~第四十三話~後始末《前編》
泣くだけ泣いた。一晩中エリーに抱かれて、赤子の頃でもこんなに泣かなかったんじゃないかと思う位泣いた。涙が枯れるまで泣いたら、不思議と気分が透き通っていくのがわかった。約一週間ぶりの朝食も、驚くほど喉通りが良く、逆に心配されたくらいだ。当然じゃん、その間マジ断食してたんだから。胃腸がびっくりしないことを祈る。
さぁて…ここからまた僕の戦いが始まる。ぶっちゃけ僕のエゴだし、グレンからもしかしたら後で猛抗議が来るかもしれないけど、こればかりは譲る事が出来ない。僕から一度に二人も大事な者を奪った、あいつ等に…人誅を下してやる。子供でもわかる事だ。因果応報、ミラーの法則…『やられたら、やり返される』。僕から大切な者を奪った代償は、お前らの命だ。せいぜいそれまで浮かれてろ。ウラヴェリア…白夜。奪われた者の負の感情は、強い。
マドラ団長とココの後任は、僕が休んでいる間に既に決まっていた。騎士団団長の座には、今まで騎士団の統括を努めていたカルバン氏が、僕の隊の副官には、雷属性のデンゼルが選ばれた。
カルバン新団長は、まだ若い団長だ。せいぜい僕らの一世代上くらい。…僕は世代の基準が違うけど。前任のマドラのおっさんがあまりにもインパクトが強すぎて目立たなかったけど、その前団長の緩みっぷりをフォローして回っていただけの統率力、求心力…カリスマと、厳格さがあった。たぶん、新撰組の土方歳三のポジション。あのマドラのおっさんが団長でどうして騎士団側が回っているんだろうと前々から疑問だったのだが、この人が粉骨砕身で尽くしていたからこそだと後で知った時は、多大に同情と尊敬の念が浮かんだものだ。ただ、トップ二人が堅物だと、護国騎士団が随分と殺伐とした軍になりそうな気がする。
次に僕の副官のデンゼルだが、こいつもココと同様前衛から引っ張ってきたクチだ。副官が連続で純粋な後衛陣から出ないと言うのは、なんか我ながら某ウサギの球団みたいで気が引けるけど。…つうか、僕が決めたことじゃない。…納得はしてるけど。こいつは常にニコニコ人畜無害な笑顔を振りまいている好青年だ。僕の頼みにも二つ返事で応えてくれる、ココが右手なら左手に当たる男だ。割と無茶な要求や陳情が多い僕に、「アキラ君が、そう言うなら…」と困った笑顔で承諾してくれるか、「はい、アキラさんのお言葉なら」と快諾してくれるかの違いだ。…前者のココのあの笑顔を思い出して若干胸が痛んだけど、あえて受け入れることにしよう。ココが、この胸の中にいるならば。そしてこの男の凄いところは、欠点らしい欠点が思い当たらないところだ。器用貧乏というか、雑務までそつなくこなしてしまう優秀っぷり。ただ余りに計算高く、ときどき疑いの眼差しを向けてしまうくらい完璧なのが強いてあげる問題だ。…絶対、カイムのせいだ。もうちょい、抜けたところがあっても人間らしくていいんじゃないかと思うんだけど。そんな部下が、なんで僕のことを心酔しているのかというのもデンゼルの七不思議だ。余計、前述の疑いを強めてしまう。…まぁ…決して悪いヤツじゃない。
「アキラさんっ!」
休んでいた僕に新任者の紹介を兼ねた隊長会議を終え、軍部の廊下を歩いていた僕の下ににデンゼルが駆け寄って来る。
「んっ?どした?」
「会議が終わってから団長室へなんて、何かあったのですか?例えば…吸血鬼退治の相談とか」
「…そう含みのある笑いをするな、デンゼル。ただ、改めて欠勤の謝罪をしに行くんだよ」
おぉ、こえぇこえぇ。まぁ…謝罪もしに行くから、嘘は言ってないよな?正直、図星だけど。
「そうですか…。しかし、アキラさんとセラトリウス団長の話はいつも長くなります。ただ部隊員を待たせるというわけにもいかないので、何か指示でもあれば…。無ければ、各々修練や座学の時間に当てますが」
「いや、先ずは反省会だ。先の遠征、世間では辛勝と見られているが…僕は決して勝ったと思ってない。寧ろ、こっちは永久に飛車と銀将落ちの憂き目に合ってるんだ」
「マドラ前団長が飛車で、ココさんが銀将ですか…。言い得て妙ですね。アキラさんは金将、ボクは差し詰め桂馬と言ったところでしょうか」
「勝手に自分のランクを落とすなよ?桂馬だって使いようによっては脅威だし、お前も…ココも、金に成ることは充分可能だったんだ。…話を戻すぞ。お前は『三室』に戻って、今回の作戦で浮き彫りになった、我が隊の弱点を徹底的に洗い出せ。そして、お前らなりに改善案も出せるなら出しておけ。これは今後作戦後の通例にするからな。省みない者に成長なしだ」
「仰せのままに」
「あっ…良い発見も挙げておけよ?反省は、何も欠点ばかり突っつくモノじゃないからな。自分達の優れた、秀でたところを見つけ、長所を自覚することも反省だからな。じゃなくても、粗探しばかりの反省会なんて気が滅入るだけだろう?」
「…はい、心得て置きます。では、後ほど」
変わらずの笑顔で頷くと、僕らにあてがわれた部屋…キュートス国軍部魔術師棟第三隊室…通称三室に戻って行った。
「魔術師第三隊隊長アキラ、入ります」
二つ並びの団長室…その魔術師団団長室の扉を軽くノックし、足を踏み出す。セラトリウス団長が、沈痛な面持ちで柔らかい椅子に座っていた。
「あっ、あぁ…アキラ殿か…どうしたのじゃ?」
「昨日までの無断の長期欠勤、誠に申し訳ありませんでした」
「いや、気にせんで良い…アキラ殿、お主の事情は特別過ぎた。他の者も同情こそすれ、責める者はおらん」
「いえ、辛い思いをしているのは、セラトリウス団長や、他の皆も一緒ですから」
「うむ…して、お前さんのことだ。それだけじゃないのであろう?」
机に肘をつき、一度うなだれるように顔を下に向けたセラトリウス団長が上目遣いで僕の表情を伺う。
「…流石は団長。全てまるっとお見通しっというわけですね」
「はぁ…お主の考えていることくらい、大体わかるわい。大方、マドラとココの敵討ちの相談といったところであろう?」
溜息をつきながら、頭を振るセラトリウス団長。いやぁ、察しが良くて助かる。
「えぇ。お察しの通り、吸血鬼退治をば。その準備に、少々団長のウラヴェリア伯爵に関する秘匿資料を拝見したいのです」
「…全く、この軍部でここまで勝手をするのは、マドラとお前さんくらいじゃわい。…しかし、ワシもアレとは何度か対峙した事があるが、全盛期のワシでさえ今回と同等のダメージしか与えられんかったのだぞ?どうせお主のことじゃ。一人で向かうつもりなのであろう?」
「えぇ…これは譲れません。それに、それだけダメージを与えたデータがあるなら、それほど心強い情報はありません」
セラトリウス団長が、俯き暫くの時間思考の海に沈んだ。この部屋は完全防音になっているのであろう。これだけの静寂の中、廊下や隣の部屋の音は全く聞こえない。
「…わかった。アキラ殿に託そう。マドラが去り、ワシももう全盛期程の力は出ぬ。新しい風に、次代を任せるのにはちょうどいい頃合いかもしれぬの…」
「セラトリウス団長、お言葉ですが僕は風でなくつ…」
「しょうもない突っ込みも無しじゃ!はぁ…お主、マドラの馬鹿に似てきたのう」
「全力で否定します」
「それともう一つ。…グレンも似たような陳情もしてきおった。方向性は違うがの。アキラ殿のことだ。隠密で事を済まそうと思っての単独行動を希望であろうが、せめて…あやつも連れていってやってはくれんか?あやつは火の魔術師で直情型であるから隠密行動には向かぬやもしれぬが、お主ならそれすらいいように持っていく考えくらい思いつくであろう?…あやつの…妹同然のココを目の前で失ったグレンの想いも…汲んではくれぬか…頼む…」
この老賢人の懇願する姿など、初めて見た。そういやグレンとココのアカデミー入学の手はずを整えたのはセラトリウス団長だと、少し前に酒の席で酔っ払ったグレンとココから聞いたことがある。たしか、あの二人は同郷だとか。そういや、属性以外共通点がなさそうなあの二人は、妙に仲が良かった記憶がある。
ーーー主…。
この一週間、強制的にチャンネルを閉じ、碌に会話もしなかったダービーの声がした。酷く、懐かしい感じがする。自分のせいだけど。
ーーー我からも頼む。主は想いを執行する剣。想いを伝え続ける時の翼。グレンの…『初まりの者達』の宿命を背負う、あの者の想い…悲願。叶えさせてやっては貰えんか?
こいつが他人をここまで気にかけるのも珍しいな…。そんなこと言われたら断る瀬もないじゃないか。つうか、『初まりの者達』ってなんだ。
ーーーダアトでナイアルラトホテップと交わった時、我の失われし記憶の一部が蘇ってきた。近いうち、主にも話そう。
近いうちじゃなくて、今晩だ。それが、グレンを連れていく条件だ。
ーーーわかった。約束しよう…。
よし、交渉成立だな。
「わかりました。グレンも同行出来るよう策を練り直します」
「済まぬ、アキラ殿…お主にばかり、辛い想いばかり負わせてしまって…」
「構いませんよ。こういう役目は、慣れてますから」
「その代わり、ワシも出来うる限り協力させてもらおう。ワシの想いも…届けてくれ」
「はいっ!魔術師団第三隊隊長アキラ、ココと…マドラ団長の弔い、必ず果たしてみせます。どんな手を使っても…」
さて、目処はついてるとは言え、また風呂敷広がったぞ…どうする、私?まぁ作者の利点は、切れるカードを幾らでも増やせるってとこもありますからね。興冷めな展開にだけはならないよう、頑張ります。まぁ、だいたい構想は立ててあるんですけどね。それと一つ。スターターズの初まりは誤植でも誤変換でもありません。敢えてこの表記にしてあるので、あしからず。はぁ…ますます厨二っぷりに磨きがかかってゆく…