俺の日常の1ページにあたるさして特別でもない事柄
続きです(`・ω・´)
夏風が頬を優しく撫で、何処からか風鈴の音が聞こえる放課後――
俺、親苅 蓮太は、自分の机に突っ伏していた。
年季を若干感じさせる机は、硬いが何とも冷たく、心地良い。
普段なら余程つまらない授業でもない限り、こんな事をしない俺だが今はこのささやかな幸せをかみ締めていたかった。
なにせ、今教室には、俺一人しかいないのだ。
その証拠に周囲を見渡せばあるのは無機質な机とイス、あとは黒板だけで人影一つもない。
耳をすませば、外から若干運動部の掛け声が聞こえてくるのみで、至極のんびりとした時間が流れている。
きっと、今なら教室の黒板に高校生という年齢には見合わない落書きをしたりしても、誰にも気づかれはしないだろう。
「まあ、んな事、無駄なことするなんて真っ平だけどなぁ」
自嘲気味につぶやき、俺は再び机に頬をつける。
すると若干机は暖かくなっていて、あまり心地よくない。
おまけに、このタイミングを待っていたかのように、ポケットの携帯が小刻みに震えだし、無駄に強い自己主張を始める。
だが、構わない。 俺は寝るんだ。
そう、例え、今ポケットの携帯が震えていようとも、絶対にとらない!
もちろん、普段はとるが、今は条件が違う!
今日、このタイミングでかかってくる相手を俺は特定しているのだ。
さらに、用件まである程度想定できている。
どーせ、アイツのいつもの気まぐれにきまっているのだ。
その気まぐれに俺が今までどれだけ振り回されてたか……。
俺は、今までの気まぐれの数々を思い出し、身震いする。
「俺は、何も気づかなかった。 何も、起きなかった。 よし…OK…」
気のせいか、体から嫌な汗が吹き出るのを感じつつ、俺は再度寝ようとする。
しかし、それは暴力的な増幅された音声で阻害された。
『おい! 出て来い! 犬!』
気のせいか、汗の量が倍くらいになった気がする。
おまけに、こんな幻聴まで聞こえるなんて…もしかしたら、保健室に行ったほうが良いのかもしてない。
『出てこない場合は、校庭でお前の小学校の作文を読み上げるぞ! 「僕の、夢はちーちゃんのお嫁さ――」』
「もう止めて! それ以上は俺の心がブレイクしそうだからぁああああああ!」
気づけば、俺は目に涙を浮かべ、全力で教室の窓際まで走っていた。
窓から飛び出さんばかりの勢いで外を見ると、メガホンを持ち二階のここを見上げる美少女が一人。
俺のクラスメイトにして、トラブルメイカーこと、宇都宮美淩である。
まるで粉雪のように美しく可憐な彼女ではあるが、眉間には皺が寄っていた。
その姿は何処か可愛らしいのだが、俺自身にとってはコレでもかと言うほどに死刑宣告で、自分の顔が白・青・紫と一瞬で変わっていくのが嫌でも分かる。
正直、逃げたかった。
だが、足が生まれたての子羊のように震えて、ビクともしない。
逃げられないのを感じとったのか、宇都宮はニンマリと不適な笑いを湛え、一言呟いた。
『なんだ、いたのか』
「いや、居なかったらどーするつもりだったんだよ!?」
『もちろん、一字一句読み上げて録音した上で、翌日のお昼の放送で全校にながすよ?』
「この鬼畜!鬼女!」
『ふん、なんとでも言うがいい。 それよりも…3分以内に降りてきなさい。さもないと、10秒送れるごとに読み上げるからね』
「わ、わかった!わかったから、早まらないでくれ!」
こいつは、やると言ったらやる奴だ。
叫ぶように頼み込むと、慌てて俺は鉄砲玉のように走り出す。
風はびゅうびゅうと唸りをあげ、心臓はいつもよりも早くリズムを刻み、筋肉へ酸素を送りだす。
まさしく、全力だ。
だが、校庭に着いたとき、宇都宮は読みあげ始めていた。
「ちーちゃんのお嫁さんになって、いっぱいバシバシしてもらうことです!」
「事実を後半から捏造すんじゃねぇええええ! ハァ…ハァ…!」
破裂しそうな程の鼓動に息を荒げつつ、俺は彼女の手からメガホンを半ば奪い取るようにして没収する。
すると、あろうことか宇都宮の野郎、子供が遊びの相手をしてもらった時のような満面の笑みを浮かべやがった。
「おー、ぴったり3分!駄犬のレンタにしてはがんばったねぇ!」
「ふ…ハァ、ハァ…ふさげんな。 こっちは必死だったんだぞ」
批難がましい視線を向けると、今度は頬をハムスターのようにプクリと膨らませ、そっぽを向いてしまう。
コイツ、何歳だよ。
半ば呆れ返っていると、「だって……」と呟いた。
「だって、レンタが悪いんだぞ!今日は大切な用事があると言ったのに!」
言われてみれば、んな事昨日言っていた気がするなぁ。
ただ、俺にとっては大抵コイツの用事は良いことじゃない。
例えば、魚釣りに行ったかとおもったら、池の主とのガチンコバトルをやらされたり―
あるいは、ゲームを買いに行くのについていったら、いつの間にか店主との格ゲー対決になったり―
最近だと、宇都宮とスーパーで出くわしたら、割引セールの血で血を洗う戦いに巻き込まれたりもした。
あれ以来、俺は団地妻と言う存在が羊の皮を被った狼だと知った。
まあ、ようするにとにかく波乱があるのだ。
とはいえ、俺もこいつ自身は嫌いではないわけで…というか、むしろこんなに可愛いながらも気軽に話せる異性というのは、実に貴重だし、正直俺自身は宇都宮のことが結構気に入っているのだ。
だからなのか、あまりコイツの拗ねている姿は見たくはない。
俺はなんとも言えない気持ちになりつつ、わしゃわしゃと宇都宮の頭を撫でる。
「ああ、その、なんかごめんな……」
「っ!?」
宇都宮は一気にりんごのように顔が真っ赤になり、俺の手を強めの力で叩き飛ばすと、俺の制服の裾を掴む。
彼女の手は、小さく華奢で、何処かいつもよりも弱弱しく感じた。
少し困っているかのような、怒っているかのような顔で、今度は俺が非難がましい目で睨まれる。
「な、何をするかぁ! このっ!!」
「っと、すまん、つい何となく」
「うぅ、もういい!この…天然め…」
「はっ?」
短い会話を終えると、宇都宮はそっぽを向いてさっさと行ってしまう。
慌てて、俺もその後を追うことにした。
なんせ俺、親苅 蓮太は宇都宮美淩の下僕(?)なのだから。
さて――
ここで、何故そもそも俺が宇都宮の下僕であり、こんな「駄犬扱い」される状態になっているのか触れなければならない。
元々、俺は学力・体力共に平均で取り分け顔が整っているわけでもない。
ましてや、家がVIPだったりとかするわけでもないし、特別な事が出来るわけでもない。
言ってはなんだが、平々凡々な一般市民Aだ。
そんな一般市民な俺だが、なんの因果か、ある日いきなり、開口一番に初対面のコイツに罵倒されたのだ。
正直、あの時は混乱したね。
だってそうだろ? 誰だって初対面の相手に、しかも街中で何もしていないのに罵倒されるなんて予想できない。
むしろ、出来たらきっと、その人はエスパーか常に罵倒される事を期待している特殊性癖の持ち主に違いない。
まあ、もっとも…あの時の宇都宮美淩の状況を考えれば、納得できるはできるがな。
そこらへんも含めて、丁度春の入学式を終えた頃の話をしよう。