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みんなは知らない僕がお局様に恋してる事。

彼女は太刀川 朱音28才。

仕事に精力的な女性はばりばり仕事をして役職についている。

それ以外はそれなりの年齢で寿退社。

なのに彼女を言えばそのどちらにも当てはまらない。

かと言って仕事に手を抜いているわけではなく、与えられた仕事はきちんとする。

けれどお茶くみやコピー取り、人の仕事を手伝ったり新人がする仕事を率先してしているのでいつの間にか部内で縁の下の力持ち的な仕事が当たり前みたいになって昇進につながる仕事が彼女にまわる事はない。

部内の役職以外の人間の中で彼女は一番年上なのだ。

そのせいで男性社員からもお局扱いを受けている。

嫌ではないのだろうか。

普段はそんな扱いをしているくせに困った時の太刀川となにかといえば彼女に頼っている。

断ればいいのに。

それを見て腹立たしく思う僕。

だから僕は彼女に仕事を頼む事は無い。

新人もいるのだからそちらに廻せばいい。

「何睨んでるんですか?」

物思いに耽っていた僕に隣から今年の新入社員大野 タケルが声を掛けてきた。

知らないうちに彼女を見つめてしまっていたらしい。

「睨んでない。」

どうも僕は黙っていると機嫌が悪く見えるらしく、ただ見てるだけなのによく睨んでいると勘違いされる。

大野は僕を覗きこみながらにやりとした。

「聞きましたよ。受付の間崎さんの事、こっぴどく振ったんですって?」

そう、間崎さんとか言う彼女にお断りしたのは確かだが正直な事を言っただけなのにいつも僕がひどい振り方をすると噂になる。

好きでもない人とは付き合わないと言っただけなのだが。

太刀川さん以外は好きじゃないからそれ以外の女性と付き合う気なんか微塵もない。

まあ彼女が僕の事をどう思っているのかは分からないけれど。

僕が何も返事をしなかったからか

「永井さん誰が好きなんですか?」

彼女がいないのに好きな人としか付き合わないといえば、誰しも別に好きな人がいると思うだろう。

今までも誰だか教えて欲しいと名前を聞かれた事はあるが決してそれを口にする事は無い。

どうして教えなきゃならないのか。

僕は返事の代りに大野を睨んだ。

今度は勘違いではなく本気で。

彼はそれに怯える風でも無く逆に口元の端を上げながら、また前を向いて仕事を始めた。

僕は大野に気づかれない様にため息をついた。

いつも機嫌の悪そうに見える僕と違って、大野は屈託ない笑顔でみんなに可愛がられている。

天性のものだと思うそれは僕にはないものでどれほど羨ましく思っているのか悟られる事だけは僕のプライドが許さない。

三時のお茶の時間、今日も太刀川さんがみんなの分を淹れてくれたようで僕の机の上にカフェオーレが置かれる。

「ありがとうございます。」

彼女はその言葉に笑顔を返してくれる。

それだけでいい一日が送れた気がしている僕はかなり彼女に惚れこんでしまっていると思う。

なのに。

「大野君、今日残業なかったらこの間行ったポアロに行かない?今日は開いてるよ。」

「そうですね、永井さん今日残業じゃないですよね?」

僕サポート役の大野は一応とばかりにお伺いを立ててきた。

一瞬無理やりにでも仕事を作ってやろうかと考えたが先延ばしにさせるだけで何の解決にもならないと自分に納得させた。

「ああ。」

「よかったら永井さんも一緒にどうですか?」

めずらしく僕を誘ってくれる可愛い後輩。

こんな時だけは僕もげんきんだ。

「お邪魔じゃないんですか?」

大野にではなく太刀川さんに向かって聞いた。

「いいわよ。だけど私もさすがに二人を奢るのはキツイから今日は割カンでね。」

「ええー。」

不満そうに大野が答えたがもしかしていつも奢ってもらってるのか?

ふつふつと怒りがこみ上げてきたが誘われている立場の僕はそれを表に出してはいけない。

「僕が奢りますよ。」

彼女が喜んでくれるんじゃないかと淡い期待を抱きつつ様そう言ったのに

「割カンでいいわよ。じゃ、後でね。」

とやんわりと断りながら席へ戻って行った。


ポアロではなぜか太刀川さんの隣に大野が座りその前に僕。

面白くなかったがそんな顔は見せない。

「太刀川さん、彼氏とかいないんですか?」

「何?大野君、毎回それ聞くよね。」

「だって今いなくてもいつ出来るかわかんないでしょ。例えば今日とか。」

「なにそれ、今日はもう帰って寝るだけだよ。」

ケタケタと笑う太刀川さん。

とりあえず今のところは彼氏がいないんだと心の中で僕は小躍りしていた。

大野、ナイスな質問をありがとう。

僕のいい日度合いがまた上がった。

それから少し飲もうという事になって近くの居酒屋に入った僕達。

さっきは太刀川さんに質問攻めしていた大野が今度は俺に標的を変えたようだ。

「永井さんは何で彼女を作らないんですか?」

なんだ、昼間の続きかよ。と心の中で舌打ちした。

「欲しくなんですか?」

「欲しいに決まってるだろ。」

「じゃあ、太刀川さんなんてどうですか?」

なんてじゃなくて太刀川さんじゃなきゃいやなの。

「やあね大野君、こんなお局を例えに出さないでよ。」

言いながら大野の太ももを軽く叩く太刀川さん。

僕にもして欲しいな。

目が彼女の手を凝視した。

「僕そろそろ帰ろうかな。ちょっと酔ったみたいだし。」

その時急に大野が言い出した。

「えっ、もう?いつもはもっと飲むくせに疲れてるの?」

そう言いながら大野おでこのところに手を当てている太刀川さん。

僕にもして欲しい。

大野だけずるい。

またも彼女の手を凝視してしまった。

「いやだあな、永井さんさっきから睨まないで下さいよ。」

またも大野が口の端を上げている。

太刀川さんの前でそんな言い方、印象が悪くなるじゃないか。

仕方なく大野への嫉妬心を押し込めた。

結局僕達も一緒に店を出て帰る事にした・

大野は反対方向の電車に乗り、僕と太刀川さんは同じ電車に乗り込んだ。

終電にはまだ時間があるせいか人もまばらでなんとか二人で隣同士に座れた。


緊張していたのか僕は知らないうちに結構飲んでいたみたいだ。

「今日はごちそうさま。」

初めのお店は割カンにしたけれど二件目は僕が出したせいで彼女にお礼を言われその声が心地よく耳に響いていた。

「永井君眠いの?」

「いえ。」

と言ったものの瞼が上に動かない。

「着いたら起こしてあげるから寝てていいよ。」

やっぱり心地いい声。

僕は起きているのをあきらめた。

遠くで僕の降りる駅のアナウンスが聞こえる。

あれ?起こしてくれるはずじゃあなかったっけ?そう思いながらもまだ少し眠かったのでまどろみながらも瞼を閉じ続けた。

ドアが開いて今度は閉る音も聞こえたけれど起こしてくれる気配はない。

次の駅は彼女の降りる駅。

僕はばれないように下を向いたまま薄眼を開けた。

視界にはさっき彼女が履いていたスカートが見えて、ちゃんと僕の隣に彼女が居る事を確認する。

もしかして僕の降りる駅忘れたんだろうか。

だけど彼女は自分が降りる駅になってもそのまま動かずじっとしている。

膝においた自分の手をにぎゅーと握ったりして力が入ってるみたいだから寝てるはずはない。

そのまま電車は彼女の駅さえ過ぎ去って行った。

「次の駅で飲み直しませんか?」

下を向いたまま声を掛けたのでまさか僕が起きてるなんて思っていなかった彼女の体がビクンと震えた。

ゆっくりと顔を上げて彼女の瞳を見つける。

気まずそうに視線を逸らしながら「いいけど。」と確かに彼女は言った。

到着を告げるアナウンスに彼女を手を取り立ち上がる。

内心は拒否されないかドキドキしていたけれど大人しく一緒に立ち上がってくれた。

ドアミラーには僕の横にほんの少し隠れるように俯いて立つ彼女。

到着と同時にドアが開き、僕は繋いだ手に力を込めた。

一歩踏み出した時に握り返された手。

僕はいい人生が送れる気がした。



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