バッドコミュニケーション
二人の出会いの物語、第二節
あれから10分後、俺と彼女は保健室にいた。
清潔感のある純白のカーテンとベッド、そして独特のツンとした鼻をつく消毒の匂い。
自分だけかもしれないが、保健室特有のその雰囲気に俺は少し安堵を覚えていた。
というのも、彼女―宇都宮を連れて保健室に行くことにしたのはいいものの、自分は新入生。
入学式当日という事もあり学校の何処に何があるかなんて、全くもって分からない。
途中迷ったりしたものの、何とかつけたのが奇跡のようなものだ。
勿論、宇都宮なら知っていただろうが、泣いている女子に道を尋ねるほど俺はデリカシーに欠けているわけではない。
それに、周りに聞こうにも『泣いているワンピースの女子を連れた男子』という状況な為、遠巻きにされてしまっていた。
俺の人生上、これまで人に遠巻きに見られながら泣いている人をなだめつつ道を探すという経験はなかったため、ぶっちゃけ物凄く疲れた。
しかし、まあ…その時間が逆に良かったのか、宇都宮はまだ目元は赤いものの、冷静さを取り戻してきているようだった。
そう、見ず知らずの異性である俺をベッドを挟んだ向こう側から睨み付けるくらいに。
「ジー」
「……。」
「ジーー」
「……あの」
「っ!? しゃ、しゃべった!?」
宇都宮は凄い速さでベッドに隠れると、頭を半分だけだし、此方を若干驚きながらも再度睨む。
いや、そりゃ人間だもの、しゃべりもするさ。
というか軽く声をかけただけで警戒されると、意外と精神的にくるものがあるんだけど?
てか、人を駄犬扱いした上に平手打ちした女の子とは思えない反応だ。
もしかして、どこぞのファンタジーみたいに実は二重人格で、危険が近づくと男気のある人格が出てきて助けてくれたりする人なのだろうか?
まあ、どちらにしろ話が進みそうもないので、此方から半ば一方的に話を始める。
「あの、さっきは危なかったですね」
「……助けなんていらなかったがな」
「でも、あの状況はどう見ても……」
つい口から零れてしまった否定の言葉。
この時、自分が彼女に何を言いたかったのかは分からない。
でも、もれた言葉は戻ってはこない。
一際強く睨むと彼女はボソリと呟いた。
「…けい…わだ」
「……?」
「余計なお世話だ!!」
「なっ!」
「確かに、私はあの後嫌な目にあったのかもしれない。
あるいは、危ない目にあったのかもしれない。
でも!だからこそ、そんな状況に見ず知らずのお前を巻き込みたくなかった!
私がお前が殴りあう時、どんな気持ちだったか分かるか!?
自分が非力なばかりに、助けようとした人が怪我をするかもしれないと、不安で不安で仕方なかったんだぞ!」
いつの間にか、彼女の声はまた涙声になっていた。
瞳は俺を睨んではいるが、何処か温かみがあった。
でも、このときの俺はそれに気付くことが出来ず、彼女に不満をぶつけてしまう。
「助けてもらって、それはないだろ!」
「っ!!」
宇都宮は数秒唇を噛み締めると、自嘲気味に笑った。
「あぁ…そうだな、確かに助けてもらった。 肝心のお礼の言葉を忘れていたよ、『ありがとう』…これで満足か?」
「くっ!」
「それと、最後にコレだけは言っておく。私にもう関るな。それが、お前の為だ」
「はっ!?おい、どういうこと……」
俺が言葉を発しきる前に、半ば逃げ出すかのように宇都宮は保健室から飛び出ていった。
言葉にできないイライラとモヤを抱え、俺は保健室のシミ一つない天井に向かい、言葉を吐き出す。
「クソッ!なんだってんだよ!!」