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クリエーター  作者: 如月灰色
《第四章 人の業》
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~第八十話~暴君の最期《前編》

お久しぶりです。何の予告もなく一ヶ月以上間を空けてしまい申し訳ないです。ライブの予定が立て続けに入ったり体調崩したりでこっちを更新する余裕がありませんでした。そんでライブまだ一つ消化してないのがあるので、また空くかもしれませんが…見捨てにいてくれた方々、ありがとうございます。後編は出来れば今週中に…出来れば…。

「はぁっ…はぁっ…んぐっ!…ふぅ」


 世界最大級の都市のビルの屋上で、今僕は羽を休めている。アレから、何人も血でこの手を染めてきた。許しを請う者、傲慢に開き直るもの。最期まで状況を理解出来なかった者…。色々いたが、僕は復讐の旗の下に慈悲をかけずに断罪してきた。地球の自転に合わせて行動しているため、僕の夜はまだ長い。


「エリクサーは、体力と引き換えに魔力を生み出す秘薬だからな。もう随分減ったな、主…」


「あぁ…でも、これで最後だ」


 摩天楼から見下ろす下界は、様々な色で人の営みを教えてくれる。その一つ一つがそこに人が生きていることの証明で、命の証だ。今の僕には、何故かとてもそれが眩しく見える。

 ふと視線を外すと、そことは対称的に真っ暗な影が覆う区画がある。光があれば陰もある。夜の闇で視認は出来ないが、もしかしたらその壁には血痕の一つでもあるのかもしれない。それはつまり一つの命が失われていったことの証明だ。そして今の僕は、そっちの方が心地好く感じてしまうかもしれないと思えた。


「随分遠くに…来ちゃったんだなぁ…」


「急にどうした?主」


 ここは緯度が高い。もうこの時期は雪が振り出してもおかしくない寒さになる。吐く息が白く舞い、儚く霧散していった。


「僕ってさ、お前と出会うまで…エリーと出会うまで、本当になんの変哲もない、普通の人生を送ってきたんだ…」


「…話してみよ、主。そういう心境なのであろう?」


 僕はどうやら、寒い季節が好きらしい。何かセンチメンタルで、ノスタルジックで、何か胸を締め付けるような空気が、この季節にはある。


「…サンキュ。僕はただ、ドラマチックな何かもなくて、平凡な人生をこれからも送っていくんだろうなぁって思ってた。特に頭がいいわけでもなく、プロみたいにスポーツが出来るわけでもなく、芸能人みたいに何か持ってるわけでもない…。本当に、普通の人間だったんだ。特に何をするわけでもなく、ただ人並みに仕事して、人並みに結婚して、人並みに子ども育てて人並みに死んでいく…そう思ってたんだ」


 袖口からエリクサーの小瓶を出して、軽く左右に振ってみる。残り一口分しか残っていないその液体が、頼り気なく波を打つ。


「それがいつの間にか異世界に渡って、空想の話でしか見たことのない物に触れて、僕とは違った人種と出会いって、その中で大切な人たちを見つけて、いつの間にか世界を巻き込むなんて重い役目を背負って、戦って傷ついて、殺して…」


 煙草を一口吸ってみる。吐息のそれとは違って、少し長い間その紫煙は虚空に残る。初めて訪れてた国、いつもと違う空で吸った煙は、現実味のない味がした。


「なぁ、ダービー。僕ってさ、学生の頃とか一回も喧嘩とかしたことないんだぜ?格闘技もしたことないし、勿論殴った事も殴られた事もない。まぁ…親父の拳骨はしょっちゅう喰らってたけど」


「主の記憶は多少は確認しているからな。そのくらいはわかる。…主の性格を考えると、妥当でもあり意外でもあるがな」


「事なかれ主義だったからな。でもさ…そうも言ってられなくなってしまったんだよな…」


 もう一口煙を吸うと、何かを形作るようで、何も成せずに散っていく。今までの僕のようで、今の僕の心境のようでもあった。


「僕は僕の大切なものを護る為に、沢山殺して、奪ってきた…。半マテリアルの世界だけじゃなくて、この世界でも…」


「主、今は…」


「うん、わかってる。ここまできたら、僕には僕が出来る事を全力でやるしかないんだ。それしか出来ないし」


「主…後悔しておるのか?我が巻き込んだ運命に、従うことに…」


 ダービーが心許なさそうに訊ねてくる。最近のダービーは、どこか不安げだ。僕は体内の魔力の残量を確認し、それが大丈夫だと判断すると、ダービーをこの世界に『召喚』してやる。よく考えたら、僕がコイツを自分の意思で顕現してやったのは初めてだった。


「ある…じ…?」


「どうだ?この世界は。寒いだろ?」


 強風が吹き荒れる高層ビルの屋上は、それ相応の装備をしていないと凍えるほど寒い。そんな寒空の中、ダービーはただ目を丸くしていた。


「…あぁ」


 ダービーは目を伏せると、ただそれだけ呟いた。


「お前、寒さの感覚とかあるのか?」


 自分で振っておいて、随分な言い草だと思う。


「いや。しかし、主の考えている事もわかるし、感覚を共にすることも出来る」


「そっか。…この寒いって感覚は、生きてるからなんだ。僕がまだ、人間だからなんだ」


「主…」


「向こうの世界に戻ったら、ノア=キーランスでもいい。なんぼでも七つの大罪どもと戦ってやってもいい。ただ…この世界でだけは、神谷晶でいたいんだ…たとえそれが人殺しの名前でもいい。親父とお袋がつけてくれた、兄貴と姉貴と順子が育ててくれた、香奈子が愛してくれた神谷晶でいたいんだ。人間でいたいんだ…」


 消えかけの煙草をにじり消し、膝を抱えて体育座りになる。表面積を極力減らすと、冷たい風が少しでも和らいでほっこりする。組んだ腕の上から正面の景色を覗く。色とりどりのネオンを浴びたガラス張りのビルは、夜にも関らずに明るく写っている。


「主…我は、なんと声をかければよいのかわからぬ。それより、いいのか?こちらでは魔力は限られておるというのに、我を具現化してしまって」


「いいんだ。きっと、誰かに聞いて欲しくて、それがお前だったんだ。こんな僕の相棒でいてくれてるお前に、僕が産まれた世界の空気を感じて欲しかったんだ。…まぁ寂しかったってのが理由の大半だけど」


 若干照れ隠しに腕に口を押し付けて話すと、背中からダービーの腕が回ってくるのがわかった。ちょっ!僕は男に抱かれる趣味は…って、女?


「男の姿のまま抱きしめられても主は嬉しくないでしょうから、勝手に姿変えたわよ?主…我は、やはり主が我の主で良かった…。主は、ちゃんと人間よ。確かに主は普通の人間じゃないかもしれない。もう純粋にこちら側の人間じゃないかもしれない。…けどね?それが今までの主を否定するわけではないの。主はこの世界の血を引いて、この世界で育って…それが、向こうの、ううん。こちらの世界にも必要な人間になったってだけの話。主がこの世界にいたって事実は、未来永劫変わらないわ。そして…勿論主は普通の人間でもあるわよ?普通の人間と同じように笑って、普通の人間と同じく泣いて、怒って…。みんなとおんなじ。寧ろ、どの人間よりも人間らしいわ。だから、主が我とこの景色を共有したいと思ってくれたのが凄く嬉しかった。我は、人間ではないから…。主…我は貴方の従者。心も体も、全て主の為に捧げるわ…。だから主?我も一緒に…」


「あぁ、勿論だ。僕が滅びる時まで、僕はお前と共にいるよ。ダビ子」


「ちょっ!せっかくいいシーンなのに」


「女の姿なのにダービーじゃ変だろ?」


「ダビ子ってのもどうなのよ!?」


「ップ!ッハッハッハッハ!!」


 ビルの屋上に、笑い声が飽和する。転げ回って、立ち上がって…腹を抱えて笑う。その声は学生でいっぱいの喫茶店のようで、家族連れで賑わうデパートのようで…。


「ヒー…笑った笑った…。サンキュ!元気出た!」


「我は…主の力になれた?」


「充分だ。これで、やつを笑ってぶっ殺しにいけるよ」


「我は…逆に主に助けられてばかりだな…」


 ダービー(女)が正面から抱きついてきた。


「肝心な時に役に立てないこともあったのに、主は我と共にいてくれる…。本当に…大好きだ、主!」


 エリーに気を使ったか、僕の唇でなく頬に口をつける。


「…何やってるんだ?」


「親愛の印だよ。…好きってことさ」


 何を言ってるんだこいつは。


「あっ、わかってるだろうけど、そういう意味じゃないからね?」


「…勿論わかってるよ。さっ、そろそろ行こうか」


 服についた埃を叩くと、最後のエリクサーを一飲みした。



「…やっぱもう情報は伝わってんのかな」


「そうみたいだな」


 上空から眩しいくらいの光を確認し、僕は少し離れた民家の庭に降りた。不法侵入?今から巨悪の親玉を討つんだ。この際目を瞑って欲しい。迷惑はかけないし。


「最初みたいに上からは不可能。正面なんて論外。上も前も駄目なら下があるじゃない」


「なんだその中途半端なアントワネットは」


「よく考えずに発言した。今は反省している」


「政治家の会見にもそんな酷い声明はないぞ」


「まっ…そろそろ行こか。ダービー」


 ということで地下から侵入する策に出ました。幸い僕は土属性だし。庭を勝手に掘り返して土中に潜る。勿論穴は塞いで何事もなかったかのように見せることも忘れない。さっき迷惑はかけないと言ったばかりだし。


「うわっ…ダービー、暗っ!何かない?何か!」


「辛抱せよ主。魔力探査で方角と位置だけは見ておいてやるから」


「ダービー…お前にはわからんと思うけど、手探りで進むって予想以上に怖いんだぞ」


「安心せよ。せいぜい出会ってもモグラかミミズくらいだ。というより主が土を読めば一番早いのではないか?いつもの探索サーチで」


「あー…最近やってなかったからすっかり忘れてたよ」


 ブツブツと文句を言いながら進むと、数分もかからず目的地に着いた。


「アイタッ」


 と思ったら目測を見誤って壁に激突してしまう。言うならば背泳ぎで勢い余ってゴールの壁にぶつかるアノ感じ。


ーーーおい、今何か聞こえなかったか?


 やべっ!中の見張りか誰かが今の音に気づいたらしい。迂闊すぎだろ僕。


ーーー…気のせいだろ?ここは地下だぜ?


 …良かった。馬鹿で良かった。まぁ誰もこんなところから攻められるとは思わないか。さて、ここはいっちょ派手にぶちかましてやりますか。


「スゥ…爆砕エクスプロージョン!!」


 コンクリートの結合間に瞬間的に空気を押し込み、壁を粉砕する。どこからその空気を持ってきたかというと、僕の後ろの土を掘って出来た空間を一気に埋め、ピストン運動の要領でその空間全ての空気を目の前の壁に突っこんだんだったり。結果、僕もその勢いで地下室のなかに転がり込む。

 受身をとると、騒ぎで駆けつけた他の警備が銃口を向ける前に時魔法の『停止』をかける。範囲はこの建物内全域。結構な魔力を消費するので呼吸がしんどい。無限の魔力(エターナル・マナ)を持ってるからと言って、こちらの世界ではエリクサーで体力から魔力を生成しているのだ。魔力は無限でも、体力は有限だ。日ごろ鍛錬を積んでる僕ですらこうなのだから、一般人が服用すれば一発でミイラになるんじゃないか?この薬。ディーン王女に後で改善の余地があることを告げないといけないかもしれんな。


「大丈夫だ主。独立属性などと消費の大きい特殊な魔法を使うのは、正味主とセラトリウス、白夜くらいだ。普通に魔力を行使するぶんにはなかなか優秀な薬だ」


「…さいですか」


「それより、急がなくていいのか?」


「おおぅっ!?」


 こうしている間にも、僕の魔力はギュンギュン減っている。『停止』の能力が続く限り、僕の魔力も減っていっているのだ。油断すると、帰りの分の魔力が枯渇する。体力が空で倒れるともいうが。


「よーし、パパ頑張っちゃうぞー」


「そうやって魔力の無駄遣いを…」


「どうせオーラスなんだからいいじゃないか。なるようになるさ」


 扉を開けるのが面倒で前w…最初にやったトンネル効果のアレ、『透過』で大統領の部屋に入る。魔力の残量を見たら、帰り分くらいは残っている。ここから先は、特別魔法は使うまい。


「…おろ?」


 部屋に入ると、そこに窓辺に腰をかけて外を眺める老人が見えた。停止をかけた時点で時間が止まっているはずだから、このじいさん…大統領はずっとそこにいたのだろうか。最早必要もないので、停止の効果を解く。こいつには、いきなり部屋の気配が増えたと思うだろう。


「…よぉ。大統領閣下。殺しにやってきたぜ?」


「…存外に遅かったじゃないか。アキラ・カミヤ」


 あれ?不思議に思ってない?

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