信じたいから
「苦しくない?」
「はい、大丈夫です」
床にシャルを寝かせ、彼女の首にベッドシーツから切り取った布をゆるく巻く。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
そう伝えて、今度は彼女の右腕を別の布で強く縛った。シャルは苦悶の表情を浮かべたが、我慢してもらうしかない。
「これから人を呼ぶけど、死んだふりをしててね」
それだけ言い残して、私は急いで部屋を飛び出した。地下室の入り口――あの重たい鉄の扉の前に立ち、力いっぱい叩く。
「終わりました!」
何度か叫ぶと、やがて男の声が返ってきた。
「ようやくか。確認するから、部屋で待ってろ」
その返事を聞いて、私はすぐに部屋へと戻った。シャルの右手首に触れ、大丈夫だと確認する。
少しして、男が部屋に入ってきた。
「なんだ、ナイフは使わなかったのか」
「血を見るのが怖くて……窒息させました」
私はシャルの右手首を持ち上げ、男に脈を確認させるよう促した。男は手首に指を当て、やがて「死んでるな」と呟いた。
「報酬を持ってきてやる。待ってろ。ただし――今日のことは誰にも言うなよ。バレたら、次はお前を殺す」
「……あの」
「ん?」
「どうしてこんなことを?」
私の問いに、男は鼻で笑った。
「殺すことを躊躇されるような存在――そういうやつだよ」
そう言い残し、男は部屋を出て行った。
殺すことを躊躇される存在…そんなの、誰だってそうだろう。何を当たり前のことを…
男が立ち去ったのを見届けた瞬間、足元から力が抜けて膝をついた。
腕や手首を強く縛れば、一時的に血流が止まって脈が感じられなくなる――それを信じて賭けた。うまくいく保証なんてどこにもなかった。ただ祈るような気持ちで、“気づかれないで”と願っていた。
「本当にうまくいきましたね……?」
「安心するのはあと! 今は早く逃げよう!」
私はシャルの体に巻いていた布をほどき、二人で部屋を飛び出した。開きっぱなしの扉を通り、急いで階段を駆け上がる。
地上に出て、そっと周囲をうかがう。エントランスには誰もいない。
正直、見張りがいた場合のことなんて考えていなかった。いたらいたで、勢いだけでどうにかするつもりだった。だから、本当に運がよかった。
そこからはただ必死に走った。何度も転びそうになりながら、それでも足を止めることなく。
そうして、なんとかギルドの近くまでたどり着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
「……ギルド、いや――警察に行こう」
つい、いつもの癖でギルドに来てしまったけど、今回の件はどう考えても犯罪だ。だから、警察に行くのが正しい。
「シャル?」
歩き出そうとしたそのとき、シャルが私の服の袖をそっとつかんだ。彼女の手は小さく震えていた。
「どうしたの?」
「……あの、警察やギルドには、私のことは伏せてほしいのです」
「えっ……?」
意味がわからなかった。普通に考えれば、こんなことを言う人間はまともじゃない。何か後ろめたい事情を抱えているとしか思えない。
「どういうこと?」
「……今は言えません。でも、いずれお話しすることになると思います」
碧い瞳が、まっすぐに私を見つめていた。何を考えているのかはわからない。でも、そこにあった不安と覚悟だけは、強く伝わってきた。
「一つだけ、聞いていい?」
シャルは静かにうなずく。
「あなたは……悪い人なの?」
「いいえ」
あまりに真っ直ぐな答え。
こんな質問に意味なんてない。嘘をつこうと思えば、いくらでもつける。
でも――
「わかった。信じるよ、シャルのこと」
「……いいのですか?」
根拠なんてない。でも、彼女が嘘をついていないことだけは、なぜかはっきりわかった。
理屈では説明できない。でも、私は大丈夫だと思えた。




