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クリエーター  作者: 如月灰色
《第四章 人の業》
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~第八十二話~救済

ども。これにて第四章は終わりです。そろそろ完結が見えてきました。年内は無理ですが。つうか、しばらくまた休載します。充電期間が少し欲しいです。○樫並に不定期で申し訳ないですが。

 あの後、僕は厳重な警備の中日本に送り返された。長谷川総理の配慮で、僕の家周辺の警護は暫く続けられるそうだ。ネット上などの僕に関する情報は全て規制されたらしく、報道や表現の自由などに触れそうだが、それが僕の家族…国民を守る為の必要悪だと判断したそうだ。


「…ふぅ」


 海辺の国道をのんびりとドライブしていたが、少し疲れを感じて路肩に車を停める。家には、ほとんどいなかった。わかってくれている、味方でいてくれていると信じているはずなのに、その視線が怖かった。実際はそうされていないのだが、腫れ物を触るような扱いを受けそうな気がして居たくなかった。それだけは我慢出来なかった。途中で寄ったガソリンスタンドでも、店員が僕と気づくや否や態度が急変したことも今の気分に拍車をかけているのかもしれない。一応総理に面会した時に被っていた帽子とか何やらで顔は出来るだけ隠していたが、マスクまで装備してしまうといかにも怪しくなってしまう為に却下した。必然、どうにもバレ易くなってしまう。


「生きづらそうだな、主」


 ボーっと波間を見ている僕に、ダービーが声をかけてきた。


「まぁそりゃこっちの世界ではそうされてもおかしくない事をしたからねぇ…覚悟はしていたけど、やっぱちょっとしんどいわ」


 夕日が沈む海は、何時見ても美しい。オレンジが海面に反射し、某絵画のような幻想的な風景を描き出す。黄昏時という言葉は、本当にこういう時の為にあるらしい。昔の人は上手い事言ったもんだ。みるみるうちに空の色が橙から藍に変わっていく。カレンダーではもう十二月。日のある時間はどんどん短くなっていく。


「主…主の居場所は」


「わかってるよ。僕は本当にこっちの世界では異分子になったしまったし、向こうで悠々と暮らす方向にシフトするよ。うん、未練はない。腹括った」


「いや、違うぞ主。主は…」


「さぁ、そろそろ帰るか。海から山まで帰るのは、そこそこ時間かかるし。今日はもう飯食って寝るさ」


 晩御飯は、お袋に頼んで部屋の前に持ってきてもらえばいい。明日には僕の財産は全て家に預けて、向こうの世界に帰ろう。白夜の件も片付いていないし、エリーがきっと、今か今かと僕の帰りを待ってる。なんだかんだ言って、結構な日数をこちらで過ごしてしまった。東の平原の獣人達はどうなっただろうか。そんなことを考えながら、カーステレオの音量を爆音に上げ、峠道を駆けた。


「ただいまー。お袋、飯僕の部屋まで持ってき…」


 靴を脱ぎ、顔を上げる瞬間、僕の言葉が途切れさせられた。


「あのー…どちらさんですか?」


 リビングで家族と一緒に談笑している、見覚えのない女性のお方。なにか僕に気づいたような顔をしているので、恐らく僕も知っている人なんだろうけど…。以前の職場…親父の会社には、プライベートで僕の家に訪れるような女性の知人はいない。一瞬で思考をを巡らせるが、如何せん該当する女性が出てこない。

 ふと、女性が僕の元に近づいてきた。ショートカットでボーイッシュな印象を受ける。その癖その髪はきちんと手入れされていて、彼女が近づくとなんだか懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。


「久しぶり…本当に、久しぶり…。晶…あきちゃん!」


 僕がその首筋にある黒子を見つけたのと同時に、彼女は抱きついてきた。僕の胸元に収まる身長、シャンプーの匂い、首筋の黒子…そして何年経ってもなお、聞き間違えるはずのない声。以前僕が大好きだった声の持ち主、香奈子その人だった。


「…おい」


「あっ!ごめんね?あきちゃ…晶にはもう婚約者がいるのに…てゆーか、御家族の前で抱きついたりして」


「いや、そうじゃなくて」


「あっ、私がいたら入れないよね?ごめんね?すぐどけるから」


「じゃなくて!」


 抱きついて数瞬後に離れた香奈子に向かって、思わず大きい声をあげてしまう。動揺が隠し切れない。


「なんで香奈子がここにいるんだよ!」


「なんでって、テレビで見たよ、大統領の。その時の晶の最後の背中が、なんか辛そうな感じがして…ホントは昨日も一昨日もきたんだけど、晶家にいなかったし」


「それにしてもさ…」


「それに…晶のお母さんとも約束したし。…また、必ず遊びに来るって」


 はにかみながらそういう香奈子の顔を、僕は見ることが出来なかった。


「…さ、晶、香奈子ちゃんも。積もる話もあるだろうし、晶の部屋でゆっくりしたら?晶のご飯は、後で私が持っていくから」


「つってもさ…」


「大丈夫よ、何も変なことはしないから」


「その心配はしてねぇ!ったくなんで無駄にそういうとこオープンなんだよ」


「私だってそれなりにいい歳よ?晶のご家族には色々知られてるみたいだし、恥じらいなんて持ってても仕方ないじゃない」


 バッとリビングを見渡すと、若干名が顔を逸らす。…何話してたんだよ、香奈子も含めてお前ら…。つうか精神的疲労がやばいんだから突っ込ませるな。


「…もういい。着いてくるなら勝手にしろ」


「晶ちょっと冷たくなったんじゃない?学生の時はあんなに愛し合った仲なのに」


 …突っ込む気にもなれん。僕は無言で階段を昇る。そのすぐ後ろから香奈子の足音が聞こえるが、振り向くのも面倒だ。

 ガチャリとドアを閉めると、後ろから香奈子の体温を感じた。


「変な事はしないんじゃなかったのか?」


「やっぱり晶の背中、なんだか寂しそう…」


「…無視かよ」


「社会に出れば、スルースキルくらい身につけなきゃやってられないの」


「バカタレ。僕だって経験しとるわ」


「晶の部屋、すごい久しぶり!あの頃と全然変わってないじゃない」


 僕の背中から離れると、香奈子は懐かしそうに部屋の中を物色する。


「とことん無視かよ」


「あー!灰皿!晶もすっかり染まってしまったのね…」


「何にだよ」


「肺がヤニに」


「正解すぎるけどだからどうした」


 そんなあまりに軽いキャッチボールに、やけに穏やかさを感じる。別れる前の僕らの空気そのままだ。未だに入り口で立ち尽くしている僕をヨソに、香奈子はベッドを背もたれにテーブルの前に座る。香奈子が意識しているかはわからないが、そこは香奈子の定位置だった。その隣で僕がベッドに腰をかける。それが、いつもの僕らのポジションだった。


「ねぇ晶、私も吸っていい?って灰皿ある時点でこの部屋禁煙じゃないもんね。吸っちゃお」


 そういうと、香奈子はバッグから有名ブランドの煙草ケースを出す。


「お前、煙草なんか吸ってたのか?」


「お互い様じゃない」


 笑いながら細身の煙草をくわえると、手馴れた手つきで火を点ける。僕もいつもの位置に腰をかけると、香奈子の煙草の箱から、微かにメンソールの香りがした。


「なぁ」


「どうしたの?」


「何で女の子の煙草ってさ、そんな細いんだろうな」


「知らないわよ」


 香奈子は笑うと目がなくなるくらい細くなる。そんなことまで覚えてる自分に驚いた。


「なんで田舎の若い喫煙者って、みんな煙草ケースも財布もそのブランドなんだろうな」


「知らないわよ」


 香奈子がもう一度笑うと、そこが僕の一番好きなところだったことを思い出す。香奈子の隣の床に座りなおし、僕も一服することにした。彼女と違ってケースに入れていないから、ポケットからくしゃくしゃになった煙草が見える。


「じゃあなんで持ってるんだよ」


「なんとなく」


「なんだそりゃ」


 短いやりとりで数度目の笑い声が響く。僕自身、ここ数日ほとんど笑うことがなかったため、厳密にはここ数日間で数度目の笑い声だ。


「私が自分の意思とか気分じゃなく、誰かに流されたこと今まであった?」


「…ねぇな」


 そんな確固たる自分を持ったところも、僕が好きだったところだ。


「晶に告白した時だけよ?流されたの」


「アレは香奈子が勝手に雰囲気に流されただけだろ。僕は無実だ」


 香奈子が妙なことを言いやがったおかげで、少し微妙な空気になってしまった。


「あっ!懐かしい!卒アル!」


 立ち上がり、香奈子は勝手に本棚から卒業アルバムを取り出す。僕らの高校時代のアルバムだ。こういうものは、意識しないと案外見ないもんだ。僕も年単位で見た記憶がない。


「アッハハ!晶髪短ーい!」


「あの時は生活指導の吉岡に無理矢理さぁ」


「懐かしー!いたねぇ、ヨッシーとか」


「あの時はびびったよなぁ、佐野んちで飲み会やろうとした時」


「あったあったー!二人でスーパーに買出しにいったときに偶々居てね!」


「なー。なんでそう言う時に限ってエンカウントするんだろうな」


 いつしか、時を忘れて二人で思い出談義に盛り上がっていた。本当に不思議な事に、香奈子と話していると、さっきまでの鬱屈した気分がいつのまにか霧散してしまっていることに気づいた。


「あっ、そろそろ私…」


「あぁ…もうそんな時間か」


 時計を見ると、日付が変わる少し前くらいだった。今日も明日も平日のはずだ。香奈子も仕事があるのだろう。そして僕もそろそろ向こうの世界に帰らなくてはいけない。


「香奈子…」


 そして僕は聞かずにはいられなかった。


「僕が、怖くないのか?」


 立ち上がる香奈子を見上げる形で、僕は声をかけた。


「…なんで?」


 不思議な事に、香奈子は本当に何を言っているかわからないという顔で笑ってみせた。


「だって、一応罪のは問われてないけど、世界中の首脳を殺し回った大量殺人犯だし、魔法なんて異端な力も使えるし…」


「それで?」


「僕と関りあるって知られたら、どうなるかわかったもんじゃないし…」


「それで?」


「それでって、お前さ…」


 突然、目の前が暗くなると同時に、上半身が柔らかい体温に包まれた。


「おいっ!?」


「ふふふ…あの時と、逆だね…」


「だからっ」


「私達が、別れた時と…」


 その言葉に、二の句を継げなくなってしまう。脳内にフラッシュバックするあの日と似たシチュエーションに、思考が一瞬途切れた。


「まぁだグジグジ悩んでるの?」


「…?」


「晶が悩んでる時って、大体同じ。自分の事より周りのことばっか考えて、がんじがらめになって…。私前も言ったよね?晶は自己評価が低すぎるって」


 そんなことあったかと、記憶にダイブする。そういや、僕が悩んでいるといつも、その言葉が返って来た気がする。


「そういうのって晶の優しさからだと思うし、私が惚れたところでもあるんだけど…。辛いだけだよ?それ」


 香奈子の服から、香水の香りがする。気分が落ち着く香りが、残念ながら僕にそこまで香水の知識はない。ただその香りのおかげで、香奈子の言葉がすとんと心に落ちてくる。


「それにね?自己評価が低いってことは、自信がないってことでしょ?自分を信じてないからでしょ?それって、晶の周りの人に対して失礼じゃない?」


 失礼?いや、僕はそんなつもりじゃ…。


「晶に良い所がいっぱいあって、だから…晶の事が好きだから、晶についてきてくれるんでしょ?向こうの世界の人も…私も」


 香奈子の考え方は、たまに僕に啓示的な発想をくれる。僕なんかじゃ到底思いつかない、香奈子に勝てないと思っていたところだ。


「晶は優しいから、自分を慕ってくれる人には全力で応えようとする。でもたまにそれが空回っちゃって、こういう風になっちゃう。だから晶?私達のこと、晶の周りの人のこと大切に思うなら、自信持って。それが礼儀だって言ったら、晶はそうせざるを得ないでしょ?」


 最後の方は冗談めかした口調だったけど、僕の目頭が熱くなるのを止められなかった。


「私にとっては、今でも晶は大切な人だよ?だから、こっちの世界の晶の居場所は私が作るから…」


 もう、涙が出てくるのを止められない。一旦決壊してしまった堤防は、水が引くまでその意味を為さない。


「向こうに婚約者がいるのは聞いた。けど、親友になるのなら構わないよね?愛情と友情はベクトルの向きが違うだけで本質は同じだって、晶昔テレビ見てるとき言ってたよね?ドラマで『私と友達どっちが大事なの?』なんて馬鹿馬鹿しいこと言うヒロインに対して。本質が同じなら、私はそれで満足出来るから。私、ちゃんと晶の中身まで知ってるんだから。例え人を殺しても、そうせざるを得ない理由があるんだって、晶はそんなこと喜んでする人じゃないって、私知ってるから。私がずっと見続けてきた晶は、絶対的な意味で間違った事はしない人だって、必ず筋は通す人だって、知ってるから。私は、そんな晶がすきだったんだから。ふふっ、過去形にしちゃったね。今も好きだよ。ごめんね?別に困らせたいんじゃないから。安心して?言ったでしょ?私は親友っていう特殊で満足だから」


 僕が欲している言葉をいとも簡単に紡いでくれた。居場所を作ってくれるって、僕はこの世界にいてもいいんだって、本当に欲しい言葉を香奈子はくれた。ただ嬉しかった。胸の中が、形容しがたい感情でいっぱいになる。ただそれが少し前とは違う、感謝と幸福に満たされた感情だということは理解出来た。肩の震えで、香奈子にはきっと僕が泣いてることを気づかれているだろう。でも、決壊した涙腺を直す術を僕は知らなかった。たぶん、この涙はカイムでも操れないだろう。


「香奈子…僕も香奈子が…」


「ふふふ。駄目だよ?晶。その感情だけは流されたら」


 香奈子の胸にかき抱かれた顔を、香奈子に向ける。きっと僕今酷い顔をしてるんだろう。


「晶には大事な子がいるんでしょ?バレないと思って、裏切ったら駄目。そんなの、私が好きな晶じゃないよ?だから…気持ちは嬉しいけど、駄目」


 そう言って、香奈子は僕を離した。


「約束する…必ず、また帰って来るって」


「じゃあ指きりね。ゆーびきりげんまん」


「ガキ」


「五月蝿い。ほら晶も」


「はいはい。うーそつーいたら針千本飲ーます」


「「ゆーびきった」」


「ふふ…じゃ、帰るね」


「おう」


 階段を下りると、パジャマ姿のお袋と出くわした。


「あら?もう帰るの?」


「はい、明日も仕事がありますので」


「もう大人だものね。晶、送っていきなさい。香奈子ちゃん、また遊びに来なさいね?晶いなくても」


「はい!また来ます」


  数年前と同じだと思ったが、特に考える事はなかった。決定的に、僕らの表情が違っていたから。

 家を出ると、どうやら香奈子も似た感想を持っていたようだ。


「まるであの日の再現みたいだったね。ほら、天気も」


 空を見上げると、月や星の綺麗さまであの時と同じだった。田舎の冬の空気は、本当に澄んでいる。


「でも、やっと返せたかな?」


「何を?」


「あの日、晶にはもう甘えられないって言ったでしょ?よく考えたら、付き合ってた間甘えた分晶に返せてなかったなって」


「馬ー鹿。そんなもん考えた事なかったよ。付き合った頃はお互い様なんだから、プラマイゼロだ」


「じゃあ今回の件で、私から晶に貸し一だね」


「…そう取ってもらっても構わないよ」


 街頭の光が、二人の影を伸ばす。その光に負けないくらい、月明かりが輝いていた。


「じゃあその借りさ、向こうの世界で返すよ」


「どういうこと?」


「今回は侵略って形でこっちの人間が向こうに入ってきたけどさ、いつか、また平和に交流出来るような世界を僕が作ってみせる。綺麗なんだぜ?向こうの世界も」


「出来るのー?晶に」


「出来るさ。向こうではそこそこ偉いんだぞ?僕」


「あのさ、晶。思ったんだけどさ」


「ん?」


 香奈子がなにやら真剣な顔をしている。横顔をのぞき見るが、やっぱ香奈子は美人の部類に入ると思う。


「『僕』じゃなくて、『俺』の方がいいんじゃない?」


「なんだよ藪から棒に」


「その方が、自信もつくんじゃない?」


「根拠は?」


「なんとなく」


「またかよ」


 二人の笑い声が夜道に響く。なんとなく、それだけでえらく清清しい気分だ。


「…わかったよ」


「俺を信じろ、香奈子」


「……うん!」


 香奈子の、今日の三本指に入るほどのいい笑顔が見れた。いや、今日一番かもしれない。


「じゃあ…ここで」


「おう!…気ぃつけて帰れよ!」


「うん!またね!晶!」


 十字路で手を振る香奈子。不思議と、寂しさはあまり無かった。だって俺は、この世界に戻ってきていいんだから。


「なぁ、ダービー」


 空気を読んでずっと黙ってくれていたダービーに声をかける。


「俺さ、まだ全然香奈子に勝てないな」


「勝つ必要なんかなかろう?」


「ん?」


「勝たなくても。護ることは出来るぞ」


「まぁ…その通りだな」


 でっかい借りを作ってしまったけど、これですっきりして向こうに帰れる。向こう着いたら…とりあえず少しダラダラしよう。白夜?少しくらい遅くなっても構わん。

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