2話
聡と別れた翌日、ともこは重い身体を引きずって外へ出る。土日はずっと引きこもっていたい気分だが、そうはいかない。あかりを迎えに行かなくては。
実家の両親と母方の祖父母があかりをかわいがってくれていて、定期的に会いたいと希望しているので、毎週金曜日の夜から翌日にかけて預かってもらうことにしている。
ともことしても聡と二人だけで会う時間が必要だったから、かなり助けられていた。土日も引き続き聡と過ごせる時は、あかりを迎えに来てから三人で家族のように遊びに行っていたのに。
熱いものがこみ上げてきて、グッと堪える。これからあかりと実家の皆に会うのに、心配かけてはいけない。既に昨夜のせいで瞼が厚ぼったく腫れているので、今さらではあるのだけど。
車で30分程の実家に着き、呼び鈴を鳴らした。
「は~い」
「お母さん、ともこー」
「今開けるわね」
電話だとどっちが出たのかわからないとよく言われる似た声の母が、出迎えてくれる。
「いらっしゃい……、あら、あんた。その顔どうしたの」
「んー、後で話す」
「もう、面倒くさがって。あかりちゃんに心配かけないでよ。気遣い屋の良い子なんだから」
「はいはい」
あかりが孫になってから、母はすっかりともこよりあかりの味方だ。ともこがあかりと喧嘩しようものなら、すかさずあかりを自分の養子にしようとしてくる。
あかりの身の上に同情して幸せにしなくてはと使命感を持っている部分もあるのだろうが、あかり自身が母をそうさせてしまうくらいの良い子なのだ。
「あかりー、迎えに来たよー」
「ともちゃん、おはよう。……大丈夫?」
無邪気な笑顔から一転して心配そうな表情を浮かべたあかりに、再び涙腺が緩む。この子に父親ができて、よりいっそう楽しい生活になるはずだったのにと思うと、怒りよりも何よりも泣けてきてしまう。
ごまかすようにあかりを抱きしめて、細い首筋に顔をうめる。最近成長が著しいあかりは、身長が既にともこを越えている。これからどんどん女らしくなって、いつか独り立ちしてしまうのだ。
いけない、自分の想像によけい泣きに拍車をかけてしまった。
「大丈夫、なん、だけど……」
「うん」
「聡とはね、もう、会えないみたい」
「……」
ともこの背中をぽんぽんと撫でてくれていたあかりの手に、ぎゅっと力が入った。
あかりは賢い子である。小学二年生にして実の両親との決別を選択し、ともことの暮らしを希望し、婚姻契約士になるための勉強を既にしているような聡明さだ。
これだけの言葉でも、ともこと聡との間に別れに繋がる何かが起こったと察しただろう。
「ともちゃん、裁判案件?」
「ううん、あっちが全面的に非を認めてるから、示談」
「三人いたよね。誰?」
「大学生の晴香さん。妊娠中。一夫一妻派」
「ふうん。じゃあ、他の二人と連名にしたら? 慰謝料、いっぱい取っちゃえ」
あかりの声が冷え冷えとしていき、小学六年生らしからぬ提案をしてくる。婚姻契約士の資格取得に年齢制限は無いので、あかりの知識はもうじき合格域に達する程だと知っていても、同僚と話しているかのような会話に涙が引っ込んでいく。
「落ち着いた?」
「うぅ、ありがと。百合子さんたちに、近いうちに連絡してみる」
「それがいいよ」
母が用意してくれた蒸しタオルで、あかりがともこの顔を拭ってくれる。優しい手つきに、男がなんぼのもんだ、それより娘命だ! と感情が昂る。
「あかりぃ。どこにもいかないでね、働くなら、一緒に事務所やろうね」
「うん」
「新しいお父さん候補、すぐに見つけるからね」
「はいはい」
「こら、ともこ! あかりちゃんを困らせないの! さっさとご飯食べるわよ」
あかりにすがるともこを見かねた母に誘導され、父と祖父母に苦笑され、母と祖母が作ったご飯をいただくことになった。
薫り豊かなたけのこご飯に、ひどく食欲が刺激される。そういえば、昨夜は婚約破棄を告げられてまともに食べずに酒だけ飲んでいたし、今朝もダルくて何も食べていない。
そのことに思い至ると一気に空腹を満たしたくなり、無心にご飯を頬張った。あかりはお茶を注いでくれたり、手拭きを用意してくれたりと、とても気遣ってくれる。
「ほんとにもう、どっちが母親だかわかりゃしない。ともこ、もっとしゃんとしなさいよ」
「まあまあ、母さん。今日はともこにも事情があるみたいだし。大目に見ておあげ」
「そうさねぇ。ともちゃんも、あかりちゃんも、どっちも良い子だよぉ」
「うむ」
父と祖父母が擁護してくれるので、今日はこのままあかりに甘やかしてもらうことにしようっと。




