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その恋は、幻になった

作者: いかも真生
掲載日:2026/03/20

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

侯爵家嫡子、リディアーヌ・ド・ヴァレンティーノは、幼い頃から完璧な侯爵令嬢として育てられてきた。

彼女の人生は、何一つ欠けることなく、まるで精巧に作られた物語のようで。

聡明な頭脳。

優雅な容姿。

そして何よりもヴァレンティーノ家次期当主としての責任感。

すべてが完璧だった。

しかし彼女の心の中には、完璧な仮面の下に隠された、一人の女性としての秘めた想いがある。

婚約者である第三王子、エドワード殿下への淡い恋心。

エドワードは三兄弟の中でもとりわけ穏やかで、芸術を愛する心優しい人物だ。

リディアーヌの知性や品格を心から尊敬し、二人は政略結婚とはいえ、互いに良好な関係を築き。

リディアーヌは、いつかこの穏やかな関係が、愛という感情に変わることを密かに願っていた。

彼女には二歳年下の弟、レオナルドがいる。

彼もまた、侯爵家のもつ伯爵位の次期当主となるべく、完璧な教育を受けてきた。

ヴァレンティーノ家は、嫡子であるリディアーヌが侯爵位を、長男であるレオナルドが伯爵位を継ぎ、一族を支えるという確固たる体制を築いていた。

リディアーヌの人生は、すべてが順調に進むはずだった。

だが、その完璧な物語に、突如として亀裂が生じる。

貴族が十四歳から三年間通うことが義務付けられている学院の最高学年、リディアーヌが十七歳になった年、一人の転入生がやってきた。

リリアーヌ・ド・ベラトール。

東部領を治める伯爵家の令嬢だった。

彼女は、リディアーヌのように完璧な教育を受けた者ではなかった。

はにかんだような笑顔、飾らない言葉遣い、そして何よりも、エドワードと同じように芸術を愛する無邪気な心。

エドワードは、まるで陽の光に引き寄せられるように、リリアーヌに心惹かれていく。

最初は、ただの友人として、共通の趣味を語り合うだけの関係だった。

しかし、リディアーヌは気づいていた。

二人の間に流れる、特別な空気。

視線が交わるたびに、エドワードの瞳が輝きを増していくのを、彼女は静かに見つめていた。

リディアーヌは、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じながらも、公的な場では一切の動揺を見せない。

完璧な侯爵令嬢としての仮面は、彼女の心の悲鳴を誰にも聞かせないための、強固な防壁となっていた。

エドワードがリリアーヌの絵を描き、彼女がそれを恥ずかしそうに見つめる姿。

エドワードがリリアーヌのために詩を詠み、彼女が涙をこぼす姿。

リディアーヌは、そのすべてを遠くから静かに見守り、心の奥底で深い絶望に沈んでいくのを認め。

そして、リディアーヌは決意した。


「殿下の幸せが、わたくしの幸せ」


そう自分に言い聞かせるように、彼女は第三王子のために身を引くことを決意した。

エドワードがリリアーヌと結ばれることが、彼にとっての本当の幸せだと信じて。

彼女は、密かに実家や王家に根回しを始めた。


「もし、殿下が婚約解消を申し入れられた場合、侯爵家は円満にそれを受け入れる所存でございます」


ヴァレンティーノ家は、王家の意向に逆らうことはしない。

そして、リディアーヌの弟であるレオナルドが侯爵家を継ぐ準備は既に整っている。

嫡子交代の旨を、レオナルドと彼の婚約者にも話を通しておく。

もしもの時のために、すべてを水面下で準備した。

侯爵令嬢としての責任感と、一人の女性としての最後の愛。

それが、彼女の決断だった。

長くも短い月日が過ぎ、学院の卒業式を迎える。

しかし、エドワードからの婚約解消の申し入れはなかった。

リディアーヌは、王家から釘を刺されたのだろうか、それともエドワードがリリアーヌへの想いを断ち切り、政略として自分を選んだのだろうかと、複雑な想いを抱えた。

それでも彼女は、彼が自分を選んでくれたことに、微かな安堵を覚えていた。

結婚式は盛大に執り行われ、二人の結婚生活が始まった。

しかし、エドワードの心は、未だリリアーヌの面影を追い続けていたのだ。

初夜。リディアーヌは、この夜を境に、彼の心を取り戻せるかもしれないという、最後の希望を抱いていた。

しかし、エドワードは彼女の前に現れると、ただ一言、冷たく言い放った。


「すまない、リディアーヌ。今夜は体調が優れないようだ。一人にしてくれないか」


その言葉は、リディアーヌの心に二度目の絶望を突きつけた。

白い結婚。それは、最も残酷な現実だった。

結婚生活は、そうして二年が経とうとしていた。

リディアーヌは、女侯爵として、完璧に職務をこなした。

エドワードの隣に立ち、笑顔を浮かべ、王家を支える侯爵家の嫡子として、揺るぎない存在であり続けた。

しかし、彼女の心は、もはや何一つ感じない、感情の抜け殻になっていた。

エドワードへの恋心は、もう遠い過去の、思い出せない記憶と化していた。

だが、侯爵家と王家にとって、避けては通れない問題があった。世継ぎだ。

ある夜、リディアーヌはエドワードの執務室を訪れた。


「殿下、わたくしは侯爵家の嫡子を、弟であるレオナルドの子にすることに決めました」


エドワードは、その言葉に驚きを隠せないでいた。

彼は、リディアーヌが自分との間に子ができないことを、心底悲しんでいると思っていたのだ。


「どういうことだ、リディアーヌ?」

「わたくしと殿下の間に子が生まれないのは、この二年で明らかです。このままでは王家にも侯爵家にも、今以上の不利益をもたらすだけ。しかし、嫡子を確保する道は残されています」


リディアーヌは、弟夫婦が第一子を養子に出すことをすでに快諾していることを、淡々と説明した。

彼女の言葉には、悲しみも、怒りも、失望も。

何の感情も含まれていなかった。

ただ、侯爵家と王家の未来を案じる、冷たいほどの責任感だけがあった。

その無機質な言葉に、エドワードは初めて、自分が彼女にどれほどの残酷さを強いてきたのかを理解した。

彼は、初恋に溺れ、憎からず思っていた妻の心を、三年もの歳月をかけて、少しずつ壊してきたのだ。

深い後悔に襲われたエドワードは、今さらながらリディアーヌに歩み寄ろうとする。


「リディアーヌ、すまない…これまでのわたしの行いを、許してほしい。もう一度、やり直させてはくれないか?」


だが、リディアーヌは、その言葉を遮るように静かに首を横に振った。


「殿下とご一緒に過ごした日々のことは、もはや夢か幻のようでございます。わたくしには、殿下への想いがどのようなものであったか、思い出すこともできません」


それは、エドワードにとって、これまでの絶望とは比べ物にならない、決定的な孤独を突きつけた。

途方に暮れたエドワードは、兄たちに仲裁を求めようと王宮へ向かった。

まず、第一王子の元を訪れ、これまでの経緯を包み隠さず話した。

学院で出会った初恋の相手に心を奪われ、妻としてからも二年間、顧みなかったこと。

そして、今になってようやく後悔し、妻との関係修復を願っていること。

第一王子は、エドワードの話を聞き終えると、激昂した。


「愚か者め! お前は、この国の未来を担うはずだったヴァレンティーノ家の優秀な嫡子を、二度も絶望の淵に突き落とした。侯爵家がこれまで黙っていたのは、リディアーヌ嬢の献身的な配慮があったからだ。お前は、侯爵家と王家の絆を、自らの手で壊しかけたのだ!」


第一王子の容赦ない拳が、エドワードの頬を打ち付けた。

ボロボロになったエドワードは、次に第二王子の元を訪れた。


「兄上、どうか…リディアーヌと話す機会を設けていただけないか…」


しかし、第二王子の言葉もまた、厳しかった。


「エドワード、お前の気持ちなど、今さら聞く必要もない。二年もの間、お前はリディアーヌ様を妻としてではなく、ただの置物として扱ってきたのだろう。彼女は、それを黙って耐えてきたのだ。彼女の献身と、侯爵家の配慮がなければ、この国の未来はどうなっていたか…お前には想像もできないだろう」


第二王子の言葉は、エドワードの胸に深く突き刺さった。

最後に、エドワードは侯爵邸を訪れ、義弟となるレオナルドに助けを求めた。


「レオナルド、頼む。君の姉と話してくれ。私は、本当に後悔しているんだ」


レオナルドは、エドワードの懇願を、氷のような眼差しで一蹴した。


「殿下、姉は殿下との関係修復を望んでおりません。姉が下された決断を尊重すべきです。それに、この件は全て姉と私が話し合って決めたことです。殿下は、侯爵家と姉の、平穏な生活を邪魔しないでください」


レオナルドは、一瞥もくれずに背を向けた。

エドワードは、打ちのめされ、孤独に苛まれるしか術がなかった。

彼の後悔の念は、誰にも届かず、彼は完全に一人になった。

自らの過ちによって、尊厳も、妻も、家族も、すべてを失ったエドワード。

彼はこの後、この深い後悔と孤独をどう償うのか、それともすべてを投げ出して逃げ出すのか。

その後悔を聞いてくれる者は、もう誰もいない。


ご一読いただき、感謝いたします

少しでも楽しんでいただけましたら、評価やご感想をいただけますと幸いです

リアクションや感想はすべて拝読しており、執筆の糧とさせていただいております

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