、まあな…だが、お前はどうもそういうわけでもなさそうだな。どうして外に?」
「あ、はい。実は、訳あって職員棟にいかなきゃならないんです。ただ、渡り廊下が凄いことになってたので」
「確かに、渡り廊下のところは凄い争いをしているからな……わかった、そういうことなら、通そう」
そういうと、九法院さんは道を譲ってくれた。
もしかしたら、そんなに悪い人じゃないのかもしれない。
俺は、急いで靴を履きつつ、九法院さんになんとなく気になった質問をぶつけてみる。
「あの、九法院さん。ちなみに、最初の腰に当てたのって本当にナイフだったんですか?」
すると、九法院さんはクスクスと笑いながら答えた。
「そんな訳がないだろう?ペーパーナイフさ。銃刀法ぐらい、しっかり守るさ」
「なんだ、そうだったんですか」
「まあな。まあ、今日はアレだったが、また見かけたら気軽に話しかけてくれ。今度はナイフなしで話でもしようじゃないか」
「あはは、そうですね!また、是非!」
短い会話を追え、俺は早速職員棟へと向かった。