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シャルの正体 ④

パンと塩漬け肉、それに干し豆を詰めた布袋を抱えて、私は石畳の通りを歩いていた。

買い物はひと通り済んだ。あとはもう一つ、ずっと気になっていたものを確かめるだけ。


夕暮れの通りは、煤けた空の下で静まりかえっていた。

遠くの工場から漂う煙の匂いが、風に混ざって鼻をかすめる。

赤茶けたレンガの建物が並ぶ小路を曲がると、見慣れた衣料品店の看板が目に入った。


ガス灯に照らされたショーウィンドウの奥に、それはあった。

赤い外套と同じ形。でも、色は深い緑――まるで、林の奥にひっそりと咲く名もなき草花のような、静かで落ち着いた色。


からん、と小さな鈴の音が鳴る。


「いらっしゃい。……ん? レナじゃない。寒い中よく来たね」


奥から顔を出したのは、店主のスレイドさん。

灰色混じりの髪を後ろでまとめた、どこか祖母を思わせるような温かみのある女性だ。


「こんばんは。あの……この赤い外套と同じ形で、ほかの色があればと思って……」


そう言いながら、私は羽織っていた赤い外套の端をそっとつまむ。

これは冬が来る前に、この店で買ったものだった。


「それなら……ちょっと待っててね」


スレイドさんは軽やかな足取りで棚の上段を探り、数着の外套を取り出してくれた。

どれも落ち着いた色合い。その中でも、私の目を引いたのはやはりあの深い緑だった。


「……これ、いくらでしたっけ?」


袋の中の財布を開く。節約してきたけど、食料と薪を買ったら、ほとんど残っていない。


でも、もしものことを考えると、必要だ。買わなくちゃいけない。


だけど――


「いいよ、代金なんて。受け取ってちょうだいな」


「え……?」


「忘れたの? 何度も店番をしてくれたじゃない。おかげで、すごく助かったんだから。ギルドの依頼って形だったけど……あれは、ただの仕事じゃなかったよ」


スレイドさんはふっと笑った。その優しい目が、胸の奥まで温めてくれる気がした。


「でも……」


「何があったのか知らないけど、必要なんでしょ? 昨日、レナを街で見かけた時すごい信仰な顔してたから。頑張りな」


私は思わず目を伏せて、小さくうなずいた。

言葉に詰まるのを誤魔化すように、そっと外套の襟に触れる。


「……ありがとうございます、スレイドさん」


「礼なんていらないわ。その代わり、また店番を頼むときは、よろしくね」


緑の外套を大事に袋へ包んで、私は石畳の通りに出た。

街の明かりはまだぼんやりと、遠くに灯っている。

陽はすっかり沈んで薄明の空をオレンジのガス灯が照らしている。


◆ ◆ ◆


「ただいま」


「あっ、おかえりなさい」


部屋に戻ると、シャルが掃除をしてくれていた。

もともと散らかっていたわけではないけど、埃がなくなるだけで、空気が違って感じる。


「ありがとう、シャル」


「いえ……私にできるのは、これくらいなので」


申し訳なさそうに俯くシャル。迷惑ばかりかけていると、罪悪感を感じているのだろう。


「そんな顔、しないで。ね?」


この四日間、シャルと過ごした時間は、私にとって――ここに来てから初めての“満たされた”日々だった。

状況は決して穏やかじゃない。けれど、彼女と食卓を囲み、彼女と並んで眠り、彼女の笑顔を見る。それが私を幸せにしてくれた。


こんな気持ち、いつぶりだろう。


「私は、シャルと出会えてよかったと思ってる。だから……この問題が解決したあとも、一緒にごはんとか、食べよう?」


「……レナさん」


シャルは何かを言いかけて、けれど唇を噛んで言葉を飲み込んだ。


「そうだ、これ。よかったら、着て」


私は赤い外套を差し出した。


「え……これを、私に?」


「うん。ちょっと私のお古になっちゃうけど、最近寒いしね」


シャルはしばらく外套を見つめていた。

やがて手を伸ばし、そっと布地を撫でた。


「……あたたかい」


ぽつりと漏れたその声に、私は自然と微笑んだ。


「ね? 少し重いけど、フードもついてて全身ぽかぽかになるし、ポケットも深いんだよ」


「ありがとうございます……」


そう呟いたシャルの目元が、ほんのわずかに潤んでいた。


私は何も言わず、そっと彼女の頭を撫でた。

その髪は陽だまりのように柔らかくて、どこか懐かしさを感じる手触りだった。


シャルは肩をすくめるように笑い、小さな声で言った。


「レナさんと出会えて、本当に……よかった」


それだけで、十分だった。


私は彼女の隣に座り、布袋から食材を取り出した。


「もう夜だし、ご飯にしよっか。パンを切って、スープに入れるだけでもおいしいから。あ、豆も入れてみようかな」


「わ、贅沢ですね。お手伝いします」



小さな笑い声が、部屋に広がる。


窓の外では冷たい夜風がガラスを揺らしている。

でもこの部屋の中だけは、不思議なくらいあたたかかった。


そう。今日は特別。

いよいよ、来てしまうのだろう――やらなければならないことが。

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