警察からの呼び出し
王立学園に入学してから、まだ一週間。初めてのことだらけに右往左往する日々が続いている。
そんな朝、学園事務局で一通の手紙を手渡された。
《レナ・フジタ様 明日、王立学園西門近くの警察署へご足労願います》
差出人には、学園近隣にある警察署の名が記されていた。
(……私、何かした?)
まったく心当たりがない。王都に来てからというもの、寮と校舎の往復しかしておらず、事件どころか街で目立つようなこともしていない。
戸惑いを隠すように胸元のリボンをそっと整え、その日の放課後、制服のまま西門を出た。
警察署は、黒ずんだ石造りの壁と重厚なアーチがどこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。入り口で身分を告げると、すぐに中へと通された。
内部は驚くほど静かで、人の気配すら希薄だ。足音だけが冷たい石床に吸い込まれていく。
通された応接室にいたのは――
「よう、嬢ちゃん。久しぶりだな」
「えっ……ジャスティンさん?」
思わず声が漏れた。
カルムの街でお世話になった警部。少し懐かしい顔に、胸の緊張が一気にほどけていく。
「突然呼んで悪かったな。こっちは少し厄介な案件でね」
彼の声には以前と変わらない温かさがあった。だが、その柔らかさも一瞬でかき消される。
「――世間話は後にしてくれ」
低い声が部屋の隅から響く。男が一歩前へと出た。三十代前半ほどだろうか。鋭い目つきと無駄のない動きの長身の男。整然とし、そして威圧感を放っている。
「ベルナールだ。今回お前を呼び出したのは、私だ」
その言葉は短く、冷たい。そして次に放たれた一言が空気を凍らせた。
「お前には、我々の捜査に協力してもらう」
あまりにも突然な命令。思わず眉をひそめる。
「ここ数か月、王都周辺で貴族の連続失踪事件が起きている。十名以上が消息を絶ち、いまだ全員が行方不明のままだ」
「……誘拐、ですか?」
「断定はできん。だが、計画的な犯行の可能性が高い。しかも、失踪者は全員“魔法の使い手”だった」
にわかには信じがたい話。だけどベルナールさんは構わず、冷ややかに続けた。
「知っているだろうが、貴族には魔法の才能に秀でた者が多い。平民で魔法を使える者もいるが、その能力差は歴然だ。動機は分からないが犯人は、その力を狙っていると考えられる」
「……それで、どうして私が?」
「王立学園には魔法に長けた子息令嬢が多く在籍している。そしてお前な」
ベルナールさんは一歩近づき、鋭い眼差しで私を射抜くように見た。
「お前には、学園内に不審人物がいないかを探ってもらう」
「……つまり、私に潜入捜査をしろと?」
「そのとおりだ」
「でも……私はただの生徒です。警察でもないし、そんなこと――」
抗議しかけたところで、彼は鼻で笑った。
「どうやらお前はギルドに所属しているらしいな。ならば責務の一つとして警察への協力もあるだろう」
確かにあった気がする。私は普段は掃除とか店番とかしかしてなかったからその経験はないけど。
「それに、要請を拒めばどうなるか、身元の不確かなお前を逮捕する理由などいくらでもある。王女殿下の庇護があろうと関係ない」
それは、はっきりとした脅迫だった。だが、その目に冗談の色は一切なかった。
「本来なら、経歴不明のお前も取り調べたいところだがな」
吐き捨てるような言葉を最後に、ベルナールさんはくるりと背を向け、硬い足音だけを残して部屋を出ていった。
――静寂。
私はその場に立ち尽くしたまま、ふるえる指先を見つめるしかなかった。
「悪かったな、変なことに巻き込んじまって」
沈黙を破ったのはジャスティンさんだった。眉尻を下げ、申し訳なさそうに続ける。
「本当なら学園の職員に頼みたいんだが……俺たちには信頼できる伝手がない」
その声には、さっきまでの鋭さはなかった。ただ、心からの心配が滲んでいた。
「無理はするな。いいか、自分の身の安全を最優先にしろ」
そう言って彼が机に置いたのは、一丁の拳銃だった。
「これって……」
「相手が誰なのか分からない。もしもの時のために、自分で自分を守れるものが必要だ。使い方は俺が教える」
「……でも、一応、私、魔法は使えるので。最悪、それで――」
「駄目だ!」
思いのほか強い声に、思わず肩が跳ねた。
「前にも言ったろ。嬢ちゃんは人前で魔法を使うべきじゃない」
「……その理由は?」
尋ねると、ジャスティンはしばらく口を閉ざした。視線を逸らし、やがて静かに、押し殺すように言う。
「知らないなら……その方がいい。そう言っただろ」
言葉だけが、重く空気に残った。
私は拳銃をそっと手に取り、その冷たい金属の重みを確かめる。脈打つ鼓動と不安を、深く息を吸って押しとどめるように、静かに拳を握りしめた。




