~第六十八話~咆哮、血煙、悪意の嵐《中編》
ども。人物紹介は、本編も進めながらやります。じゃないと私自身も作中の流れを忘れる恐れがあるという…(笑)
とりあえず、目の前に二人いた。…としか言いようがない。二人の姿が視認しづらいのだ。近くに人間達がこの集落を蹂躙した証の戦火が燻っているにも関らず、だ。二人の魔力は、わずかな光なら受け付けないほど暗い。ただ、その影達が交わした会話と、ダービーの咆哮から誰と誰が戦っているのかはわかる。
「白夜ぁぁぁぁぁ!!!」
見つけた倒すべき敵…マドラのおっさんの仇を見つけ、僕も更に加速する。…これはラスティンさんとの約を破ってしまうかもしれない。
「っ!?晶!?」
「ノア=キーランス?ヘブンズ・ゲート!…こんな時に…」
一人の体から、二人の気配がする。ダービーから聞きかじった内容には、白夜の傍らに居た女…ヘル・ブリングは、自分の魂を神器に封印した、ダービーと同じ意思を持つ装備品らしい。おそらくサポートに回っているのだろうか。ようやく視認した白夜に疲労の色が滲んでいる。
「ヘル・ブリング…ヘラ。こいつは…」
「ようやくやつらの動きを察知出来て、決着をつけてやろうと思った結果がこれさ…」
「馬鹿か…無茶をせずに、我らにも伝えれば良かったものを…」
「五月蝿い!貴方の手など借りずとも…」
「久しぶりの再会のところ邪魔して悪いが、お前は…ノア=キーランスとヘブンズ・ゲートか。全く大物がこうも釣れるとは、『色欲』の二人に乗って、雑魚の相手もしてみるもんだな」
「何だと!?」
相対する影の声に、白夜が吼える。僕にしてみれば、とりあえず初まりの者たちの怨敵と、マドラのおっさんの仇と三つ巴の様相でし
かないんだけど。
「ふん!ヘラの犬が、我らと対等でいるつもりか?」
「ベルゼバブ!私の器を愚弄することは許さん!」
なんかヒートアップしている所悪いけど、僕だって時間がないんだ。さっさとこいつらをぶっ殺してラスティンさんとこに戻らなきゃいかん。どっこいしょ…っと。
ーーーパラララララ!!
別に卑怯とかそんなのは戦場ではかんけぇねぇし。足元に転がっている人間の亡骸からウージーを拾い、でかい影に向かって銃弾を放つ。うをっ!?初めて知ったけど、サブマシンガンの反動って結構厄介なんだな。つうかこんなもん撃ったことあってたまるか。
「…効くと思ったか?」
「いや、一応。なんとなく」
硝煙が霧散していき、そいつの姿が初めて見えた。僕らより若干大きめの体躯に、全身漆黒の体毛。背中には、蠅を思わせる小さい羽が恐らく数百枚蠢動している。…キモい。同じ虫科でも、モスマンの方がまだ可愛げがある。
「ったく髑髏髑髏って…センスがねぇ中坊のアクセサリーか」
その顔だけ、やけに闇に浮かんでいた。短く刈ったような立たせた髪に、チャラそうな表情。しかし口は獰猛な笑みを浮かべている。左頬に髑髏の刺青と、右耳に同じく髑髏のピアスをしていた。つうかよく見たら、唇にもピアスしてやがる。マジチーマーみてぇだな。
「よう色男。ようやくそのツラが見えたな」
「主、侮るなよ?やつは七つの大罪どもの一角にして、地獄の皇太子…『嫉妬』のベルゼバブ。蠅の王とも呼ばれる、七つの大罪ども最速の男だ」
「へっ!女に手を出すのが最速なんじゃねぇのか…よっ!!」
輝くトラペゾヘドロンを横薙ぎに振るい、斬撃を飛ばす。加速を上乗せした真空波だ。幾ら最速の男でもかわせまい。
「ほう…更に遅延の魔力まで内包させ、我を封じようとしたか。なかなか考えたが…甘い」
すぐ横でぞっとする程低い声が聞こえる。つうか、振るった剣の上に乗ってるとかなんというベタな!
「ふんっ!」
大剣はその大きさから、間合い内に入ってこられると滅法隙がでかい。ましてや、こいつは最速の男だ。かわす隙もなく顎を蹴りでかち上げられてしまった。
「ぐあっ!!」
簡単に吹き飛ばされてしまうが、飛ばされながらも反転し体勢を整える。クソッ!得物を離しちまった!
「ラトホテップ!」
ダービーが叫ぶと、輝くトラペゾヘドロンは僕の掌に帰ってきた。流石半身、便利なもんだ。
「晶っ…」
気づくと、白夜の近くに飛ばされていたようだ。片手剣を地面に突き刺し、やっと立っているようだ。ぶっちゃけ、知るか。
「あいつの体は、俺との漆黒の天使と同じ、遠隔からの飛び道具を無効化する…。魔術師のお前らとは、すこぶる相性が悪い…」
「へっ!お前の防具の性能もポロッと暴露してくれてありがとよ!これでこいつと戦いながら、お前をどうやって殺すか算段もつけれるってもんだ」
「主!そんなこと言っておる場合では…」
「ノア!貴方に白夜は…」
「おやおや。あんなに仲良しクラブだった初まりの者たちが仲間割れか?二人で来ればまだ勝機はあるのに、愚かだな」
「うっせぇ蠅男!おめぇも白夜も敵じゃボケェ!」
「晶…ここは共闘を…」
「だが断る。マドラのおっさんを殺したお前と、僕が手を組むと本気で思ってるのか?」
「違う…違うんだ晶…」
何か言ってる白夜を無視して、目の前の蠅野郎をどう始末つけるかを考える。さて、遠距離攻撃が効かないとなると、攻撃手段の半分以上が潰されたことになるな。十二宮を呼ぼうにも、こいつはサタンに次ぐ力を持つと言われている地獄の皇太子、ベルゼバブ。…言っておくけど、僕もそれがどれくらい凄いことかは見当つくよ?もともとそっち系の世界にはそれなりに知識はあるし。…となると、十二宮クラスではちときつい。つうかかなりきつい。でも近接攻撃しか効かないという鬼畜スペック。…となると、また夜叉を憑依させてってのが一番正解に近いと思うんだけど…。
ーーーパチンッ!
唐突に、指を弾く音が虚空に響いた。なんだ?一番いい装備でもくれるのか?いや、充分いい装備だけどさ。
「ベル!こいつの相手はいささか飽きた。お前が代わってくれ」
「えぇ。せっかくあのお金持ちの坊やが転生したって気配があったから来てみたけど、期待外れだったわ」
瞬きをしていたわけでもないのに、一瞬にして現れた二人の男女。一人は牛のように顔が突き出ていて、羊のように鼻の下が長い中年風の男。額には小さい角が二本生えていて、背中には薄汚れた翼が生えている。もう一人の女は、悪魔にそのような概念があるのかわからないが、下着のが透けている黒地のキャミソールのようなもの。背中には、こちらは手入れをしているのか綺麗な黒翼が生えている。こちらも頭に、いかにも小悪魔ですっと言わんばかりにちょこんと角が一本顔を出している。顔は間違いなく美女の部類だろう。
「アスモデウスにベルフェゴールか…。勘弁しろよ。こっちはノアの小僧が来てやっと面白くなってきたところなんだ」
「てゆーかアスモデウス、ベルゼバブのことを『ベル』って呼ぶの止めてくれない?私が呼ばれてるみたいで気になるから」
「前から俺はベルのことはベルと呼んでたんだ。お前の方が新参だろう?状況で判断くらいしろ」
「ベルフェゴールの方がお前より位階が高…いや、低いがな」
「細かいことを言うな、ベル。それよりこいつ、お前吸うか?」
「いや、いいさ。食事なら目の前に極上品がいる」
男の方…アスモデウスが肩に背負っていたものを放る。放られたそいつは、意識はないのだろうがその左手の槍だけは離していなかった。
「ガラムッ!!」
「あらっ?キーちゃんいたのね?私もちょっとやる気だそうかな」
気だるそうに、しかしそれすらも妖艶な雰囲気を纏ったベルフェゴールが舌なめずりする。並みの野郎なら、それだけでふらつきそうな天然の魅了だ。
「だからさっきそう言っただろう…」
「しかし、もう一人の男も手負い…。三対一じゃ、また勝負をつまらなくさせるのではないか?まぁ、その男は色々楽しめそうだけどな…中にいる、ヘラも含めてな」
「貴方って、ホントに悪食なのね。その汚い欲棒さえ満たせればなんでもいいのね」
「悪魔が自分の欲求を我慢してどうする」
「それもそうね。…私はキーちゃんに楽しませてもらおうかしら。この子がどんな顔して喘ぎ声を聞かせてくれるか楽しみだわ…」
「好き勝手言ってくれるな…悪いが、三対三だ」
黙示録の悪魔ども駄弁っている内に、ガラムと白夜に回復の魔法をかけて復活させてやった。戦場で隙を見せる方が悪い。
「随分な有様だなぁ?ガラム。お前には荷が重すぎたか?」
「馬鹿が。部下どもを気にしている内にここまでやられただけだ。最初から俺だけならこうはなってないわ」
「おうおう。じゃあ一人任せるぜ?…ところで、その部下達は?」
「俺が引きつけている内に騎士団に任せて逃がした。……何人かやられたがな…」
「そっか…頑張ったんだな、お前。でも、それなら今回は負けないだろ?」
「貴様に労いをかけられるとはな。無論だ」
ガラムの目に一筋の光が見える。よし、これなら大丈夫そうだな。
「晶…お前…」
「多勢に無勢だから仕方なくしてやったんだ。言っとくが、こいつら倒したら消耗したお前を殺すからな」
「外道…貴方、本当は悪魔なんじゃないの?」
白夜の中から、女の声が聞こえた。ヘル・ブリング…こいつもまだ健在のようだな。
「主はこういう男だ。ヘラ、でもそれどころではないだろう?」
「クッ…。貴方のこと、許したわけじゃないからね」
「…もう仲直りはいいか?ハンデは充分だろう?」
ベルゼバブが退屈そうに足元の土を靴先で掘っている。あぁ。おかげでこっちは整ったぜ。
「その余裕こいたマヌケ面を、ほえ面に変えてやんよ!」
三者が一斉に相手の正面に立つ。
「またお前か…俺はヘラを纏う男が良かったんだが…」
「次はもっと楽しませてやろう…貴様の痛みという快楽を以ってな!」
アスモデウスにはガラム。
「はぁ…お前も懲りないな。俺としてはノアの小僧が良かったんだけどな」
「悪いが、今回はさっきのようにはいかない!」
「私の主を侮辱したこと、後悔させてやるわ!
ベルゼバブには白夜が。そして…。
「私は希望通りで満足よ?さぁ…早く来て!キーランス!早く私を満たして!」
「悪いけど、僕はこう見えて一途なんだ。それにお前をここで倒せば、怠惰の時に楽出来るからな」
「あぁんもう!いけずねぇ…でも、そういうクールなところも素敵…」
「お主が本当にそう思うなら、残念ながら見当違いも甚だしいぞ?主はクールとは程遠い人間なのだ」
「ますます素敵…。そういう男が私に這い蹲るのを想像するだけで…濡れてきちゃうわ」
「這うのはお前だ、淫乱女!お前の血でその体を濡らしてやんよ!」
僕は大剣を振りかざし、ベルフェゴールに突進した。
あぁ、前編中編という時は、だいたいその話内で終わらないフラグ…。最後若干アレな表現ありましたけど、これくらいなら大丈夫ですよね?ねっ?