~最終話~永久に続く明日
「なぁ創造主、俺は…どこまで干渉出来る?過去や…今を生きるあいつらに」
創造主は気難しそうな顔をして、まっすぐ俺を見て答えた。
「なんでも出来る…が、死んだ者を甦らせる事は出来ん」
「世界に対する干渉は?」
「何でも有りだ。我のように再構築するもよし、また生態系や物理的な法則を書き換える事もな」
「ふむふむ…魂に関する干渉は?」
「アキラ…何をしようとしてるの?」
エリーが不思議そうに俺を見上げる。
もうこうなってしまった以上、俺は出来うる限りの措置を取るしかない。
ほぼ万能の力を手に入れ、世界を運営する義務を負ってしまった。
なら…。
「まずは、俺とエリーの息子…ヨッドとエダイの事だ。エリーまで来てしまった事で、あの子らは両親を失ってしまった。そうなると、育ての親が必要になる」
このままでは、俺はともかくエリーの捜索も始まり、彼らは孤児になってしまう。そうならない為に、一先ずの策は必要だ。
…世界より先に我が子達を案じるのとは、俺もいっぱしの親父になったもん…かな?生まれてすぐ戦争に赴いちまったけど。
創造主が表情を変えず、さっきの調子で俺に告げた。
「魂のデータの書き換えという事を言っているなら…答えは可だ」
「サンキュ。じゃあ先ずは、エリーは俺と一緒に旅に出た。そして、共に行方不明。帰ったカイムらの報告によって俺達二人は殉職扱いとされ、ヨッドとエダイは英雄の子、そして王族の血を引く者としてキート=ベイン三世の養子として育てられる」
世界を改変するという意思の元に宣言すると、機会言語のようなイメージが脳内に、空間に広がり、収束していった。
「アキラ…?」
「…お前も帰れないんだ。それなら一緒に殉職という事にした方があの子らも受け入れられ易いだろ?」
「世界そのものの改変ということにはしなかったのか?」
創造主が眉を寄せて聞いてきた。俺達のように完全な感情を持たないあいつは、より効率的な方法
があるにも関わらずそれを取らない俺の意向に疑問を持ったようだ。
「お前は一つ見誤っている。俺は元来怠け者なんだ。そんな大掛かりなこたぁめんどくさくてできやしねぇよ」
それに…。なんだかんだ言って、俺はこの世界が嫌いではない。
正確に言えば仲間や家族…直近の自分を取り巻く環境を愛していた。
そして人間やこの世界の綺麗なところも知っている。
それを一方的に全とっかえして、俺の管理下に置いてしまうのも嫌だった。
「それと…全ての生き物の輪廻転生を。動物は動物、人は人。その愛する者の傍にずっと生まれ変われるように」
今度の改変は、先程よりあっさり終わってしまった。疑問に思った俺が創造主を見ると、意を汲んで答えてくれた。
「輪廻転生自体は我の作った世界からの継承だからな」
「なるほど。じゃあ後は…」
たぶんこれが最も大掛かりな改変。それが良いか悪いかは知らないが、ここからは俺がこの世界のルールだ。なぁに、暴君じみた事はしない。
「魂の形はそのままでいい。だが…魂にリミッターをつける」
「ほう?」
創造主が面白そうに俺を見つめる。真意が知りたいようだ。
「世界を腐敗させた今のままで良い訳がない。かと言って人の欲や悪意を全て取り払ってしまうのも気持ち悪い。欲は夢に繋がり、悪意は創意工夫に繋がる。何も悪い事ばかりではないさ。ただ…それが人を殺したりとか、他人を害するまでの行き過ぎた悪意に育たないようにリミットをかける」
『死』とは最も悲しい事だ。本人だけでなく、周囲の人にとっても。それに直結する戦争なんかもってのほかだ。
しかし、欲をそのままに死のみを制限するとやりたい放題になってしまう。ならば、欲を無くさないなら欲そのものに制限をかければいい。
それなら、領土で揉める事もない。生活に困窮しようと、他人を殺して金を奪う事もない。…自分の利益の為に、人を悲しませる事もない。
「それと、宗教も禁止な。んなもんあるから戦争とか詐欺とか起きんだ。不確かなものに縋りたいならいっそ、創造主そのものを認知させればいい。…崇拝の帰結を…俺か」
その対象が自分である事に気づいて、何故か少し落ち込んだ。
「俺になるように操作する。その代わり、神々どものエネルギーや力は代替の物を用意する。…ダークマターでいっか。どうせ枯渇するもんでもないし、現状他に使い道もないし」
大なり小なり…いや、命に大きさはないけど、それを脅かすものはこの際全撤廃する。
横暴ではなかろう。
「あっ、そういや輪廻転生に少し変更」
創造主が呆れ顔で呟いた。
「腹をくくったと思ったら、前言撤回とは今度はやりたい放題か」
「いや、別に誰が被害被るわけでもないし、いいじゃん。動植物に関しては、ランダムで転生する。そうでなきゃ、食用の家畜が可哀想だ。牛とか豚とか屠殺されるとき泣くって言うし」
「…後はいいんだな?」
創造主が少し疲れたように確認すると、俺は頷いた。
「あぁ。…で、お前はどうすんだ?」
俺が創造主になったら、こいつはどうなるんだろう。
「我は…そうさな、世界の一部にでもなろうかね」
「…一部?」
引っかかったところをリピートして、解説を求む。
「あぁ。我に残された最後の『創造力』だ。我はこの空間と一つとなり、汝が統治を見届けよう。それが次の興味だ」
そう言うと、ダービーの時と同じように体が崩れていく。さっきのそれとは違って、足からだったが。
「そっか…お前は素直に送る事が出来ない心情が往々にあるが…」
こいつには多くの憎しみがあった。
自分を含めて悲運を宿命された者の恨みも抱えていた。
しかし…。
こいつは、子供と一緒なんだ。
誰でも小さい頃、興味本位で虫や小動物を殺してしまった事があるだろう。
知的好奇心の為に。それが残虐な事と知らずに…。
ただ、その規模が大きすぎただけなんだ。
こいつが子供である証拠に、『俺の為に』エリーをここに呼び寄せた。
やり方はどうであれ、それは『親切心』だ。
子供が母親の手伝いをしようと、かえって台所を汚してしまうように。
だから俺は、前任者への敬意を表した。
「今まで、お疲れさん」
俺がそう言うと、『前』創造主は、一瞬驚いた顔をして、しかし最後に俺が見る初めての笑顔を浮かべて消えていった。
「…さて、エリー。やっておくことが二つある」
気を取り直して、エリーに向き直る。
これは、俺とエリーの最後の子供に送るプレゼントだ。
エリーは首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「愛する我が子達へのメッセージだ」
「…うん!」
エリーが嬉しそうに頷くと、意識を未来へダイブさせた。
…何でも有りとか言うな。実際何でも有りなんだから。
直接の介入は出来ないらしく、二人が寝ている意識へ入り込む。
ヨッドとエダイの成長した姿をした二人の意識を、ここではない白い空間を作り呼び込む。
ここじゃ戻れないなんてことになりかねないからな。
「お父…様…?」
綺麗なブロンドの髪をした長男、ヨッドが俺を見て驚く。
「ではそちらは…!」
俺に似た黒髪のエダイがエリーを見て同じように驚いた。
「えぇ」
エリーが小さく笑ってみせると、二人が俺とエリーに抱きついた。
年甲斐もなくとは言わない。この二人は、ずっと養子として育てられたのだ。
寂しくはないにしろ、思うところはあったろう。
いくら未来に飛ばしたと言っても…この子達のこの年齢は、出会った頃のエリーより若干下回る位なのだ。最初のエリーの子供っぽさを思い出して欲しい。
「会いとうございました…お父様…」
「会いとうって…どんな育てられ方だ」
…会合一発目が突っ込みとはどういうことだ。
「それは…お爺様が、僕らのお父様の世界の言葉だと…」
エダイが不思議がるように答えた。
…あのおっさん何を吹き込んでるんだ。
俺がいた頃より交流あるだろうに。
「…まぁいい」
「ところでここは一体…」
「あぁ、神様やってる」
俺の身も蓋もないカミングアウトに二人は一時呆気に取られたが、苦笑いを浮かべてやれやれした。
「お爺様や皆さんから破天荒なお方とは聞いてましたが…」
「…お父様とお母様なら納得ですね」
「何で私が入ってるの!?」
エリーの必死な突っ込みに思わず吹いてしまう。
つうか俺、自分の息子達にすらそんな扱いか…。
楽しい時間は永遠に続かない。
歓談を楽しみながら、意を決して切り出す。
これ以上彼らをここに縛るわけにもいくまい。
「じゃあそろそろ…お別れだな」
「「えっ?」」
息子達が悲痛な声を上げる。俺だってさ寂しいんだ。
「お前らをいつまでもここに居させるわけにもいくまい」
「しかし…」
「お前らには、帰るべき世界がある。…俺達と違って」
俺の声に二人がうなだれた。
心では理解しているんだろう。
そして幼い彼らから、せっかく会えた親を離すのも心苦しい。
「また…会えますよね?」
俺を見上げたエダイの頭を撫でて、優しく頷いた。
「あぁ。お前らが、立派に育ったらいつか…な」
心がズキッと痛む。
本当は、もうここに呼ぶつもりはなかった。
神の力を、私的に乱用すべきではない。
それでも…そう言わずにいられなかった。
「では…僕らは帰ります」
「立派になって、今度は偉大なお父様とお母様に顔向け出来るように」
二人の瞳が細かく痙攣する。
声が震え、涙をこらえているのがありありとわかる。
「二人とも…元気で…仲良くね」
エリーも鼻をすすっている。俺ももらい泣きしそうだ。
「じゃあ…達者でな」
俺が最後に二人の頭を撫で、エリーが二人を抱きしめると、愛息子達は光の奥へ…現実世界へ帰っていった。
「ふぅ…」
「一段落…なのかな?」
「いや、実はもう一つしておきたいことがある」
エリーが驚き、そして呆れた。
息子のみならず嫁にもそんな顔されるのか…。
「ダービーを呼び戻す。あいつは俺の相棒だ。やっぱ、あいつにも居て欲しい。」
俺の言葉に驚いたエリーは、割と大きな声を上げた。
「でもさっき、創造主さんは死んだ人は生き返せないって…」
「『死んだ人』はだろ?ダービーは消えたわけだから『死んでいない』し、『人』でなくて『精霊』または『神性』だからな。やってやれないことはないだろ」
俺がそう言うと、エリーがクスクスと笑った。
「…なに?」
「いや、出たなぁって」
「だから何が?」
「アキラの、『やってやれないことはない』」
「あっ…」
自分の発言に気づき、頭を掻く。
「じゃあ大丈夫だね」
エリーがまた笑う。
「アキラがそれを言う時は、大抵上手くいくもん」
エリーの笑顔に俺も思わず口元が緩む。
現金なやつだと我ながら思う。
大丈夫な気がする。
「じゃあ…いくぞ」
神から受け継がれ、ダービーによって植えつけられた『創造力』の源、『無限の魔力』。
砕けよと言わんばかりの魔力を込めて、ダービーが砕けた空間に力場を作る。
「…顕現せよ!ダービー…『ダビデの六星環』が精よ!!」
白い空間に更にまぶしい光が生まれ、何かが砕ける音が聞こえた。
ーーー…お疲れ様。今までありがとな、無限の魔力…。
俺がもう一つの相棒に労いをかけると、光の中から一人の男が現れた。
「これは…ある…じ…?」
「よう、待たせたな、ダービー!」
「おかえりなさい、ダービーさん」
俺とエリーに迎えられ、ダービーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべている。
「しかし…我は消えたはず…」
「だからさぁ、お前を顕現させる為に無限の魔力、ぶっ壊れちまったんだ」
「なんとっ!?無茶苦茶な…」
「だから…サポート、頼むわ」
「しかし我は…」
「お前は俺の僕で、相棒だろ?」
俺の言葉に、エリーが嬉しそうに頷いた。
ダービーも瞳に涙を滲ませ、一歩踏み出した。
「…そうであるな」
エリーが居て、ダービーが輪に入る。
たしかに、もう元の世界には戻れないかもしれない。
だけど、相棒と最愛の者がいるここなら…。
世界は回る。
朝はやってくる。
今日より明日、明日より明後日。
当たり前の幸せが、明日も続いていく。
輪廻も因果も全て巻き込んで。
くるり。くるりと、世界は回る。
これは神谷晶という、一人の人間の物語…。
一年強の長いのか短いのかわからない間、お付き合いいただいてありがとうございました。
初めは「別に自己満でダラダラやってりゃいっかー」と、簡単な気持ちで始めたものでした。「なろう」もぶっちゃけ、たまたまSS好きの友人から教えてもらったものだし。
昔から携帯とかで人に見せないオナ…自己満小説や二次創作は書いていたのですが、どうせなら形に残る物を書こうと。そんな程度でした。
しかし現金なもので、初めてお気に入りや評価、感想をいただいた時の感動や興奮と言ったらそりゃもう…ほぼイきかけましたと。初ライブの気持ち良さに似てます。ライブは気持ちいいもんです。
途中数ヶ月間が空いた事もありました。思うように筆が(タイプが?)進まない事もありました。それでも、今こうして見ていてくださってる方が居てくれる事が幸せです。
決まり文句ですが、励みになりました。完結できたのは、本当に皆様のおかげです。
言いたい事はまだまだありますが、一先ずはこの辺で…。
ご愛読いただき、本当にありがとうございました。
…前回も書きましたがエピローグ、あります。よってもう一話だけ、更新します。物語は終わりましたが、もう少しだけ、お付き合いください。