~第九十三話~白夜&ヘラVSベリアル&アラストル《前編》
今回は白夜視点のお話です。後編はヘラ視点でお送りします。
ヘラを地獄をもたらす者にさせ、漆黒の天使に換装する。両手に握った罪人の剣と魂喰いを強く握りしめた。そして更に、左手に破魔の篭手を装備する。これで現状のフル装備だ。両手に握る、二本の魔剣が戦慄いている。
それもそうだ。目の前にいるのは善悪は別として、この世界で最も高純度の魂を持つ七つの大罪ども。しかも…二人だ。
ーーー白夜、これも。
ヘラがそう言うと、鎧の腰当ての下に力を感じる。
力帯、『メギンギョルズ』…これで、ミョルニルを除いて全ての雷神・トールの装備が揃った。
下肢に力を感じる。ゴテゴテの装備に落ちている機動力が、これでこれまで以上に発揮できる。これでもう…怖いものはない。
「準備はいいか?インスタントヒーロー君」
一人がするりとローブを脱ぐ。その下からブロンドの長髪が綺麗な、優男が見えた。その背中には、黒く斑の染みが出来たくすんだ白い翼が広がる。
『傲慢』のベリアル。『不正の器』として、第三の君主と呼ばれる男。はっきり言って、強敵だ。
「ふっ…わざわざ待っててくれたのか?」
「こっちは二人だからね。僕はフェアだからね」
二対一とわかっていて、何がフェアだか。しかし正直、俺の装備が整うまで待ってくれたのはありがたかった。
「ありがとよ。俺と同じ、ハリボテ野郎」
「貴っ様ぁ!」
ベリアルではなく、隣の男…『憤怒』のアラストルがその掌から雷撃を放つ。
罪人の剣を放し、破魔の篭手で受けるが、ヤツの一撃で起こった光で見えた顔に、ヘラが驚愕の声を上げる。
ーーーゼウス!?
ゼウス…ギリシャ神話の主神にして、雷神。その一撃で、破魔の篭手と力帯の吸収残量が一気にフルになる。
ーーー白夜…。
「…わかってる」
これ以上受けたら、オーバーフローしてダメージを受ける。篭手と力帯は、直接肌に、又は漆黒の天使の下に纏っている。吸収している内はこれを力に還元出来るのだが、ゼウス…アラストルとの戦いは長丁場にでき無さそうだ。
「貴様なぞ、我が一瞬で消し炭にしてくれる!」
静観しているベリアルをよそに、アラストルの掌から放たれる雷撃が荒ぶる。力帯に貯蓄されたエネルギーを元に、機動力を全開にして避ける。たまに残滓から雷のエネルギーを吸収して、しかしなかなか反撃のタイミングを与えてくれない。
「フフフ…なかなかお互い、苦戦しているようだね」
「あぁ、流石地獄の『指導者』。いい感じに調教しているではないかっ。天使が神を調教なんて皮肉な話だがな」
「ぬぉぉぉ!貴様ぁ!これ以上愚弄するか!」
ベリアルに返した言葉に、アラストルが過剰に反応する。力を込めたおかげで、ヤツの攻撃に一瞬間が出来る。
「っ!これを待っていた!」
一気に間合いを詰めて、魂喰いで切りつける。これでタイマンだ。まだ勝機はある!
「おっと、まだまだだよ」
「ぐあっ!」
背後からの襲撃に、前方に吹き飛ばされる。そしてチャージが終わったアラストルの手が、俺の頭を掴んだ。
マズい!この雷撃を直接喰らったら…。
「オオオオォォォォォォ!!!」
頭部に直接雷撃を喰らう。全身を駆ける高圧電流のショックで、悲鳴すら出ない。
ーーーキャアアアア!!!
俺の中にいる、ヘラもそのダメージを負う。肉体を持たないヘラの悲鳴が脳内に響き、アラストルの掌がバーストして俺を吹き飛ばす。
「カッ…ぁっ…」
常人なら死んでいる。というより、常人じゃなくても死ぬであろう雷撃に、声帯が機能しない。なぜ俺は生きているんだ…。
ーーー…ゃ…白夜…。
精神世界にダイブすると、ヘラも俺と同じく破魔の篭手と力帯を着けていた。実物は俺が装備しているから、二つの根源的存在を装備しているのだろう。
雷撃は、物理的攻撃だけでなく、魂や不可視の本質的なところまでダメージを与える、次元を超越した攻撃だ。俺が生きているのは、その部分をヘラが肩代わりしてくれていたからだった。
「ヘラ!ヘラっ!!」
ーーー大丈夫…大丈夫だから…。それより…。
現実世界に目を向けると、アラストルがニヤけづらで俺に向かって歩いてきている。ヘラは、ダメージが大きすぎた為か俺と分離して、少し離れた所に倒れている。肩で息をし、意識も朦朧としているようだった。俺も…人のことは言えない状態だが。
「案外、呆気なかったのう、救世主」
俺の元に着くと、うつ伏せに倒れている俺の手に握る魂喰いを蹴飛ばし、漆黒の天使を引き剥がした。そして丸裸にされた俺の背中に、再び両手を置いた。
「フンッ!」
「ガアアアアア!!!」
俺の体から黒煙が上がるのが見える。体が痙攣し、いたるところが硬直し、強ばる。
ヤバイ…これは本格的に…死ぬ…。
一つ。俺が死んだら、晶達が今度戦わなくてはならない。
一つ。晶達も、一人一人ずつヤツらと戦っている。
一つ。そして俺が逃す敵は、『地獄の第三君主』と『主神』。
クッ…俺は、本当に足で纏いだったな。ガラムが言っていた通り、何の役にも立てず、足を引っ張ってしまった…。所詮俺は、あいつらと同じ器ではなかったというわけか…。ヘラの助けを借りても、一矢報いることすら出来なかった。それどころか、たった二撃でこの有様さ。俺みたいな凡庸なただの人間には、世界をかけた戦いなんてお呼びでないというわけだ。
ヘラ…そうだ。俺がここで死んだら、ヘラはどうなる?あいつは今、力を失い倒れている。いくら『死霊の女王』の彼女でも、今雷神の一撃を喰らったら持たないだろう。
しかし…。
「っ!?」
アラストルがヘラの元に向かう。破魔の篭手も力帯も外れ、装備品の神器を俺に渡し、文字通り裸のヘラに、アラストルが向かう。
やめてくれ!ヘラを撃たないでくれ!クソッ!また俺は、目の前で仲間を…大切な人を失うのか?変わってない、あの頃と何も変わってないじゃないか。嫌だ!もう誰も失いたくないんだ!!
呼吸もおぼつかず、半狂乱になる俺の目に入ってきたのは、一振りの剣だった。
罪人の剣…ガリアン・ソード…。罪人の命を断つ為の剣…。足元に突き刺さるそれは、俺を待っているかのようだった。罪人が、目の前にいる。早く刈らせろと!
喉から血が溢れ、意識を手放しそうになるが叫ぶ。ここでヘラを失えば、例え死んでもそれ以上の痛みが俺の魂を苛む。この痛みに代えても、何に代えても彼女は護る!
「アラストルーーー!!!」
ヤツが振り返ると同時に、力帯の力を開放し、足首を使い罪人の剣を引っ掛けて手繰り寄せ、うつ伏せながら蛇腹の兇刃をなぎ払う。
高速で振るわれた伸縮する剣は、ヤツがヘラに辿り着く一歩手前で膝から下を切り落とす。振り向いた事で重心が後ろに逸れたアラストルが、仰向けに倒れる。
俺は罪人の剣を戻し、杖替わりに歩いて魂喰いを拾うと、苦渋の表情を浮かべるアラストルの元にたどり着いた。
もがき、抵抗して雷撃を放つが、何も感じない。痛みにより威力が下がったのか、それ以上の雷撃を立て続けに喰らって麻痺しているのかは、俺の知るところではなかったが。
「ヘラに、こいつには指一本触れさせねぇ。あばよ、雷神」
その胸に魂喰いを突き立てると、アラストルの断末魔と、もう一つの咆哮が響いた。
咆哮を上げたのは、俺の手に握られた魂喰い。歓喜の雄叫びを上げたその魔剣は、みるみる内に凶悪な姿に変貌した。
幾重にも枝が分かれ、大樹のように成長したそれは、漆黒と真紅の、妖しい光を放った。
「次は…お前だ。ベリアル。俺の新しい相棒、『神喰い』で、ヘラの為、世界を護る為に、滅殺してやる」
「ほう…神性を喰らったことで、世界樹に進化したか。だけど、倒れてる恋人を庇いながら僕に勝てるかな?」
空に浮かぶベリアルの言葉に後ろを振り向く。
「白夜…勝って…」
胸を上下し、尚も無意識のヘラは、俺の勝利を祈ってくれている。
俺は、負けるわけにはいかない!