~第四十二話~兵どもが夢の跡
こんちわ、白カカオです。マッサージチェアが最近の睡眠場所です。そしてよく、お前は働きすぎだ…的なことを言われます。ここ数年は、仕事嫌いでワーカホリックの白カカオでした。
「おっさん!!おっさぁぁーん!!」
「心臓を貫く感触があった。…致命傷だな」
傾いたおっさんの影、蛇腹の剣が収縮していくのが見えた。僕も受けたあの剣の凶悪な刃だ。体組織をズタズタにするそれで胸を貫かれれば、まず助からないだろう。そして…不敵に笑うあいつがいた。
「白夜く………白夜ぁぁぁーーーー!!!!」
僕の咆哮と共に、おっさんが大きく揺らいだ。
「おい、クソガキ…後ろからとは穏やかじゃねぇなぁ…」
「ハッ!戦いの最中に背後の警戒を怠った方が悪いだろう?俺は…なぁっ!?」
電光石火の如く駆けるおっさん。蛇腹に追いつくと、手が切れるのも厭わずその刃を握り、白夜を恐ろしい力で引っ張り込む。
「お前…さっきの様子だとあの小僧の知り合いだな?人間は人間同士…仲良くやれや…」
キスするほど迫った刹那、マドラの拳がフック気味に白夜の側頭部にヒットし、その言葉を電撃に乗せて直接白夜の脳内に叩き込む。白夜は軌道を変え吹き飛び、マドラはその場に倒れこんだ。
「おっさん!!おっさん!!!おいっ、しっかりしろよ!!」
背後の吸血鬼の断片に目もくれず、おっさんのもとに走り出す。おい!!ふざけんな!決心した傍からどうしてこんななってんだ!!
「ふん…確かに、注意を怠った俺がわりぃや…生死を懸けた戦いに、卑怯もクソもねぇわな…」
「何言って…何言ってんだよ!!クソッ!再生が間に合わねぇ!!」
召喚魔法や戦闘技術やらにかまけて、治療魔法の修練を怠っっていたことが仇になった。確かに致命傷かもしれないが、それでも魔法が支配するこの世界では希望はゼロじゃないかもしれないのに…ココだって助けられたかもしれないのに…。
「もうよせ…小僧、あいつに、一つ説教してやったよ…お前、あいつと知り合いなんだろ?…友達か…?」
「あんなやつ!!僕の仲間を傷つけるやつが友達なわけがあるか!!クソッ!クソッ!!塞がんねぇよ!!」
「いいから聞けって…。小僧…こっちの世界に住む…人間同士…仲良くやれや…あいつをぶん殴った瞬間、わかったことがある…あいつの剣には、お前と同じ…強い想い…そして同じくらいの、悲壮感がある…お前と同じだ…。あいつも…護ってやれ…。お前は、小娘が死んだ時…どっかで何かを掴んできたんだろう…?俺だって、馬鹿じゃねぇ…。お前が戻ってきた時…お前の変化に気づいたさ…魂レベルの、変化にな…。だから、護ってやれ…」
「わけわかんねぇよ!!おい!遺言ならまだはえぇよ!!」
「それと…リーナスは確かにまだガキだが…女だ。…お前が、お前が護ってやってくれ…。最期だからしゃあねぇから言ってやるか…俺は…お前の将来…楽しみにして…たんだぜ…俺の身内から…大魔導士が生まれるのを…な…」
「なんで…エリーが出てくんだよ…それに、身内ってなんだよ…おっさん、わけわかんねぇよ…」
もう何を言っても聞かないだろう。おっさんが笑いながら話すのを、ただ聞く。
「あいつは…俺の姪だからな…セラトリウスッ!!」
「なんじゃ!?」
呆然とする僕の近くに、いつの間にかセラトリウス団長が立っていた。
「お前に、六枚貰っておいて…良かったぜ…向こうに逝く時は…豪華客船で地獄クルーズでも洒落込めらぁ…」
「くっ…最期まで減らず口を…」
セラトリウス団長が顔を逸らす。声が、少し震えていた。
「フハッ…そろそろだな…。ミョルニルも…帰るところに帰るだろうよ…アレがまた、戻ってくる時があるなら…また、セラスだといいな…。じゃあな、セラトリウス…アキラ…」
最期にそう告げると、おっさんの目が静かに閉じた。あのクソ野郎…今まで一度も、名前で呼んだことなんかなかったじゃねぇか…。それに…将来僕の親戚になってたっつうことじゃねぇか…。
「おい…卑怯だぞ…最後の最後に名前で呼びやがって…」
「アキラ殿…」
「それに…僕はまだアンタに勝ってないんだぞ…勝ち逃げかよ…テンプレ過ぎて面白くねぇよ…。アンタに勝って、僕の実力を認めさせてやる予定だったのに…」
「アキラ殿…マドラはもう充分お主の実力を…」
「もう一度戦えよッ!!おっさん…マドラ団長ぉぉぉーーーー!!!!」
雷雲に隙間が空き、そこから真っ赤な夕日が僕らを照らした。セラトリウス団長のすすり泣く声と、僕の慟哭が戦場に響いていた。
遠征から約一週間、僕達はキュートスに帰って来た。結果的にウラヴェリアを暫く戦闘不能状態にさせるも、それぞれ体に、心に深手を負った僕達は、三日間自宅待機となっていた。僕は、一歩も部屋から出なかった。ウラヴェリアは残ったパーツを蝙蝠に分解し、白夜を回収して去ったらしい。
待機三日目に、マドラ団長らの殉職を悼み、盛大な国葬が行われたそうだ。騎士団、獣人族含め作戦参加者総勢千名強。その内、殉職者は二割半にも及んだ。そこには、やはりココの名前もあった。隊長格から葬儀に出なかったのは、僕だけらしかった。
近況は、エリーが足しげく自室のドアの前に通い、話してくれた。僕は何も返事はしなかったが。ダービーとも、チャンネルを切っていた。手付かずの料理を毎食片付けていくエリーには若干申し訳なかったが、それ以上に…エリーの顔が見れなかった。
ーーーコンコン。
「アキラ…入って、いい?」
引きこもってちょうど一週間後、エリーが声を掛けてきた。いつも通り、無視をする。口を開くと、どんな言葉が出てくるかわからないから。
「入る…ね…」
ギィッとドアが開く音が聞こえる。沈黙を、エリーは承諾と捉えたようだ。
「アキラ…」
エリーの呟く声が聞こえるが、何も言わない。
「アキラ…聞いたよ。マドラおじさん、私の…伯父さんなんだってね…葬儀の時、お父さんが言ってるのを聞いて、初めて知った…。冒険者になって家を出たとき、キート家の苗字を捨てたんだってね…フフッ。伯父さんらしいね」
そのエリーの伯父を、僕は護れなかった…。
「そして、伯父さんに手をかけたのが、アキラの友達だってことも…聞いた…」
あんなやつ…もう友達でもなんでもない。倒すべき…殺すべき、敵だ…。ウラヴェリアと、同じように…。
「セラトリウスじいちゃんが言ってたよ?伯父さんが、アキラに友達と仲良くって言ってたって…」
無言が続く。気まずさばかりが先立つ。さっきから無視してるの、わかるだろ?早く、出て行けよ。
「ココちゃんのこと…残念だったね…でも、アキラを護って、くれたんだよね…」
もう一人の護れなかった者の名前。いつまでも、最期の声と笑顔が頭から離れない。そう、僕のせいで死んだ、ココ…。
「最後に、キスした…」
何故か、言葉が口をついた。もう、ぐちゃぐちゃでわけがわからない。そんなことを言ったら、エリーがどう思う事か。嗜虐的になっているのかもしれないが、これ以上心のタガが外れないように精一杯だ。エリーの、優しさが辛い。
「そう…」
エリーがそう呟いたっきり、沈黙する。
「どうして何も言わないんだ?僕がココを死なせて、僕の知り合いがお前の伯父を殺したんだぞ?お前を抱いたたった数日後に、違う女とキスしてんだぞ!?」
エリーは、何も言わない。虫の鳴き声だけが、部屋に響く。
「なんか言えよ!エリー!!」
耐えられず、思わず声を声を荒げる。本当に最低だ。最低過ぎて、涙も出ない。枕に顔を押し付け必死に自分を抑える。感情が昂り過ぎて、過呼吸寸前になっている。つうか、間に合わない。息が…苦しい…。
「アキラ…」
「エリー…僕を、責めろよ…」
呼吸困難に喘いでる最中入ってきたのだろう、いつの間にか、エリーの胸に頭を抱かれている。一瞬、何が起こっているのかわからなくなってパニック状態に陥りかける。
「ココちゃん、アキラのこと好きだったんだよね…」
呼吸が辛い。涙目になり、何でもいいから助けを求めるように、エリーの胸に顔を押し付ける。決して死なないのはわかっているから、剣が近くにあったら首を掻き切るかもしれない。
「ココちゃん…最後に、アキラに気持ち伝えれて…良かったね…」
エリーの腕が、それより強く僕をホールドする。最後の方が不明瞭になった代わりに、鼻をすする音が聞こえる。
「ココちゃんが死んじゃって、伯父さんもいなくなって…でも…アキラが戻って来てくれて…良かった…」
エリーの言葉が胸に刺さる。いつの間に、エリーはこんなに成長したんだろう。その温かい言葉が嬉しい。でも、エリーから大切な者を奪った自分が憎くて、護れなかったことが申し訳ない…。強い感情だけが溢れてくる。
「ぁっ…あぁ…あああああぁぁぁぁぁぁーーー!!!!!!!!」
気づけば、子供のように、ただ大声を上げて泣きじゃくっていた。いつの間にか過呼吸の辛さが無くなった代わりに、胸の奥の押しつぶされそうな圧迫感で喘ぎながら泣いていた。
たぶん、クリエーター書いて初めて、ボロボロ泣きながら書きました。自分の作品で泣くとかキメェwwwwwwwもうホント、辛かったです。