6話
今日はたけなか法律事務所の新入所員の全体初期研修が先日終了し、婚姻契約課に一名新人を迎えたので、その歓迎会の日だ。
そんなに大きい法律事務所ではないから、毎年新人が来るわけではない。しかし近年婚姻契約業務に力を入れたいという所長の意向があり、人員を増加することになった。
それに、日本の婚姻契約士全体では三分の一存在するにも関わらず、この事務所には男性の婚姻契約士がいなかったため、かねてから依頼人の要望があったことも一因だろう。
入所五年目にして、所属する婚姻契約士の中で管理職を除いて二番目に在籍年数が長いともこは、新人の教育係になった。そのせいで歓迎会の幹事などという面倒なものになったが、これも仕事のうちなのでしかたない。
幹事であるおかげでちゃっかり金曜日に開催することにできたから、悪いことばかりではないし。基本的に金曜日以外の飲み会は不参加なので、大勢での場は久し振りだ。
「えー、改めまして、浜中 悠斗です。あー、覚えるのに手一杯でまだ皆さんと話せてないので、今日はがっつり絡んでやってください。よろしくお願いしまーす」
のんびりとしたペースで本当に絡んでほしいのか? という表情で挨拶した浜中に、若いなと感じる。
「期待の男性婚姻契約士ですので、皆さん温かくフォローしてあげてね。では、浜中君を歓迎しまして、乾杯!」
『乾杯!』
相田課長の音頭で、和やかに歓迎会が始まった。主役の教育係ということで幹事を任されたので、それなりに全員にお酒が回っているかとか、料理が行き渡るようになっているか気を配ってみる。
ここのお店の一押しは高野豆腐のフレンチトーストで、甘めのお酒によく合う。婚姻契約課はほぼ女性なので、女性向けのメニューが多いのがありがたい。
「浜中君は結婚してるの?」
「私も気になるぅ」
ほどよく場が温まったところで、同僚の女性たちがアピールを開始したようだ。
「まだしてないですよ」
「ええー、嘘だあ。モテるでしょ?」
「ですよねー」
心から意外そうな二人に賛成だ。浜中は年上の金持ちな妻を何人か、上手いこと捕まえているタイプに見える。
「や、まあ、旦那コレクションの一人に若い子が欲しいってお姉さんたちに声かけてもらってたんですけどね。でも見返りとかめんどくさそうだし、別にいいかなーと。ダチの修羅場とか、まじヤバかったんで」
「ああ、なるほどー」
「そういうのは、男も女も変わんないよねえ」
わかるわかると同意しながら、他の女性陣を巻き込んで各々の結婚苦労話を繰り広げ出した。
「でもこの仕事してると、修羅場なんかざらだぞ」
相田課長のしみじみとした声に、皆が仕事上の大変だったことを思い出したのだろうか、何とも言えない空気が流れる。
「本当にわかんないもんですよね。うっきうきで互いを束縛するような婚姻契約を結んだ夫婦が、高額慰謝料が発生する裁判沙汰になったりするんですから」
「こわーい。私には絶対ありえないですぅ」
「はいはい」
「ありえないねぇ」
後輩のパチパチと大きく瞬きをしながらの台詞を、みんなで受け流す。
「やっぱ本物はすごいんですか? 俺、判例だけでも腹一杯だったんですけど」
「いや、そりゃもう。この間なんかね「そこまでー。情報漏洩ご法度だからな」……はーい」
現役の婚姻契約士が経験した実際の修羅場に若干興味を示した様子の浜中に、ノリノリで話し出そうとした同僚を、課長がさくっと止める。声に怒気は全く無いし、寸止めくらいは日常茶飯事だ。
職務上飲みの場所は万が一を考慮して個室にしているが、やはり外部で依頼人の話をするのはよろしくない。
「そっすよね、残念」
「あら、来週からの婚姻契約課の研修で、過去の事例を嫌というほど学んでもらうわよ。結婚不信になっちゃうかも」
全く残念でなさそうに肩を竦める浜中に、戯れに脅しをかけてみる。とはいえ、同じ研修を受けたここにいる女性陣が結婚に前向きなことから、恐ろしさのレベルはお察しだ。
でも、結婚はよく考えて、婚姻契約は慎重に、と肝に命じることには大抵なる。
「うお、お手柔らかにお願いします」
怯んだ浜中の、初めて見られたポーカーフェイスを崩した表情に満足しながら、つつがなく歓迎会の幹事の職務を遂行した。




