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魔族

警察署の会議室に着くと、今日はベルナールさんの姿はなかった。そのかわりに、ジャスティンさんともう一人、若い刑事が私を待っていた。


「よお、嬢ちゃん。今日も来てくれて助かるよ」


「お疲れさまです、ジャスティンさん。それと……」


「ああ、こいつはライト。俺の部下だ」


「初めまして、レナさん」


 若いけれど、しっかりした印象の青年だ。


「で、何か学園の方で進展は?」


「いえ、特には。むしろ私が不審人物扱いで大変なくらいです」


「なるほどな」


 ジャスティンさんが短く唸るように言った。


「まあ、逆に言えばそれだけピリピリしてるんなら、誘拐に対する警戒も十分してるかもな。」


 ジャスティンさんがメモを取りながら頷く。本当は不審人物扱いどころか攻撃されそうになったとかそれは言わないでおこう。


「そういえば、今日はベルナールさんは居ないんですか?」


日々の報告にはいつもジャスティンさんとベルナールさんが居た。なのに今日は居ない。


「ああ、それがな……」


表情を硬いものにするジャスティンさん。それだけでただ事ではないことが起きていることが伝わる。


「行方不明者の一人が見つかったそうだ。ベルナールは現場の指揮に向かった」


「えっ……! 本当ですか?」


 思わず声を上げた私に、ジャスティンさんは静かに頷いた。


「……ああ。今朝、王都東地区の旧市街で騒ぎがあってな。魔法を連発して周囲を破壊している人物がいると通報が入った。最初はただの暴漢かと思ったが、どうにも様子がおかしくてな……」


 言葉を選ぶように、ジャスティンさんは少し間を置いた。


「到着した警官がやめるように声をかけても、一切のは脳が無くまるで意識が無いように見えたらしい。」


 意識がない……一体どういう目的で、しかも貧民街に居たなんて。


「足に向けて発砲しても痛がるそぶりすら見せず暴走を続けたらしく、最終的には……射殺された。命を奪うことになったのは不本意だが、放置すれば一般市民が何人巻き込まれていたか……」


 ジャスティンさんの言葉に、隣のライトさんが小さく俯いた。


「そして、現場で身元確認がなされた。その男はが行方不明になっていた貴族の一人だったそうだ」


 まるで状況が理解できない。なぜ、どういうこと。そんな疑問符鹿浮かばない。


「……どういうことですか……? 誘拐されて、貧民街で暴れて……しかも意識が無かった……?」


 自分で口にしながら、その異常さに背筋が寒くなる。


その時、扉がノックされる。ライトさんが扉に駆け寄り何やら話をしている。その途中で「本堂ですか!?」という大きな声が聞こえた。


「ライト、どうしたんだ」


「射殺された男ですが、瞳の色が紅かったそうです」


「なんだと!」


ライトさんからの報告を聞いて、ジャスティンさんも声を荒らげる。紅い瞳……一体それにどういった意味があるのだろうか。


「あの、それがどうしたのですか?」


「いや、それは……」


ジャスティンさんが何か言いよどんでいる。その反応を見てかライトさんが話を続ける。


「レナさんは魔族については知りませんか?」


魔族……聞いたことがない。少なくとも私の周りにはいなかったし、話題に上がったことも無い。


「魔族と言うのは、我々と同じ人類ですが魔法の力に長けた種族でした。かつてはその圧倒的な力で少数ながら強大な勢力を築いていたそうです」


知らなかった。そんな人たちが居るなんて。


「すみません、会ったことも聞いたこともありません」


「まあ、魔族は百年ほど前にほぼ滅びましたから。レナさんの故郷に魔族が居なければ知らないというのもあるかもしれませんね」


「えっと、その魔族と今回亡くなった男性に何の関係が?」


 とうの昔に居なくなってしまった存在。それが一体なぜ今回の件に関係しているのか、私には見当もつかなかった。


「魔族と私たちの違いは魔法の能力だけではありません。魔族の瞳は紅いんです。それは例外なくすべての魔族に見られる特徴でした」


 紅い瞳。

 確かに、私が今まで出会った人たちの中で、そんな色の目を持つ人はいなかった。


 「つまり……その射殺された人は、魔族だったということですか?」


 私は思わず問い返した。けれど、口にしてからすぐに違和感が芽生える。

 さっき、ライトさんは「魔族は百年以上前に滅びた」と言っていた。それなら、なぜ今になって?


「北方には生き残りがいるとは聞いていますが、この国にはいないはずです。もし、彼がそうだとしたら今ごろ国中が大騒ぎになってますよ」


「大騒ぎ?」


どういうことだろう。 生き残りがいたからといって、そんなに大ごとなのだろうか。言ってしまえば、他所の話ではないだろうか。


「百年前、魔族が滅びるきっかけとなったのは戦争です。当時、我々エングル王国を含む連合国と、魔族の統治する国との間で全面戦争があったんです。魔族の強力な魔法によって、我々は敗北寸前まで追い込まれたんです。最終的には産業革命を成し遂げたエングル王国を中心に攻勢に出て勝利を収めたそうですが、当時の恐怖はすさまじいものでしたでしょうし、その歴史は今なお語り継がれ”魔族”という存在は恐怖の対象となっています」


ライトさんの話は正直、私は他人事のようにしか思えなかった。百年前に生きていたわけでもないし、魔族の噂を聞いたことも無い。だから全く実感をもって話を聞くことが出来なかった。


だけど、射殺された男性の状況について報告を受けたライトさんやジャスティンさんの様子を見る限りこの国では只事ではないのだろう。


「よし、嬢ちゃん。頼んでいた捜査協力は一旦、中止だ」


「え……?」


ずっと黙って考え事をしているようだったジャスティンさんが突然そんなことを言い出した。


「危険すぎる。ベルナールには説明しておくから安心しろ」


「でも、これ以上犠牲者を出すわけにはいかないんじゃ……」


それこそ、学園の生徒が巻き込まないなんて保証はない。それどころか、今回の一件で攫われた場合命を落とす可能性があがったともいえる。事は一刻を争う状況になったように思える。


「だめだ。いいか、こちらが決めた以上協力者には従ってもらう。わかったな」


それだけ言ってジャスティンさんは会議室を後にした。残された私hその背中をじっと見ることしかできなかった。

ジャスティンさんの足音が遠ざかり、扉が閉まると会議室に重い静寂が降りた。

 テーブルの上には散らばった報告書と、飲みかけのコーヒーだけ。置き去りにされた湯気が、まるで主を失って行き場を探しているみたいに揺れている。


◆ ◆ ◆


「すみませんね、レナさん。方針をころころ変えて振り回してしまって」


ライトさんは、苦笑ともため息ともつかない呼吸を吐き、小さく頭を下げた。

結局、これからの方針を明確にすることもできず、私たちは警察署の外に出ていた。


「警部にも……事情があるんです」


「事情……ですか?」


私の問いに、ライトさんは一瞬思案する。


「警部は、以前結婚していて。奥さんと娘さんがいらっしゃいました」


「……“いた”ですか?」


「はい。八年前、何者かによって殺害されました。――犯人はいまだ捕まっていません」


思わず言葉を失った。

カルムの町で見せていた、あの適当で面倒くさがりな姿。その裏に、そんな過去があったなんて――

どれほどの喪失を抱えていたのか、私には想像もつかない。


「警部はあなたを現場に出すことを、本当に迷っていました。多分、あなたに娘さんの面影を重ねているのでしょうね。

生きていたら丁度あなたと同い年のはずですから。私情を挟むのは許されないのかもしれませんが、ね」


胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

捜査協力の打ち切り――あの厳しい口調の裏に、そんな理由があったなんて。


「……ライトさんは、止めたほうがいいと思いますか?」


どうすべきなのか、私には分からなかった。

ジャスティンさんのことを考えれば、従うのが正しい。だけど――


「私は警察の人間で、警部の部下ですから。その決定には当然従いますよ」


ライトさんは静かに淡々と答えた。

けれど、そのあとで少しだけ目を細めて、優しく続ける。


「ただ、レナさん。やめたいわけじゃないでしょう?」


――そこまで表情に出てたんだろうか。

確かに、私はこの事件を一刻も早く解決したいと思っている。最初こそ無理やりなやり方に反感は覚えたけど、これ以上、被害者を出すわけにはいかない。そう次第に考えるようになったし、今日の一件はそれをより強くするものだった。

でも、それだけじゃなくて。怖くないわけじゃない。むしろ、怖い。

でも……何もしないでいることのほうが、もっと怖い。


「……私情になるかもしれませんが、友達を守りたいんです」


シャルは魔法の使い手だ。

今回の事件に巻き込まれない保証なんて、どこにもない。

なら、危険の根本を――出来るだけ早く取り除くことが、彼女を守る唯一の方法だ。


「……だから、やめたくありません」


そう言葉にしてようやく、胸の内にあった決意が形になった気がした。

ライトさんは少し驚いたように目を見開いて、それから、ふっと目を細めて微笑んだ。


「そうですか……さて、どうしましょうかねえ」


そのときだった。


警察署の中、廊下の奥の扉が開くのが見えた。


ライトさんがちらりとそちらを見て、眉を上げる。


「……ん?」


その目が、ガラス越しの警察署内に釘付けになった。



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