~第五話~久しぶりの日常
こんばんわ。毎度おなじみ白カカオです。今日は気分が乗ってるのでもう一話掲載します。…ホントは体調の問題で運動が出来なくて時間があるだけなんですけど。ともかく、お楽しみいただけたら幸いです。
…世界を渡ったときと同じようにゲートを渡り、一日ぶりにこっちの世界に帰ってきた。けど大臣の言う通り、車に残した携帯を見るにまだ『あの日』の日付と変わらなくて。夢幻だったのではないかと思わせる。しかし指で自分の存在を主張する蒼と白の指輪と、
ーーーこれを持っていきなさい。これがあれば、今度こっちに来る時は何も怪しまれず城まで来れる。
と帰り際に国王から渡された書状が現実であることを実感させる。現実…なんだよなぁ。僕は本当に、向こうの世界に行ったんだなぁ…。
落ちつけず、収拾がつかない脳内をリセットするために、もう一度、今度はあまり好まないブラックコーヒーと、懐から煙草を取り出し車のシートに体を沈める。流れてくる音楽に耳を傾け、やっぱりせめて微糖にすりゃ良かったかなぁと今更な後悔を思い浮かべる。一思いにコーヒーを全部のみ、煙草で口直しをしてエンジンをかけるまで早三分。そして車を走らせ家に到着するまで僅か五分足らず。夜にこっそり向こうの世界に行くにはちょうどいい位、近すぎるよなぁ…ゲートの発現ポイント。駄目だ、どうしても向こうの世界に思いを馳せがちだ。それくらい向こうの世界が居心地いいというのも事実だけど。
「おかえり。あら?何それ」
玄関に入ってすぐのキッチンで、母の里美が晩飯を用意していた。肉の焼けるいい匂いがする。
「指輪」
何故かそっけなく答えてしまう。
「見ればわかるわよ。何?誰かから貰ったの?」
「いや?たまたま拾って興味本位に嵌めてみたら抜けなくなっただけ」
…間違ったこと言ってないよな?
「ふーん。別に恥ずかしがらなくてもいいのにね。アンタももう結婚してもおかしくない歳なんだから。アンタの同級生の○×君もこないだ結婚したってね」
「はいはい、そろそろ耳が痛くなってくるから止めて。泣くよ?」
その話は一昨日も聞いた。ちなみに地味婚だったから式がなかっただけで、決して式に呼ばれなかっただけではない。…同窓会、もう何年も行ってないけど。
「アンタまだ彼女もいないもんねぇ」
二個上の姉貴、美月姉さんがリビングであぐらかいてテレビ見ながらビールをかっくらっている。夏前のそろそろ暑くなってきた時期だけど、タンクトップに短パンはどーよ?
「無駄口叩いてる暇あったら、家とはいえその格好なんとかしたらどうよ?晴彦さん見たら腰抜かすぞ?」
「押し倒されるかもねぇー」
「聞きたくない。身内のそんな話、聞きたくない」
「アンタもまだガキねぇ」
「DA☆MA☆RE」
お袋、我関せず。ちなみに晴彦さんとは姉貴の新しい彼氏。たまに一緒に飲む程度には僕も仲がいい。なんでこんな女がいいんだか。悔しいけど、お袋譲りで顔はいいのは認めるけどさ。
「そういや親父と兄貴と順子は?」
「お父さんはまだ仕事。兄さんもじゃない?順子はまだ部活」
「そっか」
昭彦兄さんは地元の地銀で働いている。家持ちだが、奥さんが身重で実家に帰っているため、今は実家に戻ってきている。神谷家の初孫だけあって、厳格な親父の頬が日に日に緩んでいくのが見て取れる。ちなみにこっちは親父譲りのクソ真面目。順子とは妹でただいま高三の受験生。僕と同じ高校で、特に力を入れている陸上部のホープで、最近はインハイがかかった地区大会が近いので遅くまで部活にいそしんでいる。クソ真面目な兄貴にちゃらんぽらんな姉貴、いつまでもふらふらしてる僕に素直で真っ直ぐな妹。なんとバランスのとれた四人兄弟だろうか。これも親父の力とそれを支えるお袋の良妻賢母っぷりの賜物だ。何不自由ない生活には感謝せざるを得ない。しかしなんで僕と姉貴みたいな人間が育ったのか。
「そこ、姉貴は余計だよ」
はいはい、人の心を読まないでね。僕はたぶんアンタに影響されたんだろうよ。
着替えようと二階の自室に上がろうとしたとき、
「ただいまぁ」
妹が帰ってきた。ジャージ姿だが、そこに女の子っぽさが損なわれないのがこの歳の女の子の役得といいたらいいのだろうか。
「姉ちゃんまたそんな格好してぇ。男の人がいるんだから少しは遠慮してよ。兄ちゃん今彼女いないんだから」
「ほっとけよ。それに間違っても身内にそんな劣情は湧かんから安心しろ」
まぁ本音は思春期の時は多大な苦労を強いられたけど。…顔の部分は想像力たくましくグラビアアイドルに挿げ替えて。
「あんたのブラコンっぷりも相変わらずだねぇ二人して似たようなこと言って。晶が彼女連れて来たときに慰めてあげたのは誰だっけなぁ?アンタの大好きなお兄ちゃんも、もう女とあんなことやこんなことを…」
「あーあー!聞きたくない!そういうこと言わないのっ!私だってあの時はまだ子供だったんだから…」
「ほぉう…そろそろ男の味でも知ったか」
「知らないもんっ!姉ちゃんと違って軽くないしっ!」
「僕…居づらいから部屋に戻るわ」
二人の色々と…一部世間的にまずそうな会話に疲れ、自室に戻って部屋着に着替える。たしかに僕でもわかる順子のあからさまなブラコン具合には頭を悩まされる。僕が例の彼女と別れた時は訳も聞かず彼女を責める程の『お兄ちゃん至上主義』には兄貴として困った。最近ますます可愛くなってきたし。僕も大概に兄馬鹿なのだろうか。…間違っても血の繋がった劣情を催すほど愚かではないし。念のため断り。
しかし部屋に戻りパソコンからお気に入りの曲を流しゆっくりすると、今日のこと…キュートス城の事を思い出す。賑やかに、穏やかに流れるキュートス城下の平穏。ギラン側との諍い。エリーや皆の顔を思い出す。思い出しながらベッドから体を起こすと、
「兄ちゃーん!ごはーーん…」
Tシャツにボクサートランクス一枚の僕の視界に、順子が飛び込んできた。順子の瞳にもこの格好の僕が映っているのは明白で…
「服着ろーーーー!!」
手に持っていた漫画を思い切り投げられた。それも、昨日僕が貸したやつ。…角が当たった。痛い。
「ごめんなさい…」
順子が殊勝に謝りながら箸を進める。
「いいけどさ、ノックはしような?それと…部屋ん中だからそこは自由にさせてくれ」
…別にナニしてたわけでもないし。
「あっ、それあたしにも貸してよ。○ンピース」
「…自分で買えよ、社会人」
「アンタ持ってるなら、借りたほうが無駄が無いじゃない」
まぁ、そうだけどさ。順子よりもタチが悪いことに声もかけずに入ってくるアンタが毎度部屋にいきなり来るのは心臓に悪い。律儀にそういうマナーを守ってるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。いきなり入ったとこで叫ばれるのは目に見えてるんだけど。なんでこんな肩身狭いんだろう?
「ごちそうさま。なんか疲れたから風呂入るわ」
「はいはい。食器ちゃんと流しに入れなさいよ」
「わかってるって」
「あと洗濯物は」
「洗濯機の中、でしょ。わかってるって」
お袋の子ども扱いをさらりとかわし、着替えを持って風呂に入る。湯船に浸かると、疲れが一気に毛穴から抜け出す感じがする。日本人でよかった。
「ダビデの六星環…か…」
左手をかざし、中指に嵌まって抜ける気配のない指輪を眺める。幸せな家庭が待ってるこっちの世界。異端の僕にも優しく接してくれる向こうの世界。その世界で恐らく今も燻っている戦火。たった一日半の滞在だったが、他人事とは思えないほど揺らいでいる僕の心境。あの国に何かあったら、果たして僕はどっちをとるんだろう?おそらく向こうをほっておける程、僕は薄情者ではないのはわかっている。それに、こちらと一番外交があるキュートス国に何かあったら、こちらもただではおけないだろう。
「なんだか、厄介な事になったなぁ…」
考えすぎで長湯になった僕は、ぶくぶくと湯に沈んでいった。
…火照りを冷ました僕は、腰にタオルを巻いたままに冷蔵庫からビールを取り出す。これは姉貴が買ってきたビール、つまりギッて飲んでいるのは秘密だ。どうせバレてんだろうけど。
「また兄ちゃんそんな格好で…」
タオルを持った順子が仁王立ちで呆れている。
「風呂上りのビールは正しい日本人の習性だろ?」
「あと野球中継に枝豆もね」
「なんだ、わかってるじゃないか」
「まだ夏じゃないし、野球もやってる時間じゃないけどね」
「お前は今からか?」
「うん、課題、なかなか終わらなくて」
我が妹ながら、感心するほど勤勉だ。とても僕と血が繋がってるとは思えない。
「明日も学校あるんだから、早く寝ろよ?」
「わかってるよ。…おやすみ、お兄ちゃん」
「あぁ、おやすみ」
部屋に戻ると、僕の方はガタがきていたらしい。一瞬で眠りにつく。の○太もびっくりだ。
ーーー…るじ。我が主よ。
暗闇の中、誰かの声がする。自分でもわかる。明らかな明晰夢。男の声が、僕を呼んでいる。
「誰だ…?」
ーーーようやく応えてくれたな、主よ。我は指輪の意識。汝の僕なり。
「ダビデの六星環の…あぁ、じゃあダービーか」
ーーーいきなり妙な呼称で呼ぶなっ!…まぁいい。幾千霜と時を重ねてきたが、汝のような主は初めてだぞ。それに…名を付けて貰うのは意外と悪い気がせんしな。
「じゃあお前は今日からダービー。決定な」
いかにもタキシードが似合いそうな紳士な声だし。是非ギャンブルで勝負してみたい。
ーーーところで、主は驚かぬのか?
「んっ?何が?」
ーーーいや、我が話しかけていることに。
「あぁ、魔法を一度使ったことで僕の体に魔力の回路が出来たとか、寝てて意識がそっちの世界に傾いてるからとか、そういう事だろ?」
ーーーぬっ…逆に我が驚くべきことだが、両方正解だ。
まぁ、お約束みたいなもんだし、キュートスに行って、魔法が実在する世界に行って、僕の中の常識もかなり緩くなってるみたいだし。
「で、今日はどしたの?はじめましての挨拶かなんかか?」
ーーーそういうもんだな。それと我の昔話も交えてな。…我は魔導具が幾年もの月日を経て意思を持つようになった存在。魔導具というより、神器と呼んだ方がいいくらいの上位に位置する装備品だ。
「…自分で言うか、上位って」
ーーーゴホン。腰を折るでない。我を使役するものの中には、我の力に酔い、心を乱し、悪道に落ちた者もおる。汝は愉快で気のいい主だ。そうはなって欲しくない。
「あぁ、別に身の丈に合わない野望だとか持ってないから安心しな」
ーーーならよいが。これは我の願いと忠告だ。それに覚えておくといい。汝には大抵のことは成し遂げてしまえる力があることを。汝には大切なものを守る力がある。力に溺れるなよ。
「そうならないって思ってるから、賊に従わず、僕を選んだんだろう?」
ーーー半分外れだが、そういうことにしておこう。
「半分って…もう半分はなんだよ?」
ーーーノリと、汝の強い魔力に引かれてあの場でゲートのリンクが開いたという、偶然だ。
「お前も大概にいい性格してるよ。叩き割ってやろうか」
ーーーすまんかった。勘弁してくれ。ぬっ?夜明けも近いようだ。そろそろ奥に引っ込むとしようか。
「えっちょい待て!もうそんな時間かよ!」
うんともすんとも言わずに意識の奥に引っ込んだダービーと、思わず目を覚ましてしまった僕。なんだろう、全然寝た気がしないのに目が冴えてしまった…出社まで時間は有り余ってるし、どうしよう…
「アンタ。クマ凄いよ?」
朝食の時間に怪訝な表情で人の顔を覗き込む姉貴。
「何故か全然疲れが取れなかったんだよ…」
何故かは言わないけど。
「大方やらしいサイトでも見てたんじゃないの?」
「お姉ちゃん!」
隣で飯を食ってる順子が噴飯する。
「…氏ね。仕事行ってくる」
出勤する前に、またコーヒーのお世話になりそうだ。今度は微糖にしよう。
「あ、晶。父さんの弁当も持ってって」
…はいはい。
「あれ?神谷さん、今日は早いッスね。昨日のが堪えたんすか?」
後輩の水谷が防塵服に着替えながら喧嘩を売ってくる。
「お前のその元気を分けてくれよ」
「ハッハッハ。晶、今日は早いな。昨日の説教が身に沁みたか」
…クソ親父め。水谷と同じことを言うな。
「今日は早く目が覚めたんだよ。それよりまた弁当忘れてったぞ」
赤い包みにくるまれた弁当を渡す。
「そうか、すまんな。里美に愛してると伝えておいてくれ」
「…自分で言えや」
水谷が離れたらこれかよ。厳格な社長のこんな一面、絶対会社の人間には見せられんだろうなぁ…つうか僕がやだ。溜息をつきながら自分のデスクに戻り、書類を片っ端から片付ける。パソコン脇に置いた、栄養ドリンクはほっといてくれ。
「神谷さん、部品のチェックお願いします」
防塵服を着た、笹野が製品を差し出す。
「あぁ、んー…」
僕も手袋を嵌め、細部まで覗き込む。精密器部品につき素手厳禁。
「四番と七番のプラグが曲がってる。それ以外は大丈夫」
「はい、すぐに直してきます。あれ?指環?」
手袋を外した僕の指輪に目ざとく気づく。
「あぁ、道端で見つけて、興味本位で嵌めたら抜けなくなって」
「私、対処法知ってますよ。手伝いますか?」
「いいよ、割と気に入ってるから」
「綺麗な装飾ですよねぇ」
「まぁ、あははは…」
おい、やっぱ目立つぞ、お前。なんとかならねぇの?
ーーー主が望むなら、錯覚と催眠で周りに見えなくすることは出来るぞ。
「うをっ!?」
応えやがった。周りに見られたじゃねぇか。
ーーーすまぬ。ただ主が話しかけてくれたのでな。チャンネルが開いたのだ。
なんだ、寂しがり屋か、お前。
ーーー………
まぁなんだ、悪かった。しょげるな。さっきの、頼むぞ。
ーーー承知した。
はぁ…。
慌しくも平和(仕事中はある意味戦場だが)な日常を終え、今日も帰路につく。改めて、これが僕の日常なんだなぁ思う。
ーーー向こうにも、顔出そうかな…
忙殺され、ようやくキュートスの事に気を向けたのは、アレから三日後の週末だった。
さて、第五話でした。いつの間にかアクセス数も結構伸びてて驚いてます。本当にありがたい…何度も読んでくれている方、いましたら感謝の言葉もありません。もっと面白く、読みやすい話がかけるように精進します。