~第六十七話~咆哮、血煙、悪意の嵐《前編》
ども、白カカオっです。失調してます。色々と。しばらく週1…よくて2くらいのペースに下がってしまうかもしれませんが、楽しみにしていただけると幸いです。
バタバタと城と軍部施設が跳ねている。ベイン国王就任以来…いや、キュートス国建国以来の緊急事態だった。セラスはギラン側には防衛線を展開しているが、内側からの攻撃にはめっぽう弱い。まして、襲撃があったのは夜間。電気が無いこの世界は、太陽と共に一日のリズムがある。冥の刻は、こちらの世界の住人でさえ不死族を筆頭とする魔族に警戒して外出など規制がかかる時間帯なのだ。それを打ち破る宣戦布告のなき大量虐殺。これが、今東の平原に起こっている事実だ。それもその相手は、アキラの故郷…マテリアルの住人。
「アキラ!」
シーリカが手を引っ張っている。しかし僕は動かない。…動けない。ちょっとやそっとの展開なら慣れた。エリーとダビデの六星環…ダービーに出会ってから、僕の日常は異世界になった。そして僕も、この世界の住人になることを受け入れた。向こうにすんでた頃の僕にとってそれは、いつか夢想していたファンタジーの世界との邂逅。初めは多少は混乱もあったけど、それでも僕はこのファンタジーの世界に溶け込んでいた。そこには科学も、環境破壊もくだらない国家の威信、利権をかけた戦争、差別も無い…美しい世界だった。
でも…この銃弾はそれを全て打ち砕いてくれた。僕の世界の汚い部分が、この美しい世界を陵辱しているという事実を、まざまざと見せつけた。侵食、侵入、汚染…この世界に、僕の世界の汚いところが持ち込まれた、証だった。
だから僕の脳は動かない。僕はニンゲンで、この国のみんなはエルフ、襲われているのは獣人で、このセラスの同胞。そして襲っているのは僕の世界のニンゲンで、つまり僕の同胞…。僕と同じ血が流れているニンゲンが、僕の守りたい者達…その僕が守りたい者達が守ってきた者達を蹂躙している…。眩暈すらしない。完全な思考停止。
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
何に謝ればいいのかもわからない。何を謝ればいいかもわからない。でも、ただ謝罪の言葉が口から勝手に溢れている。もしかしたらわかっているのかもしれないけど、ただ…。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…ごめんなさ…」
ーーーパァン!
頬が熱くなった。視界から入ってくる情報を頼れば、シーリカが僕を平手で打ったのがわかる。ただ、痛みも無い。何も感じない。
「アンタ…わかってるの!?緊急出動だよ!?スクランブルだよ!!?敵はアンタの世界の人たちかもしれないけど、今アンタが動かなければ、この世界の人たちがいっぱい死んじゃうんだよ!!アンタ隊長でしょ!?私達の仲間でしょ!?」
僕が動かなければ、この世界の人たちが殺される…僕の同属の手によって…。僕の…。
「あっ…ああ……アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
わけわからず叫び声を上げる。壁を横殴りに殴ると、分厚い石壁に罅が入った。
「アアゥ!!」
頭を打ち付ける。額が割れて血が飛び散るが、それでも理性が戻ってこない。自虐だが正常に戻ろうとする僕の本能が次の手段を探していると、扉の前に国王と一緒に、悲痛で蒼白な顔を浮かべたエリーが見えた。
「エリー!!」
エリーの肩がビクッと跳ねた。恐怖の色も窺えるが、正常でない今の僕にはそんなことは知ったこっちゃない。
「僕を殴れ!」
「やだよ…出来ないよ…」
エリーの肩を掴むと、その震えの大きさが分かる。
「いいから殴れ!」
再度大きく跳ねるエリー。どうあっても僕に抗えないとわかったのか、遠慮がちに右手を上げる。
ーーーぺチン
上げた勢いで推し量れる、平手打ちとも言えない、フェザータッチが返って来た。
「クッ…しょうがない。タウルス!」
乱暴にエリーから離れると、僕が暴れて若干広くなった会議室の中央にタウルスを召喚する。
「アキラ殿…私の力では、あー…」
「五月蝿い!早くやれ!」
召喚された直後から戸惑っていたタウルスが、主の命と腹を決めて殴る。城中に届く轟音響かせて、僕は壁の絵画よろしく張りついた。肉体的ダメージから、大量に吐血する。内臓が、いくつかやられているかもしれないが…こうして自己分析ができるくらいなら頭がはっきりしてきた証拠だ。大丈夫!戻った!…と思う。
「タウルス、お前、加減したな…」
「加減をせんと。アキラ殿が本気で死んでしまうではないか」
ペッと口の血を吐くと、膝から崩れ落ちた。
「アンタ馬鹿ぁ?」
「ア○カ乙」
模写しているとしか思えないような仁王立ちをしたシーリカが、僕の頭上にいるのがわかる。
「はぁ…。アンタの部隊は、私がデンゼルに伝えておいたから今準備中。…ったくアンタのおかげで、私んとこもガロンが一人で息巻いて頑張ってくれてるわ」
「それは…あいつにも悪いこと…したな…」
視界がチカチカして、青色吐息な僕。自業自得だけど。
「主、バルゴーを呼んでおいた」
「サンキュ。気が利くな…相棒…」
「ふん!こんなドエムの治癒なんてホントはしてやらなくてもいいんだからね」
「出番が無さ過ぎてツンデレ乙」
「キィー!!!!」
とか言いつつ、しっかり手当てをしてくれるバルゴー。ホント、ツンデレ乙。
「アキラ…」
立てるまで治癒が進むと、エリーが顔をぐしゃぐしゃにしながら僕に歩み寄ってくる。
「アキラは別に悪くないから…もうあんなことしないで…」
ギュっと抱きしめられると、さっきの自分がどんだけ異常だったか思い出される。あー…。
「それに…好きな人を殴れるわけないじゃん…」
「悪い。ほら、もう大丈夫だから」
頭を撫でてやると、上目遣いに僕を見上げる。そのまま数瞬、二人が停止する。
「はいはいもう回復したでしょ?エリーちゃんには悪いけど、さぁ…行くよ!」
シーリカの声に、小さく頷く。タウルスの腕力で目が覚めたが、その後のエリーの体温が一番の破壊威力だ。心のもやが、いつの間にか霧散していた。僕は…僕に出来ることをやるだけだ。この世界の住人として!
ーーー主は戻ったと思っているだろうが、本当にそうか?わけのわからない気持ちの整理の仕方をしておるし、あの銃弾を見てから、主の魔力の波形が不明瞭なままだ…。ただでさえも主の魔力は感情に左右されやすい。このまま主と対等…それ以上の敵と遭遇したら…。
「行くぞシーリカ!」
ーーー聞いておらんし。
「風魔術師、総員追い風の魔法を発動!東の平原まで、全速全身じゃ!」
セラトリウス団長の鬨の声と共に、全身が魔力に包まれる。こうして初めて自分がかけられると、なかなか優秀な魔法だ。体が軽くなった感が凄い。しかし、まだ足りない。
「更に…加速!!」
僕がその上に、加速の魔法を上掛けする。この世界が侵略されてるんだ。時間干渉なんぞ知ったことか!
「アキラ殿!?」
「団長!一刻も早く、さぁ行きましょう!」
「…うむ!出撃じゃ!それぞれの任は向かいながら伝える!」
「「「「おう!!!」」」」
数千は下らないエルフの軍勢が、広野を駆ける。乗馬はいない。自らにかかった魔法効果が、騎乗の意味を無くしている。馬を使うより、この足の方が速い。
「皆のもの!聞け!今回の最優先事項は、東の平原の住人の安全の確保じゃ!いつぞやのゴブリンども相手とはわけが違うぞ!相手は未知の武器を使う…向こうの世界の住人じゃ!」
「「「おう!!!!」」」
「作戦は先だってのバリアスの時と同じ!騎士団と魔術師団がツーチームセルで散開!獣人族の生き残りを見つけ次第護衛と安全な場所に誘導!そして…攻撃してくる敵は打ち殺せ!やつらはインベーダー。一片の情けもかけるな!アキラ殿…」
「わかってます。いっそ殲滅してくれても構いません。団長もおっしゃった通り…やつらは敵です。『僕ら』の。これが終わったら、僕もしかるべき行動を取ります」
「うむ!では見えてきたぞ!皆のもの、身魂を投げ打ってでも守り抜け!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
団長の声を聞きながら、すぐに届く遥か前方を見た。パララララという銃声と悲鳴…。硝煙の臭いまでもが届いているようだった。
戦場は悲惨の一言では表現出来ないほどの惨状だった。そこかしこに死体の山。荒廃した居住テント…のようなものは、一つ残らず荒しつくされた後だった。目を背けたい欲求を抑えながら、一つ一つ、一人一人を目に焼き付けていく。これが…僕の同属がやらかして、今も元の世界のどこかで繰り広げられている現実だった。前衛騎士団第三部隊と共に戦場を闊歩する。付近で戦闘音が聞こえるが、部隊長のラスティンさんが無視して前に進む。
「ラスティンさん!」
「アレは…誰かの持ち場だろう?そんで俺たちも、加勢にいけるほど余裕ある状況じゃねぇはずだ。こっちはすでに、何人も護衛対象を抱えてるんだぞ。気持ちはわからんでもないが、熱くなるな。俺らに出来る事は、あいつらの無事を祈って、こいつらを無事に安全な場所に届けるだけだ」
左目が傷で潰された、精悍な顔が僕を振り返る。この人は顔だけでなく、首筋や腕などいたるところに裂傷の痕がある。一体、どれだけの修羅場を潜ってきたのだろう…。
「ラスティンさんは…」
「俺は、十二の時に両親を亡くした。騎士団もその時からだ。戦で俺みたいな子供を作らない為にな…。死線なら幾度も潜ってきた。そして…数え切れないくらい救えなかった命もあった」
「………」
言葉が出てこない。守りたかった者。守れなかった者。後者は、きっと前者より多いのだろう。だからこの人は、こうも冷静でいられるのかもしれない。全てを救えないことを知っているから…。
「ご両親も…勇敢な方々だったんでしょうね…」
「勇敢かどうかは知らん」
「へっ?」
「両親が死んだのは、流行病でだ」
………。
「ただ…」
「俺を守って死んでいったのは本当だ。まだ小さい俺に触れないよう、俺だけでも生き残れるように自分を犠牲にして…な。最期は俺の為に自ら命を絶ったよ」
…………。
「俺を生かす為の自己犠牲は感謝もしてるが、同時に愚かだとも思ってる。両親を失った子供の気持ちを全く考慮にいれてないってことだからな…っと。つまらない話をしたな。前方に敵確認だ」
「ちょ!そんな暢気に」
思わず遮蔽物に身を隠させるが、銃声は聞こえてこない。
「まだ大丈夫だ、やつらは俺らに気づいていない。今のうちに、ルートを変えれば遭遇しなくて済む」
「了解。デンゼル。もうちょい南側に進路を取るぞ」
「承知しました、アキラさん」
護衛の隊列の前方をデンゼルに任せると、僕はラスティンさんのところに近づく。
「エルフは…お前ら人間より五感が良いようだな」
「いきなり嫌味か皮肉か?」
「お前、アレんとこ行こうとしてんだろ?」
「だって!助けなきゃ!」
「さっき言ったろ?俺らにも余裕はないって」
「でも…」
食い下がりに食い下がる。さっきはスルーしてしまったが、気づけば後方の銃声は止んでいるのだ。楽観的に考えれば、こっちの誰かが敵を倒した。悲観的且つ現実的に考えると、逆にやられてしまったか…。正直エルフの体力と防具の装甲の堅さを鑑みても、正面からぶつかればサブマシンガンに軍配が上がるだろう。アレは核や戦略兵器とまではいかなくても、人が手に持って扱える中では最強の部類を誇る、『小さな大量殺戮兵器』なのだ。その武器にある程度理解がある僕が行くことで、少しでもこちら側の生存率を上げれるなら…。
「半刻だ」
「…えっ?」
「半刻で戻って来い。間に合わなければ、例え部隊長格のお前でも知らん。まぁ…お前が簡単にやられるタマじゃねぇのは知ってるけどな」
ラスティンさんが呆れたように溜息をつく。途端、心臓が早鳴りを始めた。なら、早く行かないと…。
「まっ、現実を見てくるのが関の山だと思うがな。行って来い」
背中を叩かれると、その勢いのまま戦闘の気配がある前方に駆け出した。駆け出した…はいいけど…。
「どっかで感じた気配だな…」
そういや、全く銃声がしない。さっきは距離で聞こえないのかとも思ったけど、よくよく考えたらここに着く前から銃声は聞こえてたんだ。同じ領域にいて聞こえないわけがない。これはどう考えても魔法同士の戦いだ。魔法同士…そういや、鳳凰とか、会議でシーリカが言ってたな。七つの大罪ども…だっけ?そいつらか?
ーーーキィンッ!!
「クッ…」
「フハハハハ!その器は、お前に不釣合いだったのではないか?死霊の女王!」
「五月蝿い痴れ者!蠅風情が愉快そうに謳うな!ベルゼバブ!!」
この会話…そして、この声は…!
「ヘラァーーーー!!!!」
僕より先に、ダービーが咆哮した。
例の如く、思ったより進みませんでした。脳内で描いている像を文で表現するには、情報量を甘く見ていました。こんな初歩なことを…。