~第九十二話~ガラムVSアスタロト
白カカオです。結局GW中は前話しか更新出来ませんでした。申し訳ありません…。いやぁ、時間って意外と取れないもんですね(笑)…すいません。どうかご勘弁を。
「ふっ…俺の相手が貴様とは、皮肉だな。なぁ中傷者よ」
目の前の男のローブが揺れ、それでもなお、やつは顔を見せようとしない。顔を見せなんだところでとっくにお見通しなんだが…。
『怠惰』を冠する悪魔、アスタロト。こいつはもう一人の怠惰、リリスと違い本当に物臭らしい。
「ケッ!詭弁を論ずる者が正義の味方気取りかよ。お前は大人しく小理屈こねてりゃいいんだよ」
…しかも、中傷者の二つ名通り口は最悪だ。悪魔ごときが、本当に癇に触る。
こいつは…嫌いだ。この俺を小馬鹿にした報い、存分に見せてやる。
「ゲイボルグ!」
愛槍を召喚し、最短距離で突く!物臭なこいつに、かわす暇はないはずだ。ざまぁねぇな。
「っ!?」
「あー…お前がやっすい挑発に即座に乗ってくれることなんざ、一億年と二千年前から知ってるよ」
「くっ!貴様ぁ!」
連撃を繰り出す。しかしとろいはずのこいつに、ちっとも攻撃が当たらない。かわされているという自覚は全くない。むしろ、すんでのところで俺の攻撃が外れている。何故当たらない。
「ゲイボルグ!第一限定解除だ!」
言い放った俺はもう一度突きを繰り出す。やつにヒットする直前に幾重にも別れた穂先に、微かに肉を裂く手応えを感じた。
「あー…そりゃ想定外だったわ。つうかわかっててもよけれねぇよあんなクソチート…。つうかぶっちゃけ、こんな深く被ってると視界見えねぇんだわ。ありがとよ」
ローブが俺の攻撃が当たったところから凍り砕け、やつのツラが垣間見える。中途半端な黒髪のやけに病弱そうな色白の男。足元にいる出来の悪い竜のような生物が、俺の攻撃をかわしたカラクリだったわけだ。怠け者のご主人に仕える勤勉なペットといったところか。下の者に働かせて自分は左団扇とはいい御身分だな。…しかしあのペットはいいな。俺の物にならんか。
「礼には及ばん、貴様もすぐローブと同じようになる」
さっきヤツは『わかっててもよけられない』と言った。ということは限定解除した俺の攻撃はさっきまでのようにかわせないと判断していいだろう。
なら、ゴリ押しでも充分勝算はある。
地獄の大公爵よ、俺の手で屠ってやる。
もう何度繰り返したかわからないくらい、不毛ないたちごっこが続いている。
俺の攻撃がヤツに迫り、かわせないという言葉通り穂先は捉える。しかしかわせないだけで、ダメージ自体は有効打にはならない。ジリ貧で削れる程のダメージすら残せないまま、幾度も繰り返した。
魔力が足りない…。さっきから足止めに氷の壁は作っているが、何らかの方法で次の瞬間には融かされて、結局ダメージを与えるに至らない。何度か足元の竜もどきに当たってはいるのだが、ヤツがめんどくさそうに回復しているおかげで機動力は落ちない。
何か…有効な一撃を…。俺の魔力もあまり残っていない。何がゴリ押しでも勝てるだ。こっちが肩で息をするまで攻め続けてもなお、ヤツは倒れない。
「もうお手上げかい?お坊ちゃん」
「うる…さい…」
腕が上がらない。膝も笑っている。ヤツの嘲笑に、強がりを返すのがやっとだ。
「ダメじゃないか、基礎体力はつけておかねぇと。まぁ…わかっていたけどな」
俺の魔力で辺りが冷やされ、ヤツの呼気が白く吐き出される。何故だ…何故当たらない…。
「お前がお前らの中で最も魔力が低いのはわかっていたさ。他の子と比べて、お前は圧倒的に実戦経験が低いっつーこと。それゆえ、死線の真っ只中で消耗する魔力の調節が効かない。土壇場で引き出される潜在魔力も低い。だから俺は、お前を選んだんだよ。お前が一番楽に倒せそうだからな」
クッ…好き勝手言いやがって…。こいつ…殺してやる…。
「貴様ぁ!ゲイボルグ!最終限定解除!!」
手に握ったゲイボルグが砕け無数の鏃となり、俺のアイスメイクで無数の棘が生まれ、ヤツを取り囲み一斉に降り注ぐ。
ゲイボルグの通常攻撃は難なくかわされ、第一限定解除では擦り傷位しか与えられなかった。しかし、当たってはいる。
ということは、やつの竜もどきは複数の攻撃には対応しきれないということだ。
ならばゲイボルグのフルパワーを開放したこの攻撃なら、逃げ場はないはずだ。例え俺の残り魔力のほとんどを費やしても、無駄じゃないはずだ。もしダメなら、イタクァがなんとかしてくれる。俺の『命』を捧げても、俺の『プライド』…『ヘラクトドス家』のプライドを守る為に。
鏃と棘の雨が降り注ぎ、辺りは土煙に包まれた。全方位攻撃だ。いくらヤツの機動力が高くても、逃げ場はあるまい。
…しかし、俺の耳に届いたのは全く正反対の現実だった。
「…ホント上手くいきすぎて自分がこえぇや。まっ、これで俺らしく、まんまと労無く勝てたんだけどなー」
土煙の中、ヤツの影が浮かぶ。何故だ。何故立っている。何故平然と歩いて来れる!
「おめぇ、一つ忘れてんなぁ。さっき、『わかっててもかわせない』つったよなぁ?アレで気づかないとはホントおマヌケ野郎だぜ。まっ、この展開は予め知ってたんだけどな」
ヤツの言葉に、さっきの言動から読み取れる可能性を一つ、完全に無視していた事に気づきうめき声を漏らした。そうか、貴様は…。
「そっ。俺は過去と未来を見通す『予見者』。『怠惰』の俺にはピッタリの能力だあな。尤も、お前が全部すっからかんになるまで吐き出してくれるとは思ってなかったけどナー」
ヤツの姿が完全に現れると同時に、もう一つ見落としていたことに気づいた。
ヤツの呼気の色がおかしい。若干だが…薄く緑に色づいている。いや、赤か…?呼吸をする度、色が変わっている気がする。
「そして俺が何も攻撃せず、かわしているだけというのも見当違いだ。もう一つの俺の能力、『毒』。呼吸を介して、様々な毒を操る。これも物臭な俺にはピッタリだわな。楽して敵を倒せるわけだ。まっ、『緑竜』とノア=キーランスの戦いを見てれば気づいたかもしれんが、お前はあの場にいなかったからなぁ。残念無念、また来週~」
ヤツが近づいてくる。これ見よがしに右手に持つ毒蛇をちらつかせて。
もう…いい。最終的に、ヤツを殺せたならもう充分だろう。俺の残り魔力を考えて、イタクァを召喚すれば枯渇して死ぬだろう。だが、こいつを倒せたなら充分だろう。
一つ息をする。この空気すらおそらくやつの毒に侵されたものだろうが、関係ない。癪だが、覚悟を決めてイタクァを召喚する呪文を唱える。
そして、最後の最後まで詰めが甘かったことを知る。
「っ!?」
声が…出ない。俺の召喚は詠唱を介さなければ成立しない。呼び掛けてチャンネルが開けないとなると、イタクァを召喚出来ない。
「ざまぁねぇな。お前が吸った一息、ありゃ神経毒だ。声帯を麻痺させた。ちなみに戦闘中に吸わせていたのは氷を融かした融解毒と、脳に感覚遅滞を引き起こす毒。実際俺とお前さんの戦闘時間は、ホンの数分だ。じゃあな、詭弁屋」
喘ぐ事しか出来ない俺に、ヤツの毒蛇が近づく。
クソッタレ!俺は何も出来ず小馬鹿にされたまま終わるのか…。