5話
日曜日のランチタイム、ともこはあかりとともに、久しぶりに二人の女性と会っていた。
「かわいいわぁ。何ヶ月ですか?」
「七ヶ月よ。はいはいできるようになったんだけど、そうしたら目が離せなくなっちゃって。ベビーカーのスペースがあるお店選んでもらって、ごめんなさいね」
「とんでもない。ここ、お料理も美味しいって評判で気になっていたから、むしろ来やすくなって感謝しているくらいです」
日中はママ友女子会を開く客をターゲットにしている店なので、他にも赤ちゃんは多くいる。ベビーカーを横付けできるスペースも設けられているし、ともこだってあかりを連れてきたのだから、お互い様だ。
普段は冷静沈着なあかりは、赤ちゃんに夢中のようだし。やはり、彼女に弟か妹ができる機会が遠のいたのが、悔やまれる。
今日は、ともこが先日別れた元彼である聡の元交際相手だった、小百合と美恵子に話す時間を作ってもらった。
小百合はこれまで聞いた話から推測するに三十代半ばで、主家庭の夫との間に先日実子ができた、長身でショートカットが似合う女性である。
主家庭の夫の連れ子を三人育て上げ、一番下の子がこの春に社会人になったそうだから、現代女性の鏡だ。
もう一人の美恵子は二四歳で、本人申告で年齢は初めて会った時に聞いた。若いからか、全く年齢の話題に頓着なかったようである。
明るいロングの巻き髪、ばっちりメイク、女子会でもふわふわとした話し方を崩さない、綺麗な子だ。主家庭は無いし子どももいないものの十人以上と結婚していて、二ヶ月後に新しい結婚も控えているそうだから、モテっぷりはたいしたものである。
聡と結婚する心積もりだった頃に、夫の他の妻や交際相手とは極力良好な関係を築いた方が良いと職務上学んだので、ともこから提案して二人と知り合っていた。
数える程しか会っていないが、これなら結婚してもトラブルは起きなさそうと思える関係ができていたのに、肝心の聡によって心配りは水泡に帰してしまったのだけれど。いや、そうやって結婚に向けての努力の証明がある方が慰謝料請求には有利なので、全くの無駄ではないか。
それに、百合子と美恵子はタイプこそ違えど付き合っていて引っ掛かる点の少ない人たちだから、関係は切らないでいきたいなと思っている。
「そういえば、この間婚約者と台湾に行ってきたんです。これつまらないものですが、召し上がってください」
「まあ、ありがとう」
「美味しそうね」
六種類もある野菜たっぷりの生春巻きに舌鼓みをうっていると、美恵子が台湾土産を渡してくれた。この時期だから、婚前旅行といったところだったのだろうか。
「台湾いいわね。私もこの子が大きくなったら、旦那と三人で行こうかしら」
「おすすめですよぉ。過ごしやすくて、なにやっても楽しかったですもん」
「素敵ね。あかり、今度二人で行こっか」
赤ちゃんと飽きずに遊んでいるあかりに、聞いてみる。聡と三人での旅行の計画は頓挫してしまったため、台湾ではなくとも近いうちに旅行に連れていってあげたい。
「うん、行く。慰謝料がっぽりで、豪華旅行」
聡と破局したことを告げた日のように冷淡な声で、あかりは淡々と返事した。
見た目は大人っぽいとはいえ、紛れもなく小学生の女の子から飛び出た不穏な言葉に、小百合も美恵子もギョッとしている。
「すみません。この子、私と同じ仕事を高校通いながらしたいって、今から勉強してて。つい私があの人のことを聞いてもらっていたものだから。お気を悪くなさらないでね」
小声であかりに「この件については、後で話し合い」と伝えていると、二人が反応を返してくれる。
「大丈夫よ。今日はその話がメインなのだし」
「あたしも気にしないです。なんか、感心しちゃいましたぁ。今時の子って感じですねぇ」
「今時?」
あかりは特に派手な装いをしないし、祖父母や曾祖父母を大切にしていて、昔ながらの学校通学を選択している、どちらかと言うと古風な子だと思っていたのだけど。
「はい。自立が早いっていうか、学生のうちから収入得てる子多いじゃないですかぁ。婚姻契約士はあんまり聞かないですけど、動画収入? とかで」
「うん、いるよ。友達にも、親より稼いでる子」
「えっ、小学生よね?」
「むしろ、小学生だからですよぉ。高校や大学をバーチャル通信で済ますのは当たり前、学歴なんて意味無し、どうせ基礎給付金があるんだから好きなことで稼いじゃえって。生まれた時から、もうそういうのが普通になってた世代ですもん」
「はあぁ、すごい世の中になったわね。うちの子たちはそういうの野球やサッカーで遊び回ってるタイプだったから、縁がなかったわよ」
小百合が驚くのも無理はないと、ともこは思う。職業柄新しいトピックはインプットするようにしているし、他人様の家庭事情を否応なく知ってしまうし、あかりから聞くこともあるけれど、めまぐるしく変化する「常識」に、正直ついていけない時がある。
「あたしも、普通に遊んでましたぁ。それで、あかりちゃんとしては、やっぱり聡にガツンといっとくべき?」
「もちろん、絶対そうすべき。婚約者が四人いて、本格的に結婚に向けて動いていたのに、そのうちの一人だけを選んであとは婚約破棄なんて、非常識。現行法に喧嘩売ってるとしか思えない」
「ああもう、あかりったら」
二人に気を遣ってあかりを宥めてはいるが、内心自分のことのように怒ってくれるあかりに、嬉しく思ってしまう自分がいる。
「いいのいいの。そう、あかりちゃんはそう思ってくれているのね。私は、聡とうまくやってきたつもりだったし、慰謝料とかいいかなって考えていたの。でも、感情論だけでは駄目ということよね?」
「うん」
「そうなんだぁ。あたし的には聡相手に騒ぐと、夫や婚約者に嫉妬されちゃうかなって思ってたんです。ともこさん、プロのご意見としては、どうですか?」
三人の注目が、ともこに集まった。
「そうですね。簡易な婚約書であっても契約に間違いないので、法に則って手続きしたいと考えています。特に今回のケースは、男女一対一の関係が破綻しただけにとどまらず、私と小百合さんと美恵子さん、円満な三人の関係にも影響を与えていますから。とても悪質です」
ともこも感情だけでいうなら、一方的に信頼を裏切った聡からなんて、何も受け取りたくはない。晴香からは、もっと嫌悪感がある。
しかしこのことは、例えば有名スポーツ選手の妻たちが連携してコミュニティーを築いていたり、人気女優の夫たちが「妻の芸能活動を夫として支援する会」を結成する等しているように、法改正後の社会においては重要な事柄なのだ。
ルール無用で複数いる配偶者同士で争いだしたら、社会が崩壊してしまう。ルール破りには、相応の罰が必要だ。
「よくわかったわ。ともこさんには、私たちの間で聡と会う時間を調整してもらったり、お世話になったもの。そういうことが大切なのよね」
「なるほどですぅ。あたしに異存は無いので、よろしくお願いします」
「はい、承りました」
四人の女性の、晴れやかな笑顔が輝いた。




