~第九十八話~往く者と残る者
「行くってさ…」
シーリカに背中を押されてよろけると、三人は笑っていた。
グレン、カイム、そしてシーリカ。
俺がこっちの世界に来て護国騎士団に入ってから、いつも一緒にいた三人…。
その三人が今、俺を見送るために笑っている。
強大な敵を背に…。
「馬鹿、あいつは皆でやらなきゃいけないレベルだろ」
「創造主…」
カイムの言葉に、一瞬言葉を発することを忘れる。なんとか次の句を口にしようと思ったら、シーリカに奪われた。
「私達は、原初の因縁を…忌まわしき因縁を果たす為にここに来た。因縁に打ち勝ち、世界に平和をもたらすためにここに来た。違う?」
「それは…」
間違ってない。間違っちゃないけど、あいつの力は強すぎる。この星を壊しかねない力を持つ相手に、誰かが欠けた状態で戦うのはあまりにも無謀だ。
俺がそう問おうとした時、か細い声が遠くで聞こえた。
「貴様は誰だ…?言ってみろ、人…げ…」
「お前…まだ生きてい…」
「お主はもう退場じゃよ」
ガラムの声に反応したアスタロトの首が、一瞬で飛んだ。
俺が振り返ると、首が無い馬に牽かれた戦車の上、老人が槍を納めていたところだった。
そしてその老人は、俺の視線に気づくとにっこりと笑いかけた。
「のう?無貌のの主よ」
「ノーデンス…」
俺の傍らに居る、ダービーが呟いた。
旧神・ノーデンス…。アレが、旧支配者を封印した英雄か…。
「さぁ、行って来い。アキラ…いや、ノア=キーランス!」
グレンが力強く叫ぶと、他の皆が同調した。
「キーランス…貴方の因縁は、あそこのはずよ」
「何を迷ってる、晶」
二人支え合うようになんとか立っている、ヘラと白夜が笑う。
「…行ってきなさい、ノア。そして…終わらせてきて」
シーリカが笑う。
「ここは任せろってんだ!」
グレンが笑う。
「早く…行け…間に合わなくなっても、知らんぞ…」
ガラム王子は…喘いでるが。
「ノア…俺達を信じて。ノアがアキラとして帰ってくる事を、俺達が信じたように、この戦いだけでいい。俺達の事信じてくれ」
カイムが…笑う。
「馬っ鹿野郎…」
俯き、拳を握る。歯が軋む音まで聞こえてくる。
俺は…俺は…。
「行こう、主」
「ダー…ビー?」
俺の肩を叩き、相棒がにっこりと笑った。
「信じようではないか。主の…仲間を!」
クッソ!俺はこんな時も皆に甘えてしまうのか!
ここまで皆で一緒に来たんだ。最後まで一緒に…。
「茶番はそろそろいいかな?」
空に浮かぶサタナエルが、指と首を鳴らして気を溜めている。
肘を軽く曲げ、上を向けて広げられた両の手のひらには、尋常じゃないくらい圧縮された魔力が渦を巻いていた。
「どっちにしろ、行かせんよ」
サタナエルが手を振るったと同時に、ダービーが俺を掴んで駆け出した。
「行くぞ、主!」
「ロイガー!ツァール!」
背後を振り返ると、シーリカが二人の神性の名を叫び、サタナエルに対抗していた。
ロイガーとツァール。ダービー…ナイアルラトホテップやクトゥルーと同じ旧支配者にして、四大元素『風』を司る、『名状しがたい者』ハスターの眷属…。
ーーーそっか…シーリカも風属性最高位の魔術師だもんな…。
サタナエルの二つの魔力と、ロイガーとツァールが衝突し爆砕する。ロイガーとツァールが生み出した風の煽りに背中を押され、俺達は加速した。
ーーーいってらっしゃい、ノア…アキラ。そして、新たな世界を『創り』直して…。貴方が望む、優しい世界に…。
シーリカの声が、直接脳内に語りかけてきた。微笑みすら感じられそうな優しげな声に、涙が出そうになる。
俺達が顔を合わせるのは、さっきのがもう最後だったかもしれない…。
そう思うと、寂しくて辛くて仕方がなかった。
「…愛されておるな、主」
並走するダービーが、微笑みかけてきた。
「だからこそ、終わらそうではないか、主!」
「…あぁ!」
袖で顔を拭い、時魔法の加速をかけていく。そして気づき、立ち止まり振り返った。
「主?」
「皆!餞別だ!速さは力…絶対、勝ってまた会おう!」
地面に手を付き、遠くに見える仲間たちの背中に、叫んだ。
「『大地の祈り』!そして…『光速』!」
土属性最高位の補助魔法と、時属性最高位の加速魔法を送る。
後衛魔術師として、俺が出来る最後の援護だ。俺の全力を、仲間たちに託す。
おかげで俺の魔力はすっからかんだ。無限の魔力の回復力に期待するしかないくらいのエンプティー。
ただ…皆には、俺の全てをかけてでも勝って欲しかった。
土の伝導力に光速の魔力を乗せ、一秒でも早く皆の元へ…。
「主、今のは…?」
「大地の祈り…土魔法最高位にして、俺の無限の魔力を持ってなきゃ出来ない凶悪な魔法だよ。俺以外が使うと、命を引換えに使わなきゃいけない事から禁術扱いされてたんだ」
「なんという…いつ覚えた?そんな時間は…」
「魔術師団に入って、カイムと図書館に行った時にチラッとな」
「チラッとておま…」
「んっ?おまなんだって?」
青筋立ててダービーの頬をつねり上げる。どうだ?ほっぺた落ちそうだろう?
「すまん、すまん主!つい掲示板のクセで…」
「お前はいつ回線に介在出来るようになったんだ?」
最後にピンと弾いて離すと、ダービーの両頬は見事真っ赤になってましたとさ。涙目で顔をさすっているが、俺は知らん。自業自得だ。
「ったく…。この魔法は体力全回復以上のステータスブレイク状態。更に浄化や対物理、対魔力ダメージ半減以下の補助付き。更に光速もつけて速さまでブレイク。いくら最強の悪魔でも、光の速さにはついてこれまい」
「…チート過ぎないか?主」
「だから命をかける『禁術』なんだよ。俺だって無限の魔力がなきゃ五回死んでもまだ足りない。でも…俺も全力で戦いたかったから…」
「主…」
「行こう、ダービー。クソッタレな創造主をぶん殴って、この戦いを終わらせよう」
城のエントランスから、階段を上り、最上階に辿り着く。
ドアを蹴り破ると、光輝く『ゲート』が鎮座していた。
「行くぞ…」
「あぁ!」
ダービーと拳を合わせ、ゲートを潜る。眩しくて目が潰れそうだ。
目を瞑り順応するのを待つと、ようやく視界が開けてきた。
…そして、絶望した。
「また…階段かよ」