実は割と凄いことしてる主人公
「あぁ〜〜いい湯ね〜〜。ねえ? シャル?」
「…………うん」
オイルを塗って、肌かき器で身体の汚れを落とした後、ボクは待ってましたとばかりに熱い湯船に身体を浸かる。
浴場内には熱い湯、ぬるい湯、冷たい水が全部揃ってるから、あとは好きなように回ってリフレッシュするだけだ。ちなみにサウナもあるけど、ボクは嫌い。
だって息苦しいし、汗と水が混じって髪の毛がベチャベチャになるからだ。前世が男とか関係なく、こんな綺麗で長い髪があるならケアにも気を遣って当然だろう。ボクはサラサラヘアーを目指すんだ!
「私は今からサウナに行ってくるけど……シャルはどうする? やっぱり今日も行かない?」
「…………うん」
行かない。そう断ったボクを見て、お母様は辺りをキョロキョロと見渡す。一緒に来たお父様でも探してるのかな? 確かに公衆浴場で10歳の娘をひとりで放っておくのは親としては心配か。こんな時は……そうだ!
「…………お父様のとこ行く」
「あら、自分で探せるかしら? 他にも一杯人がいるわよ?」
「…………できる」
「そう? なら頑張って見つけなさい。絶対にひとりの時に浸かっちゃあ駄目よ?」
そう言ってお母様は自分の小間使いを連れ添ってサウナ室の方に歩いていく。
……さて、ボクの方も探しますか。お父様を。
「スゥー」
もちろん(?)普通に歩いて探したりはしない。てかお母様の言い方からして、そういうやり方は望まれてないだろう。やるならもっと、この世界らしいやり方がある。
改めて言うが、この世界には魔力という不思議なエネルギーがある。これは生けとし生けるもの全てに宿っていて、「量」とか「質」と言われる面で個体差がある。
ぶっちゃけた話が、掌紋とか指紋みたいに個人の識別に使えるってこと。一言で「魔力」と言っても、みんなちょっとずつ違いがあるわけだね。
ボクがやろうとしていることは、その魔力の識別だ。この浴場という空間に限定してボクの魔力をほんの少し充満させることで、空間内にいる人が纏ってる魔力の情報を収集、それをひとつずつ識別していけば、何処に誰が居るのかが完璧に把握できるってわけだ。お母様曰く《空間精査》と呼ぶ技術らしい。
ただ、この《空間精査》にはふたつの問題点がある。
ひとつは魔力の制御難易度が高すぎること。
人が纏ってる魔力の情報を収集ということは、例えるなら「ターゲットにバレないように、相手の体臭が分かる距離まで近付く」みたいな感じだ。
相手に自分の魔力を当てるのは敵対宣言を意味する。だから分からないくらい薄く、それでいてしっかりと相手の魔力を知覚できるくらい近付ける……というような微妙な塩梅を維持しなくてはいけないのだ。
そしてふたつは、単純に情報を処理するだけの脳のスペックが必要なこと。
この浴場という空間だけでもざっと見る限りでは500人以上の人がいる。これは身分とか関係なくだ。
そんな数の情報をひとりひとり識別して、そこからお父様の魔力情報を見つけ出すのは、ハッキリ言って先に脳が焼き切れる。
……まあそれらふたつを可能にするのが、このカラダの超スペックなんだけどね。
「フッ───」
探る。
身体からぽたぽたと滴る水滴も気にせずに、ただひたすらに集中する。
───後ろにいるのは小間使い。……向こうの方の魔力は……お母様? じゃあサウナの方か。……なら……これは…………
探る、探る、探る。
ひたすらに薄く伸ばして、誰にも気付かれないよう静かに。バレたら……まあここなら怒られるくらいかな?
やれる。やれるぞ。なんてったってお母様直伝の技だからな。
ボクの知ってる魔力の種類はそんなに多くない。お父様とお母様と小間使いたちと……あと数人ぐらいだ。
だから知らない魔力情報は省く。全く違うと分かるものから順番に省いて選択肢を減らしていく。
やれる。始めての試みだけど……でもッ!!
───お母様に失望されたくないッ!!
…………見つけた。
位置を把握したボクは目を開けてその方向を見る。たぶん方向的にプールがあるゾーンかな。
「…………行くよ」
「はい、お嬢様」
着いたらお父様に自慢しようかな。いや、お母様に褒められるまで黙っておくか。……褒めてくれるよね?
ボクは転生してから久し振りに感じた達成感から、若干脚がふらついているのも無視してお父様の方へと歩を進めていった。
§ § §
───肌をサッと、誰かが触れたような気がした。
「…………おっ?」
シャノンが《空間精査》を使用した時、サウナ室の中で、思わず口から溢れた音が反響する。
視界は白い蒸気で満ち、ひと息ごとに肺には熱い空気が送り込まれる。
そんな空間で、声の主───シャノンに“お母様”と呼ばれる女性は声を発した後、ジッとある一点を見つめる。それは彼女の愛しい娘がいるであろう方向だ。
愛しい娘が、自身の想像以上の結果を叩き出したことに気付いた彼女は、胸からじんわりと広がる淡い喜びに、思わず笑みをこぼす。
「シャリアちゃん、どうかしたの?」
「いいえ、なにも」
そんな女性───シャリアの様子を見て、隣に座る銀髪の少女が問いかける。
見たところ、齢は十に満たない程度だろうか。二次性徴も始まってないであろう肉体は、その軽快で少し腕白な声色も相まって、遊び盛りの少年を錯覚させる。
未成長の身体では脚が届かないのか、サウナ室に並べられた椅子に座ると脚が宙にぷらぷらと浮いている。
そんな少女から“ちゃん”付けで呼ばれることに対して、シャリアは特段これといった反応を示さない。
シャリアにとって隣の少女はそういう存在だからだ。
そしてまともに相手にしないことも、いつものことである。
“いつものように”質問の答えをはぐらかされた少女は、“いつものように”面白げにニンマリと口角を上げる。
まるでシャリアのその反応こそ、望んでいたものであると言わんばかりに。
そして口を開く。相手をからかうように、お決まりと化したやり取りを愉しむように。
「当ててあげよっか。そうだなぁ……う〜ん……」
うんうんと唸り始めた少女に、シャリアは内心ため息を吐く。そんな彼女らの様子は、シャリア自身の見た目も非常に年若いこともあって、活発な妹とそれに振り回される姉のようである。
───もしそう指摘されたのならば、シャリアは首を全力で横に振って否定し、少女はその目をいたずらっぽく細め、宝石のように瞬かせながら、「お姉様!」とでも言うのだろうが……。
「あっ! もしかして───」
首を傾げて思案を続けていた少女は、ふと思いついたようにシャリアの顔を覗き込む。
スッと細められた目から覗く眼光は、獲物のどんな些細な変化も逃さない狩人のようである。
シャリアは思う。あっこれバレたな、と。
こういう時の少女は無駄に勘が鋭いことをシャリアは長年の付き合いでよく知っていた。
シャリアの予感は、果たして正しかった。
「シャノンちゃんのことでしょ? ち・が・う・?」
「……はぁ……そうですね」
隠しきれないことを悟ったのか、シャリアは観念したようにぶっきらぼうな口調で肯定する。
少女はその様子を見て、年相応の少女のように喜びつつ、更なる情報を得んと追撃を掛ける。
「ふ〜ん? いつもクールなシャリアちゃんがそこまで喜ぶってことは……『大好きお母様!』って言われたこと?」
「違います。それはいつもです。あとなんでシャルが私を『お母様』って呼ぶことを知ってるんですか」
「なら……ついに処女卒業!?」
「なっ……!? なに言ってるんですかシャルが私への報告なしに誰かに体を捧げるなんてそんなことあるわけないでしょう!!!???」
「うわぁ、親バカすぎ……。いや、処女なんて今時の子は気付いたら無くなっ「そんな訳ないです! 他のみんなが先輩と同じガバガバ貞操観念を有してるとは思わないでください! 誰にも股を開く淫乱ド変態はあなただけで───」」
暴走が、止まらない。
先程までの冷静さは何処へやら、シャリアは周りへの声量も考慮せずに話し続ける。
「分かった! 分かったからちょっとストップ! シャリアちゃんヒートアップしすぎ! あと私はダーリン以外とは“そういうこと”はしてません!」
ノンストップで矢継ぎ早に言葉を繰り出したシャリアは、体温の上昇か、羞恥心か、或いは娘の良からぬ未来を想像したが故か。恐らくその全ての理由で顔を茹で蛸のように真っ赤して、荒く息を整える。
───やっぱこいつ、からかうのオモロイわ。
シャリアに“先輩”と呼ばれた少女は、そんな彼女の様子を見ながら思う。
自分よりも見た目だけは若い少女に、内心おもちゃ扱いされているとは知る由もないシャリア。
もう付き合ってられないと考えたシャリアは、ジッと木の床を見つめる。顎からはポツポツと汗が伝い床に落ちてゆく。
「ふんっ……」
顔にかかった髪が鬱陶しいと感じて、彼女は首を振る。だが水気を吸収してすっかり重たくなった髪の毛は簡単には顔からどかない。
暫くの試行錯誤ののち、シャリアは諦めて手を使ってどける。
娘と同じ、白銀の髪。手触りは濡れてもなお、絹のように滑らかで艷やかだ。
───そろそろシャルにも大人らしい手入れの仕方を教えるべきかな……?
化粧のやり方に、可愛く“魅せる”ための髪の結び方、あとは言葉遣いといったところか。
シャリア自身がそういったことを始めたのは、彼女の夫───アノンと会った頃である。
───どうしてもアノンに可愛いと思って欲しい、“私”を見て欲しい。
アノンと出会った時、そうした思いがどうしても抑え込めないほどに湧き出てきたのだ。早い話が「一目惚れ」と言うやつである。
当時男より男らしいお転婆娘だったシャリアは、アノンと出会ってから迸る恋心と乙女心を胸に、必死に女としての技術を磨いたのだ。
あれは大変な苦労だったと、今でもシャリアは思う。
だから娘には今のうちから練習しておいて欲しい、とも思う。一度で覚えるには余りに大変なことだからと。
「先輩」
シャリアは横の少女へ聞こえるくらいの声量で、ポツリと呟く。
「なぁに?」
少女は、じっと考え込んだ後に声を発したシャリアを見つめる。
その目には、先程までの若く溌剌とした感情はなく。代わりに何処までも慈愛に満ちている。
───相手の意思を尊重し、手を出すでもなく、静かに見守るような。
そんな彼女らの様子は、少女が幼い外見であってもなお、長年共に生き、互いをよく理解した少女とシャリアのようである。
どこかおかしい。けれども、どうしようもなく落ち着いた。そんな“先輩”と“後輩”の関係なのだ。
「相談したいことが、あるんです」
それは“少女”であり、“シャリア”であり。
“母”であり、“娘”であり。
“先輩”であり、“後輩”であり。
“師”であり、“生徒”である。
「言ってごらん?」
だから語らい合おう。
日々のちょっとした出来事から、複雑骨折した人間関係、人生の重要局面の選択まで何でもござれ。
「娘……シャルが中々女の子らしいことに興味を持たなくて。どうすればいいかと……」
少女は静かに聞く。
そして、次の刻、黄金色の目を見開き教えを授けるのだ。
「それなら───」
───瞳に秘めた黄金は、その頭蓋に数多の叡智を修めし証である。
かの古代帝国が騒乱と破壊の中で灰燼と帰した後、険しき山脈に護られしヒスパノ半島で、白銀の髪を特徴とする民族集団によって建国されたミケネ帝国。
その者たちは、生まれた時には鮮血のように紅く、歳を経るごとに稲穂のように金色へと輝く瞳を持つ。
そんな偉大な建国者にして支配階級たる彼らを人々はこう呼ぶ。
───アシミ人、と。
畏怖を、嫌悪を、悪意を、絶望を、恐怖を、悲鳴を、嗚咽を、戦慄を、嫉妬を、羨望を、怨嗟を、呪詛を、屈辱を───そして憎悪を以って。
自らの創りし神に選ばれた“銀の血”は、今日もこの国を支配する。
──-
■ミケネ帝国記録院管理資料(一般公開)
●《空間精査》
・概要
一定範囲内に存在する個人を識別、特定する高度な魔力操作技術。実行者によって使用できる範囲は変わるが、この技術を使用できる時点で一定の技量を持つ証拠になる。
・入手可能な資格
『帝国呪術院魔力技能認定資格・第2級』
『帝国軍魔力操作技術・分類1種』
『帝国衛隊入隊選抜資格』
・他国での扱い
《サーチ》などの名称で呼ばれている。エルフやフェアリーなどがこの技術との親和性が高く、反対に獣人系やホブゴブリンなどの種族とは親和性が低い。ヒューマンは中間に位置する。
・アシミ人との親和性
〈██████〉を祖とする我々アシミ人は、他のヒューマンと比べて高い親和性を持つが、それでもなおこの技術を会得することは「呪術師の登竜門」と呼ばれるほどに難度なことである。
・ミケネ帝国内での扱い
呪術に対する適性が重視される現在の体制では、呪術院での評価は低いものの、帝国軍においてはその軍事的有用性から、積極的な本技術の取得訓練が行われている。
・注意点
魔力に対して十分な理解を深めた者を対象とした場合、即座に《空間精査》の使用を知覚、使用者の所在を逆探知される恐れがある。
Q.なんでこんなに主人公必死なん?
A.知らん。ただポテンシャルはあるから努力すればそれだけ伸びるよ。
お知らせ。
いつも見てくださって有難うございます!!
……っていうのと、そろそろ共通テストがあるので次話の投稿は遅れます。




