7話
歓迎会の翌週月曜日、さっそく浜中に対して実務を交えた研修を開始した。漫然と机上研修するよりも、一定の緊張感を持って学んだ方が身につくだろうと考えてのことだ。
ミスをすれば強烈に記憶するであろうし、依頼人に影響が出ないうちにフォローできれば業務に支障はでない。大幅に業務の遅れが生じるが、浜中が育つことで将来的に夫側が主導権を握る夫婦の依頼人が増えると見込んでいるので、事務所的には問題無しだ。
「はい、今週婚姻契約締結予定の依頼人の資料。基本情報や、来所からこれまでの経緯なんかをまとめてみたの。締結時には同席してもらうから、把握してね」
「いきなりですか。え、めっちゃ新人ですけど、同席して大丈夫ですかね?」
一週間分の予定者のものしかないのにけっこうな量の資料をドサッと、個人デスクとは別の作業デスクに置き、一息つく。意識して身体を動かすようにはしているが、最近ちょっとしたことなのに身体がついていかない違和感を感じたりする。
「問題ないよ。最初に関わってもらうのは、よくある依頼人というか、テンプレの婚姻契約を結ぶ方たちばかりだから。聞き取りとか全て終了して、サインするだけだしね」
「テンプレっていうと、試験問題の論述の定番の、あれですか?」
パラパラと資料をめくる浜中を見ながら、浜中の言うあれに検討をつける。試験とは、婚姻契約士の資格試験のことだろう。
「そ。特記事項が無いやつ。財産とか、所有権とか、親権とか基本的なことだけのね」
「ふーん、あ、みんな複数婚OKなんですね」
ただめくっているだけに見えたのに、浜中は意外にちゃんと資料を読んでいたようだ。
「そうよ。今の主流だもの。試験問題にもあったんじゃない?」
「ありました、そういえば。まあ、ですよね。ガッチガチの婚姻契約結んで、万が一浮気だーなんてことになれば、慰謝料きついですし」
ワイドショーでありがちな話題を例にあげる浜中に頷く。
「最初から複数婚にしておけば、遊びのつもりだった相手でも発覚時に無理矢理結婚予定の相手だってごまかせるのに。だいたいの人は複数婚が無難だって、あらかじめわかってるみたいだけどね」
「彼女にはつい、いい格好したがるみたいですけど、実際は絶対一人だけとか無理ですもん。既に結婚してる奴らなんか、数競ってるのとかいますし。極端な例ですけど」
結婚した数が増えれば増えるだけトラブルの要因も増えるわけだが、法律上制限が無いので、際限無く結婚そのものはできてしまう。
婚姻に関する法律が改正されて三十年以上が経ち、義務というわけではないが、今では婚姻契約を結ぶことがトラブル防止のために常識とされている。
「何かあっても、自己責任ね。その人たち。婚姻契約士として言わせてもらえば、依頼人となってくれるなら大歓迎だけど」
「学生同士だと、適当になりがちですよ。重要性教わっても、自分たちには不要って思っちゃいますし」
過去の事例でも、気軽にした結婚でのトラブルは多い。複数婚が可能な分、別れても離婚せずに放置しがちだが、他の結婚をした際や高額の財産を手にした時など、後々に問題が浮上する。
そんな人の不幸ですら婚姻契約士や弁護士には飯のたねになるから、因果な商売だ。
「ま、そういう過去を持った依頼人も今後担当するだろうことだけ頭において、今はとりあえず午後面会予定の依頼人について研修しましょう」
「よろしくお願いしまーす」
あいかわらず間延びした浜中に呆れつつ、資料の1つを手にした。
人生設計を大きく変える出来事があっても、こうして仕事はできる。人間は案外しぶといものだ。




