~第三話~意外な潜在能力
「えっ?でもそろそろ帰らないと家族も心配しますし…」
国王にゆっくりしてけと言われたが、そろそろ帰りの時間が気になってきた。よく考えると、今僕は会社から帰ってる途中なのだ。それに体感で数時間は下らない時間こちらに滞在している。明日も仕事あるのに。
「むぅ…ふむ。ジイ、アレ持ってきてくれ。あー、違う。水の方」
そう言われて水が入ったガラスっぽい器を持ってきた初老の男。
「アキラ様や、はじめまして。私はこの国の魔法監督省の大臣をやっておりまする、マリオンと申します。さぁさ、アキラ様。こちらの水に手を入れてみてくだされ」
いかにも好々爺というような大臣の笑顔に、晶は棚上げになった帰宅時間を忘れ、思わず言われるがまま手を差し入れる。そして時を置かず水に変化が現れた。
ーーーき、汚ねぇ
思わずもう片方の手の汚れを確認するほど、水が茶色く濁っていく。それも絶え間なく。
「判別水というものですわ」
突然頭の方から言葉が降ってきた。水を覗き込んだ顔を上げると、王妃が静かな微笑を浮かべながら言葉を紡いだ。
「こちらの世界では皆、生まれついての属性を持っています。生まれたばかりの赤子を産湯代わりにそれに浸け、その子の属性を判別するのです。属性が火なら沸騰し、水なら嵩が増える…といったように」
「アキラ様は泥のように濁られた…土のようですな」
王妃の言葉に続き、大臣がアキラを占った。
「土…かぁ」
なぁんか、地味だなぁ。ロープレだと、回復とか補助とか、パっとしないポジションが多い。主人公タイプは火とかが常だし…いや、別に冒険とか戦闘とかしたい訳じゃないけど、なんかなぁ、なぁんかなぁ…
「土属性の者は回復魔法や、攻撃でも大地に働きかける、かかせぬ存在ですぞ。さぁ、もうお手を抜いて結構です」
やっぱり予想通りだなぁと、渋々手を抜く…が。
ーーー!?
水がまとわりつき、雫がゆっくりと器に落下していく。
「これは…」
「ほう…」
国王と大臣が感嘆の声を上げる。王妃は声を失い、他の者はわけがわからぬという表情を浮かべた。
「えっ、これ、なんスか!?」
状況がわからない晶は周りの反応もあいまって、軽くパニックになっている。雫の方はあと数滴といったところだが、それでもやはり落ちるスピードは変わらない。
「時の…属性?」
「時の属性?」
エリーが小首を傾げ、王妃の言葉に疑問を投げかける。
「時の属性。火、水、土、雷に氷、風の基本属性に属さない独立属性の一つ。これを持つ者は皆、後の大魔導士に名を連ねている。それも…二つの属性を共に持つ者など聞いたことがない…」
「え、ちょっ待って!僕はそんな大層なもんじゃないしっ、普通の…ただのサラリーマンですよ?今日だって遅刻しかけて親j…社長に怒られてるような情け無い一般人ですし!」
テンパりすぎて余計な事まで喋ってしまう。
「アキラ様は向こうの世界ではともかく、こちらの世界では得がたい人材のようですな」
「だからっ、僕魔法とか全然わからないし。それにそろそろ帰らないと」
自分に不利な状況を打開するためなら浅知恵がよく働く、ホントコずるい頭だと思う。
「いやはや、魔法のことでしたらこちらでいくらでもお教えしますわい」
「それに、時の魔法が使えるなら帰る時間も心配いらんて、なぁジイ」
「えぇ」
またも二人が笑い合うが、今度は何やら含みがある。回避、失敗。所詮浅知恵だったか。
「アキラ様、ゲートに案内しますぞい。着いて来てくだされ」
内心でホっと胸を撫で下ろす。なんだ、帰れる。でもこっちの世界も居心地は悪くなさそうだ。帰る前にこっちの世界への来方とか教えてもらおうか。そんなことを考えている間に門の外、ゲートの前。何やら国王様ご一行も随行しているが、大丈夫なのか?治安的な意味で。
「さぁアキラ様。両手でゲートに触れて下さいませ」
大臣に言われるがままにする。なにせ、こちらはこういったファンタジーな物に対する事は何一つわからん。
「ちょいと失礼…ふぬっ」
大臣が晶の背中に手をかけると、背中越しにエネルギーの奔流が自分を通してゲートに流れるのを感じた。
「よし、OKじゃ。これでゲートの時間の流れを、アキラ様がここを最後に通られた時間に固定出来たぞい。こっちでいくら月日を過ごそうとも、アキラ様が帰られる時向こうでは今日の日付の夕刻になっているはずじゃ」
ちょっ…騙されたあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!後ろの方ではなんか娘っこどもがはしゃいでるけど、そんなの関係ねぇ。こちとら絶賛硬直中じゃ!
「なんだ、詐欺師にでも会ったような顔して。こっちはただゲートに触れてくれとしか言っておらんぞ?さぁ今夜は宴を開こうじゃないか。我が友にして、指輪に選ばれし未来の大魔導士の誕生を祝して!ほら、可愛い娘達に囲まれて食事など、若いアキラ君なら胸が弾むだろう?」
よくまぁぬけぬけと…やっぱタチわりぃ、このオヤジ。それに自分の娘を可愛いとかよう言えるなこの親馬鹿め。いや、確かに皆美人だけどさ。
…でも考えようによったら便利な魔法だな。疲れて眠いときとかこっちに来て気が済むまで休んでけばいいし。
「ただし、この魔法多用は禁物ですぞ。時間の流れは止めれども、肉体の時間はそのままなのでの」
…たしか人間、人生の三分の一は睡眠に費やすって話だよな…ダメじゃん。まぁ、一晩位は…いいよな?こうなったら楽しまなきゃ損な気もしないでもないし。
「そっ、そうなのか?大臣」
国王…貴様。
「あら、杯が空ですわ。どうぞ」
今お酌してくれているのが、セリーヌ第一王女。エリーの一番上のお姉さんだ。毛先が若干内巻きになっているロングのブロンドに、ピンクのドレスがよく似合う。いかにもお上品な感じ。
「ほら、お皿も。盛って差し上げますわ」
「あっ…すいません」
取り分けをしてくれているのがディーン第二王女。こちらはポニーテールのように後ろ髪を縛り上げ、白く細いうなじがのぞいている。セリーヌやエリーほど愛想はよくないが、悪い子じゃなさそうだ。つうか料理多すぎだろ!こちとらドワーフや豚鬼じゃねぇんだ。そんなに食えるか!…まぁ両方ともまだ会ったことないけどさ。
…ということで、お邪魔させて貰ってます。なんでも僕の為にこんな晩餐会を開いていただいてるみたいで、なんか申し訳ない。
ちなみに晩餐会開始から半刻ほど、すでにほぼ皆出来上がっている。エルフはどうも酒が弱いらしい。みんな真っ赤だ。僕は歓迎会とかで散々鍛えられたからまだそこまで至ってないが。この場で素面なのは…僕と大臣くらい。大臣は最初の一杯しか飲んでない。ちなみにエリーはノンアル。葡萄のジュースを美味しそうに飲んでいる。髪も下ろしている。なんとも微笑ましいが、僕の周りにまとわりつくのは止めてほしい。落ち着かない。第一王子のアレンさんはにこにこ笑顔を絶やさないが、酔いつぶれるのを我慢しているのがあからさまにわかる。食事にも手がついていない。なんでも、
「国王になれば食事会で酒を飲むことなど日常茶飯事だ。今のうちに慣れておかねばならぬ」
との国王のお言葉。なんという体育会系。それ、危ないですから止めといた方がいいかと。ちなみに料理の量についてのさっきのツッコミを王妃にしたところ、
「あら、無理に全部食べなくていいのよぉ?残った分は使用人達の賄いになってるからぁ」
…さっきの聖母のような王妃はどこへ行ったのやら。語尾が完全にだらしなくなっている。つうかどうりでメイドさんが料理を運んで来る度に、僕に対する興味津々な視線と同じくらい、料理に向ける視線が長いわけだ。
「楽しんでおりますかの?アキラ様」
国王一家が騒いでいる傍ら、大臣が楽しそうに話しかけてきた。
「えぇ。最初は正直騙された感いっぱいでしたが。今は感謝してます」
実際この空気を楽しんでいるので、正直な気持ちを話した。
「国王も私らも、初めての異世界の方の…それもこのように素晴らしい資質をお持ちの方のご来訪にとても喜んでおります。魔法の件やこの世界のこと、アキラ様さえよろしければ明日にでもお話させていただければと思いましたのですが…」
「まぁ…そうですね。状況次第ですが」
…今がこんな半カオスな状況だし。
「ほっほっほ。そうですな。では老骨に堪えるゆえ、私はこの辺で失礼させていただきます」
「それではまた、明日。良い夢を」
「えぇぇ。ジイ、もう寝ちゃうのぉ?」
エリーが寂しそうに駄々をこねる。確かに楽しい宴から一人でも抜けるのは残念だ。
「無理言うな、エリー。大臣だって疲れてるんだろうよ。ほら、僕が相手してあげるから」
「そうやって子供扱いしてぇ。いいもん、私アキラの分も料理全部食べてやるから」
「こらこら、はしたないわよ」
「セリーヌ姉様だってお肉、何杯目?」
「ディーンだって」
…結局食べるのに飽きたエリーの相手をして、月が真上からさらに傾いたころ、ようやく綺麗にメイキングされたベッドに就くことが出来た。
まさか城での一晩に二話使うとは思いませんでした。その代わり…でもないですが、この世界の属性について軽くふれさせていただきました。細かいことは、またの機会に。予定してたとこまで全然辿りつけない…