~第百一話~とある英雄の最期《その2》
「白夜っ…!」
グレンが小さく呻く。
かつては敵同士だった男。アキラと旧知だという男。ヘラの相棒という男。
そして…自分たちの仲間になった男。
初めは小さなわだかまりはあったが、今ではなんだかんだ言って志を一つとする仲間だと認めている。
ーーー誰一人欠ける事無く…。
闘いに臨む前に誰かが言っていた。
それはここにいる皆の気持ちだった。
もう…誰かを失う怖さは味わいたくない。
そして…。
「ココ…」
今は亡き、妹の名を呼んだ。
護れなかった、大切な人。
これ以上、誰かを失う事は出来ない。
「お前らぁぁぁ!!耐えろぉ!!」
気がつくと叫んでいた。
「グレンっ!?」
「ちょっ…何を…」
「カイム、ガラム、頼む!ン・ガイ!」
かつて滅ぼされた森の名を叫ぶと同時に、仲間に無事を託した。
グレンの周囲の空気が赤銅色に燃え、円の軌道を描いて螺旋が広がる。
「フェニックス!」
周囲の夜魔を仲間ごと焼いた炎の外円が一斉に盛り上がると、意思を持ったかのように超高温のトンネルを作り、サタナエルに向かう。
仲間は…対属性のカイムとガラムに声を掛けたからきっと抵抗してくれているだろう。
「笑止!」
先程より体力が回復したサタナエルが手で振り払うが、その瞬間目を剥いた。
「まだだぜ!」
レーヴァテインと同化し火の鳥となったグレンが、サタナエルに特攻する。第二波を読みきれなかったサタナエルの胸板に飛び込んだグレンが、その体を灼く。
「グルァァァ!!」
まだダメージが残るサタナエルが、身を灼く苦痛に苦痛を浮かべる。
しかし業火が体の約半分を侵した時、サタナエルの意地の一撃がグレンを貫いた。
「ガァッ!ッハ…」
両脇から体を貫かれ、グレンが血を吐いた。
わかっている…もう致命傷だ。俺は助からない。
だが…それも覚悟の上だ。
「グレン!」
「クッ!」
「来るな!!…それより…次に備えろ…」
怒りに満ちた表情のカイムとシーリカがこちらに来るのを、恫喝して止める。
「何を言ってる!」
「今行くぞ!」
「だから…次は…ノーデンスの爺さん級だから…」
「馬鹿め。貴様らはもう終わりだ。お前ももう、力は残っていまい。剣も既に体と分かれているのがその証拠だ。放って置いても息絶えよう」
そう言うと、サタナエルはグレンの片脇から腕を抜いた。腕が抜けた穴から、大量の鮮血が吹く。
それを無視するかのように黒い光球を作ったサタナエルに、グレンは笑った。
「剣が分かれている…?分けたんだよ、馬ぁ鹿…」
「何っ!?」
言うや否や、グレンは後ろ手に隠したレーヴァテインをサタナエルの背中から刺した。
「ぐぁぁ!!」
防衛本能が働いたか、サタナエルが出来上がった光球を抱き込むようにグレンに押し付ける。
最期に知覚する痛みに耐え、グレンはこの世界での最後の詠唱を叫んだ。
「イア!クトゥグア!!」
グレンの咆哮に呼ばれたのは、フォマルハウト星から来たる、この宇宙最強の火力を誇る神性…クトゥグア。
「イア!クトゥルー!」
「イア!ハスター!」
「イア!イタクァ!」
「くっ!」
カイムが水の神性…『クトゥルー』を、シーリカが風の神性、『ハスター』を。ガラムは氷の神性、『イタクァ』を召還。そしてノーデンスは無防備の白夜とヘラを庇うと、大きく口を開けた炎の獣が上質な地獄の業火を喰らおうと、グレンに貫かれたサタナエルへ迫る。
「くそぅ…くそぉおぉぉぉぉぉ!!!」
サタナエルの断末魔を聞き、崩れ行く自らの体を確認し、グレンが笑った。
ーーーあぁ…。もう、これで終わるんだな…俺の戦いも…。
ーーー皆、ごめんな。一足先に逝くぜ。
ーーーアキラ…。お前の作る優しい世界が見れないのは残念だ。だが…後は頼んだぜ。
ーーーあぁ…そろそろだな…。
自分の物語の終焉に一抹の寂しさを覚え、グレンの瞳から一筋涙が流れた時、目が眩む光に見えた姿に更に二筋、三筋と涙が溢れるのを感じた。
ーーーお疲れ様…お兄ちゃん。
「ココ!」
灼け崩れる喉から喜びの声を発した。
「そうか、迎えに来てくれたんだな。ははっ!俺の命も、まだその先に…」
グレンの言葉は最後まで紡がれる事なく、光の爆散に消えた。
クトゥグアが消えた後、初まりの者たちが見たのは凄惨に抉られたギランの大地だった。
クトゥグアの消失と同時に旧支配者達がそれぞれ消えると、クトゥグアの最後の咆哮の凄まじさが目に映った。
苦しそうに片膝ついて立ち上がろうとする仲間たち。クトゥグアの向いた方角の大地は軒並み消えうせ、反対側の海岸から潮が流れ込んでいる。
かつでギランとセラスを隔てていたガラリオン山脈も…三分の一が抉り取られていた。
先端に悪魔達の居城だった城を残し、半島のようになってしまった地に、意識を取り戻した初まりの者たちはただ呆然としていた。
旧支配者の力に。変わり果てた大地に。
自分たちの、古から続く世界を救う闘いの運命の終焉に。
そして…仲間をまた一人失った喪失感と無力感に…。
「…っ!?この気配は、クトゥグアか…?」
光の階段を駆け上がるダービーが、呟いた。
「クトゥグア?グレンに何か…」
ダービーに問いとめようとした晶は、一瞬手を伸ばしかけ…そして止めた。
巨大な存在感の消失と…戦友の笑顔が浮かび、それが小さく話しかけ、そして消えたからだ。
立ち止まりそうになる足に力を入れ、下を向いたまま全力疾走する。
「グレン…」
涙が頬を伝い、流れ落ちて消えていった。
「…っ!!見よ、主!扉が見えるぞ!」
それまで同じように顔を顰めていたダービーが、主に声をかけた。
「主…」
「馬鹿野郎…馬鹿グレン…」
晶は俯いたまま、最上段まで駆け上がった。