「お互い、もっと良い道を選ぼ!」別れる時、彼は笑顔でそんなことを言っていましたが……その後彼は勝手に滅んだようですね。
私リリアと目の前の彼イスリオは同じ年齢。
学園時代に知り合い友人になった。
当時は異性として意識したことなんてなかったけれど、運命とは不思議なもので、今では婚約者同士だ。
「それでさ! 昨日言ってたミックスナッツなんだけど、めちゃくちゃ美味しくて~。一袋全部食べてしまったんだ!」
「少し食べ過ぎたのね」
「そうなんだー、絶対また母さんに怒られるよ、ああ憂鬱だなぁー」
ただ、婚約したからといって私たち二人の関係が大きく変わったわけではなく、今も私たちは仲良しの二人のまま。
婚約はあくまで契約だから。
共に歩むと決めただけ。
婚約していなかったら仲良くしないわけではないし、婚約したからといって特別いちゃいちゃするわけでもない。
「まぁそれは……そうね、怒られそうだわ。だってそのミックスナッツ、お母さんのものだったのでしょう?」
「そうそう」
「それは怒られるわね……」
「ああー……憂鬱だよ……うわわわあぁぁーって感じだよ、あー、やっちゃった、絶対怒られるぅー……」
私たちの関係は私たちだけのもの。
だからこそ言葉には縛られない。
変わらない関係で、変わらない二人で、人生という道を歩んでゆく――と思っていた、その時までは。
「あ、そうだ、そういえばなんだけど」
「どうしたの?」
「実はさ……リリアとの婚約だけど、破棄することにしたんだ」
はじめは何を言われているのか理解できなかった。
「え」
愕然として、瞳だけが微かに震える。
「リリアと生きるのはやめたんだ」
「何を……」
「そのままの意味だよ。リリアとの婚約は破棄、リリアとは結婚しない、そういうこと」
イスリオはさらりとそんなことを言ってくる。
「え……ちょ、ちょっと待って、一体何が……?」
「リリアとじゃ刺激的な暮らしができそうにないからさ」
「刺激、的……な……?」
「そうそう。真面目に考えてみるとさ、僕、もっと刺激的な人生を歩みたいなって。そう思ってきてさ。で、そういう人生を歩もうと考えた時に、パートナーとなる女性はリリアじゃ駄目だなって」
ニコニコしながら話すイスリオ。
「もっと大人びてて、もっと魅惑的で、魂を抜き取ってくるような色気のある人と結婚しないと……僕の求める人生には出会えない」
「それで婚約破棄を」
「そういうことだよ! やっと分かってもらえたんだね!」
「……おかしいわ、そんなの。いきなり過ぎるし。あまりにも……自分勝手過ぎるわ、それは」
思いを伝えても。
「僕は僕で幸せになる。そっちはそっちで幸せになる。それが最善の道だよ」
彼は少しも受け止めてくれない。
「お互い、もっと良い道を選ぼ!」
じゃあね、と、彼は穢れなく笑った。
◆
あの突然婚約破棄の後、イスリオは良き結婚相手を見つけるべく早速活動を始めたようだった。
だがなかなか理想的な女性は見つけられず。
妥協しつつも声をかけてみた相手にはことごとく拒否されてしまったそう。
イスリオは自分の価値を高く見積もり過ぎていた。それゆえ、彼が望むような相手は彼には寄ってこなかった。
彼が理想とするような女性は彼を選ばない、それが現実だったのだ。
そんなことをしているうちに段々心が弱ってきたイスリオ。自宅で両親にやたらと当たり散らすようになる。母親には暴言を吐き、父親には時には手を出すこともある。胸の内が酷く荒れていた彼は、近くにいてくれている両親をも敵とみなし、自ら孤立していった。
……そしてある夜、父親と本気の殴り合いの喧嘩になり、父親のパンチを顔面にもろに受けたために命を落とした。
『お互い、もっと良い道を選ぼ!』
別れしなに彼が放ってきた言葉。
今も覚えている。
けれどもそれは現実のものとはならず。
むしろ真逆の結果となってしまった。
彼は自ら滅んでいった。
「そうね、もっと良い道を……」
私は彼とは違う。
彼のように破滅の道を転がり落ちることはない。
より良い未来のために。
ただ、歩み続ける。
◆
婚約破棄から数年、私は、父親の紹介で知り合った青年と結婚した。
敷かれたレールを辿るような出会いだった。
でもこれは運命だったと思う。
彼と出会えたこと、それは、私の人生において最も大きな幸福だった――今は躊躇うことなくそう言える。
私はもう、生きることに迷いを抱かない。
良いことも。
悪いことも。
巡り会うすべてを受け止めて。
より良い未来のために。
ただ、歩み続ける。
◆終わり◆




