~第百話~とある英雄の最期《その1》
灼く。叩きつける。吹き飛ばす。
「貴っ様らぁ…ぐあぁ!」
凍てつく。突く。
「調子に…がはっ!」
そして…見守る。
「お前らは仕事しろよ!」
「だってぇ…貴方達と違って私たち、キーランスの恩恵を授かってないんだもの」
「…右に同じ」
グレンの突っ込みに、ヘラと白夜がつまらなそうに答える。二人は今、周囲の魔素をせっせと取り込み、自力での回復にいそしんでいた。
「いつまでも受けてばかりと思うなよ!」
サタナエルが手から黒い雷光を前線のグレン、カイム、シーリカの三人に放つ。
「そうはさせなくてよ!『ダークマター・ゼロ』!」
三人の目の前に極小のブラックホールを発現させ、雷撃を吸収した。
「サンキュ!おるぁ!」
グレンのレーヴァテインの一撃に、サタナエルが表情を歪めた。
晶の置き土産の一撃に、攻撃も回避も切れがない。
だが…。
「…クッ!」
グレンを向いていたサタナエルが、ノールックでカイムに鋭利な爪を伸ばす。
大太刀よりも遥かに巨大に伸びたそれは、カイムのローブを切り裂き、胸板に赤い軌跡を残した。
「油断すると…崩れかねないわね」
戦況は初まりの者たちがややリード。しかし誰かが倒れれば、そこから行方がわからなくなる。
初まりの者たちの絆は強固だ。しかしそれ故に犠牲が生まれると瓦解する恐れもまた高い。そしてそれを見逃すサタナエルではない。
カイムへの攻撃で警戒を強め、回復に時間のかかるヘラ、白夜組を中心に集まる五人。それを見て、サタナエルが不敵に笑った。
「…ふっ。そのまま攻勢に出てれば良かったものを。…まぁ、こちらとしてはどっちでも良かったんだがね」
「ふん!ボロボロの分際で何を余裕ぶってる」
「…弱い者ほど口が先に出る」
「何っ!?」
ガラムが怒りを顕わにすると同時に、周囲の空気が変わった。
「なっ!」
「これは…」
周囲にみるみる増える黒い影。人型を成し、その数ゆうに数十倍。
「夜魔!?」
「生憎いい加減数の不利がたたってきたのでな。こちらも数に頼ることにしたよ」
サタナエルの言葉と同時に、一斉に飛び掛る夜魔の軍勢。
背中合わせに塊り、グレンが吼えた。
「こんなの…同じような状況で二度もやられっかよぉ!!」
レーヴァテインを振るい、目の前の夜魔を薙ぎ払う。その一振りで、夜魔の一角が簡単に瓦解する。
「みんなかたまってる分、食屍鬼の時より楽かもね」
カイムの言葉に、シーリカとグレンも安堵した。あの時はグレンが力に目覚める以前だった上に戦力を分散され、その結果ココを失うという悲劇をもたらした。
だが今度は違う。全員がレジェンド級の力を持ち、それを十二分に活かしている。
…しかし、それがフラグの内だということを誰も思ってもいなかった。
「突破するぞ!」
ノーデンスが叫ぶと同時に、それはやってきた。
「ぐあっ!」
歴戦の勇者の背中を重い打撃が襲い、吹き飛んだ。
まさか仲間内からの裏切りもあるまい。…一瞬よぎったそれをかき消して体を立て直すと、同時に周囲に何体もの黒い影が顕現した。影の壁の隙間から覗くと、初まりの者たちの面々も同じような状況にあることを知った。
「ふはははは!何も外側にしか使い魔を作れないと言った覚えはないがな!空間がそこにある限り、そしてそこに負の魔素がある限り!こやつら程度いくらでも生み出せるわ!」
サタナエルの高笑いが響く内に、みるみる増え続ける夜魔。それは物理的にその大地を埋め尽くしていった。
「クッソ…全然違くねぇじゃなぇか!」
「こいつら、強度は紙なのに攻撃力だけ馬鹿みたいに強い!」
グレンが悔しさのあまりに叫ぶと同時に、白夜から喚起の声が上がる。
「やめて白夜!貴方まだダメージが…」
「うるせぇ!お前こそ俺がこうしてなきゃもうお陀仏だろうが!」
おそらく白夜がヘラの盾になっているのであろう、絶望的な状況が聞こえてくる。
一撃で我々を吹き飛ばす程の攻撃力だ。それを受け続けていれば、力尽きるのも遅くはない。そして白夜は先ほどのダメージが抜け切っていない上に、神喰いは物理的範囲攻撃といえるくらい小回りが利かない。つまりこのような閉塞された空間では全く反撃が出来ないのだ。
他の面々に、焦りの色が浮かぶ。手を打てない状況というのは、白夜の命のタイムリミットが迫っているという事を示しているのだ。
「…このカスどもがぁぁぁ!」
夜魔の群れに、突然無数の氷の鏃が飛来した。
それらは次々と夜魔の群れを屠っていったが、しかし…。
「あっ…」
「馬鹿ガラムっ!」
カイムとシーリカの声が上がると同時に、ガラムはその意味を自分の目で確かめる事になった。
「くっ…どうすればいいんだ…」
飛来する氷の鏃。壊され、貫かれて凍てつく夜魔。そして着弾した氷の鏃はやがて範囲を広げて侵食し…仲間の身にも襲い掛かった。
動けない白夜とヘラ。単純属性を持たないノーデンス。そして全く意識外からノーガードで受けたグレン。
凍傷によるダメージを味方にまで与えてしまい、ガラムは呆然二つの意味で呆然とした。
一つは自分たちの攻撃は、味方にまで被害を及ぼしかねない事。強すぎる力を操る初まりの者たちは、ほぼ強制的に一撃が範囲攻撃レベルに射程が広くなってしまっている。攻撃の手を封じられてしまったと言う事だ。
二つ目は…それでも尚、夜魔が一瞬にして元の数に戻ってしまう事。こちらからの攻撃は出来ない上に、やつらからの強力な攻撃は依然として健在だ。こっちからの攻撃も無駄どころか、味方に損害を与える。
更に夜魔の増殖が無尽蔵ということは…。
「くっくっく…ハァーッハッハッハ!!!」
空から狂ったように去来する無慈悲の閃光。それは夜魔を巻き込みながら、初まりの者たちを襲う。そしてゴミクズのように主の攻撃に身を散らした夜魔は…私が死んでも代わりがいるものと言わんばかりに増殖する。
…それはもう、『詰み』と等しかった。
ジリ貧で追い詰められていく初まりの者たち。途切れることを知らない悪意。
そして…。
白夜の体力が限界に達しようとしていた。
少々短めですが、久々の執筆のリハビリということで…お許しください。