もうやだこの国(ナチュラル奴隷国家)
ボクがこの世界に転生した時、3番目に驚いたことは───1番目は前世の死に際の光景、2番目は転生そのもの───この世界がまさに「剣と魔法の異世界」そのものだったことだ。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、天使、ケンタウロス、フェアリー、コボルド、ケットシー、ドラゴニュート、ホブゴブリン、オーク、オーガなどの多種多様な人類たち。そして未だに人類の生存圏に潜むモンスターたち。
世界観にそぐわない高度な技術に、天空に浮かぶ人工島。その他にも、魔法、魔力、魔石に魔導具!!
造船技術は進歩し、更なる外洋探検によって世界はより広く、そしてより狭くなる。最近ではボクらの住む大陸『エウロシア大陸』の南の方に『ザフラ大陸』という新しい大陸が発見されたらしい。
既にザフラ大陸との間にある海『ミュロス海』に面した領土を持つ国々は、こぞって彼の地に入植を始めてるとか。ボクの国───ミケネ帝国も含めて。
時代は地球でいうところの大航海時代。
中世の長い歴史。その最後を飾るクライマックスの時代。次の歴史区分である「近世」への移行期。
……のはずなんだけどね。
「シャル、早く服脱いで」
「…………(コクリ)」
時間は午後6時頃。今ボクがいるのは公衆浴場。
前世のドキュメンタリーかなにかで見たことがあるから知ってる。これは古代ローマの「テルマエ」ってやつだ。
日本の銭湯とか温泉とはちょっと違っていて、テルマエにはレジャー施設や社交の場としての役割もある。
まずその施設の充実っぷり。
風呂場だけじゃなくて、巨大なプールやサウナ、図書館、ジム、さらには庭園や軽食屋まで併設されている。ここだけで1日過ごせるくらいに色んな設備がある。
そして次に中での過ごし方。
当然こんなに施設が充実しているなら、その滞在時間も長時間のものになる。そして、その間に人々は何をするのか?
ひとりで黙々とプールや風呂に入って、ひとりで黙々と食事を食べて、ひとりで黙々と運動する?
否! 断じて否である!!
テルマエには、ただ体を綺麗にするだけじゃなくて、色んな人と一緒に仲良くお喋りとか政治的な議論とかしましょうねっていう目的もあるのだ。……つまりコミュ症殺しの場でもある(ボソッ。
陰キャはテルマエに入れないってことだ。
……ごほん。
ここでは老若男女し、どんな仕事をしているのかも関係ない! ……身分はバリバリ関係あるけど。
「…………」
「シャル? シャルッ! もうなんでいつも脱いでくれないの?」
……で。
情報の伝達技術が前世よりも進んでなかったり、ボクの知ってる世界の情報が、貿易商のおっちゃんからという限られ過ぎた情報源だけから得た物であるという理由もあるのかも知れないけど。
少なくともボクが推測する限りでは中世が終わりそうな時代で。
───未だに古代の文化が続いているこの国は何なんですかね???
正直ミケネ帝国が懐古厨って理由だけでは収められないレベルなんですけど。
この公衆浴場だっていつ建ったと思ってるんだ? 五百年以上前だよ!?
ここ帝都グリス───ミケネ帝国の首都───が建設された時と同じ年月が経ってるんだよ?
街中の建物とかも、前世の古代ローマとか古代ギリシャのドキュメンタリー番組で見たものとそっくりだし、そして何より───
「…………はずい」
「恥ずかしいわけ無いでしょ!? ほらっ! ぬーぎーなーさーい!」
「ぅうぇぁ……」
「ほら、脱いだんだからさっさと行くわよ」
「うぅ…………」
恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。
ボクはこれでも20年以上男として生きてきた前世の記憶がある。転生してから、つまりシャルの肉体───美少女になってからは10年くらい。さすがにまだ男としての意識が強く残ってる。
因みに「シャル」っていうのはボクの渾名のことね。シャノンが訛った言い方だ。
……ともかく、こうやって公衆の場でマッパ(真っ裸の意、全裸のこと)になってる人々、特に女性陣を見るとなんだかイケナイことをしてるみたいで恥ずかしいのだ。
あとなんか最近では女性としての自意識が強まってきたのか、男性陣の裸を見てもちょっとドキッとするし。公衆浴場は脱衣場が違うだけで、他のスペースは男女共同だから必然的に男女混浴になる。
まあ取り敢えず、「前世日本人として毎日風呂には入りたい! でもそのたびに他人の全裸を見ないといけないのはイヤ! 特に男!」ってなって毎度の如く脱衣場で固まっていると、今ボクの横にいる人───今世の母親に服をひん剥かれて浴場に放り込まれるってわけだ。
「もうシャルったら。この年になっても自分で服が脱げないのね。勉強はできてもそんなことができないのは駄目よ?」
「…………(コクリ)」
母上、違うんです。ボクは10歳になっても自分で服が脱げない駄目な子じゃないんです。ただ脱いだら入らなきゃいけないでしょ? お風呂は好きだけど、他人の全裸姿を見るのは嫌だし、特にこの後にすることは……ね?
「さあ! 脱いだら次はオイル塗りよ!」
「…………あの」
ほら来た! あの地獄の時間。ボクが公衆浴場が苦手な1番の理由!
「? どうしたの?」
「自分でや「駄目よ」…………(ショボン)」
ボクの母親はボクの言葉を遮る。
その一糸纏わない綺麗な白い肌を惜しげも無く晒しながら、腰に手を当てたポーズで言う。ボクにとって、絶望の言葉を。
「オイルを塗るのは───ドリオスの仕事よ! 高貴な私たちテーマタが自分ですることじゃないわ!」
「……、……(コクン)」
そんな前世で言ったらスゲー叩かれそうなことを堂々と言うのだった。まあここ(多分)中世風異世界だけど。
……あ、因みにボクの母親はめっちゃ美人です。正直20歳超えてるのか怪しいレベル。実際は三十路超えてるけど(ボソッ。
「こんなに若々しい見た目なのに……こんなん外見詐欺だろ」って思ってましたが、何やら種も仕掛けもあるらしい。どうやら肉体年齢を巻き戻す“ミケネ帝国脅威のメカニズム”とやらがあるとか。
……こういうことを聞くと、やっぱりここは異世界なんだってしみじみ実感するね。
§ § §
「お嬢様」
はい、というわけでオイル塗り場です。見た目は普通にマッサージ室みたいな感じ。いくつもベットが並べられて、その上に寝転んでオイルを全身に塗ってもらうわけだ。……奴隷にね。
なんでオイルを塗るかって言ったら、入浴時の保湿やオイルマッサージによるリラックス、そして何より───身体の汚れを落とすため。要するに石鹸の代わりだね。
全身にオイルを塗り込んで、その後「肌かき器」っていう垢すりの役割を持った孫の手みたいなやつで身体の垢とかゴミとかを擦り落とすのが、一般的な身体の洗い方。
石鹸があれば泡で汚れも一緒に落ちるんだけどね。オイルでやると「塗る→擦る」の二段階の作業に分かれる必要がある。
石鹸自体、地球だと十二世紀には量産が始まってるから、この世界にも普通にありそうなもんなんだけど……どうやらこの国ではあまり流通してないらしい。
……なので石鹸がない以上、オイルを使う必要があるのだ。
「お嬢様、早く寝てください。奥様はもう塗り終わりそうですよ」
ファーック。ボクに声を掛けるのは朝と同じ使用人の男。なんで男が此処にいるんだよぉ……。
大体おかしくない? 同性の奴隷が塗るならまだ分かるよ? でもボクは女で、こいつは男だよ?
ねえお母様、ボクお母様の小間使いに塗ってもらいたい〜。なんでお母様の方だけ壮年の女性なの〜。
「…………だめ?」
「ダメに決まってるじゃない」
呆れたように却下するお母様。塗り込む時の全身マッサージが気持ちいいのか、時々「んっ」とか「あっ」とか聞こえてくるの……正直凄くエロいです。
ほんと信じられるか? この人これでも三十代子持ちなんだぜ? 生まれたのは超超美少女(中身は除く)のボクなので、遺伝子はちゃんと仕事をしてるらしいけど。
「はぁ……、ねえシャル? なんで塗られたくないの?」
「…………男だから」
無理だわ。いくらこの世界にはこの世界の常識があるって言われても、前世フィルターがあるせいで絶対に受け付けないラインは存在する。
ボクの場合は異性に身体を弄られることだ。確かに他の女性を見れば、お母様と同じように寝転んで奴隷に塗ってもらっている。奴隷の性別関係なしに、だ。けどボクは無理。無理なもんは無理。
ボクの答えにお母様は首だけボクの方に向けて話す。……目がトロンとしてらっしゃる。そんなに気持ちいいの? それ。
「いいシャル? あのね───奴隷に性別は関係ないのよ?」
だから、それが分からんのよ?! 奴隷が“物”ってなに? 奴隷も生きてるじゃん!? 思っ糞“人”じゃん!! 何処からどう見ても人間なのに、完全に物として扱うのはボクには出来んよ……。
いやね? 別に奴隷という存在に関してはいいのよ? 前世では殆どの人は奴隷制度に対して悪感情を持つだろうけど、ボクはそうでも無いし。ほえぇ〜〜奴隷ってホンマにいたんだな〜って。……別にボクが奴隷になる訳じゃないし。
けどね。“物”扱いは無理だわ。だって生きてるじゃん。刺したら真っ赤な血が出てくるじゃん?! 頸動脈噛み千切られたら即死するじゃん?! (ボクの死因)
なんなん? どうやって認識すれば奴隷を“人扱い”から外せるの? 分からんよ?
「そんなに男が嫌なら“捨てる”?」
……え? いや何、「捨てる」って? ゴミ箱にポイするの? 普通に表現が怖いんだけど。うんって言ったらこいつどうなるの?
「…………(フルフル)」
なんか一瞬お母様の方から不穏な雰囲気を感じ取ったので、取り敢えず首を横に振っておく。
うーん、けどなぁ……。ボクがこの国で生きていく以上、奴隷に対する捉え方は避けては通れない道なんだよなぁ。どういう風に考えればいいんだろう。物……人……物…………人の形をした物?
……あっ!
「…………分かった」
「あら分かってくれた? さすがは私の子ね。素直に言うこと聞けるなんて偉いわ」
ボクはいそいそとベットに寝転ぶ。最初は下向き。
「ではお嬢様、始めさせていただきます」
背中に手を乗せられるのを感じながら、ボクは心の中で唱える。
───これはロボット、これはロボット、これはロボット。
若しくは家庭用アンドロイド。人の形をして人のように振る舞うアンドロイド。身の回りの世話をしてくれて、体温や息遣いまで再現している人型ロボット。なんか動力に燃料や電気ではなく、ボクら人間と同じで食べ物を必要とする存在。……あれ、そう考えたらあんまり気にならないかも?
さっきまでの“人”に触られることへの恥ずかしさや恐怖から来る拒絶感がボクの心から消えているのを感じる。
「…………んっ」
あぁ〜〜気持ちいい〜〜。
これあれだね。マッサージ器だね。使ったことないけど。人がやってる分、余計に気持ちいいわ。
「お嬢様、仰向けになってください」
「んー」
ぐるりと寝返りを打つ。やっぱり恥ずかしさとかはもう消えてる。さすがはお母様の教え。“物”扱いでこれだけ変わるとは……親の言うことはよく聞いとくもんやね。
こいつもボクの小間使いになってからそれなりに経ってるからか、手際良くオイルを塗り込んでいく。
……それはそうと変なトコ触ったら殺すからな。
「…………ッ!?」
「あらあら……」
あ、やっべ。
ボクは無意識的に出してしまった殺気を慌てて引っ込める。小間使いが一瞬ビクッと硬直した様子を見て、お母様はにこにこと笑っている。
「シャルもまだまだね。さっきの殺気は意図せず出たものでしょう?」
「…………ごめん」
忘れてるかも知れないけど、この世界は剣と魔法の異世界だ。前世には無かった法則として、この世界には『魔力』というものが存在している。
前世では漫画や小説の中で表現の一種として使われた「殺気」も、この世界では理論でもって再現できる。すなわち、魔力の限定的な放出と感知。これがこの世界の殺気の主な正体だ。
もちろん、殺気が魔力によるもののみというわけでもない。高名な武人であれば魔力が検知できずとも、相手の攻撃の気配を“殺気”として感じ取ることも出来るらしい。けど一般に知られている「殺気」というのは、こうして生まれた時からこの身に宿る不思議なエネルギー『魔力』に起因する。
そしてボクは、その魔力を小間使いに向けて放出した。だけども、無意識的に放出したのが原因なのか、横のベットで寝転んでいるお母様もボクの魔力を感知したらしい。
「殺す気」と書いて「殺気」と読むように、他人に殺気を飛ばす、つまり魔力を放出することは、「私はあなたを殺しますよ」という敵対宣言でもある。要するに、ボクは小間使いだけでなく、お母様にも「殺る気満々ですよ」と宣戦布告してしまった訳である。
こりゃ百パーボクの過失なのですぐに謝るしかないのだ。相手がお母様だったからいいものの、これが見ず知らずの他人とかだったらエライことになる。
「ふふふ、いいわ。しっかりと“よく練られた”魔力を持ってるみたいだから。頑張って鍛錬したのね。普段あまり一緒に過ごせないから娘の成長を感じれて嬉しいわ」
「…………ん」
お母様と話してる間に硬直から立ち直った小間使いがオイルの塗り込みを再開する。だけどよく見ると、彼の額には少し汗が滲んでる。浴場から流れてくる熱気ではなく、過度の緊張───ボクから向けられた殺気によるものだ。
……あぁ、お母様。ボクにはやっぱり奴隷を物扱いすることはできません。
───だってこんな弱い生き物、他に見たことないもん。
この物語はフィクションです。なのでこれ見よがしに書いてある知識が全部間違ってたりすることがあります。
そういう時は「あっ、この世界はそうなんだ〜」と納得していただけると幸いです。ノンフィクションを無理矢理フィクションの枠に押し込んでるので、どうしても歪んだ結果が出力されがちなんです。




