新天地
担任の先生に促されて教壇に立つと、教室中の視線が一斉に私に集まった。
「本日からこのクラスに編入するレナ・フジタさんだ。では、自己紹介を」
思っていた以上に教室は広く、生徒たちは皆、一様に整った制服を着ていた。王都の貴族子弟が通う王立学園の中でも、このクラスは平民と貴族が混ざる混合クラス――それでも、空気にはどこか張り詰めたものがある。
「はじめまして。レナ・フジタと申します。王立学園に通えることを光栄に思っています。まだ不慣れなことも多いですが、どうぞよろしくお願いします」
一礼をして教室内を見渡すと、ちらほらと拍手をしてくれる生徒たちが目に入った。中には「よろしくね」と声をかけてくれる人もいて、少し、安心する。
だけど、その一方で、冷たい視線もあった。
特に教室前方に座っていた一団の男女――明らかに高貴な雰囲気を纏った彼らは、どこかよそよそしいというより、警戒するような雰囲気を感じた。
(……貴族の人たち、かな?)
挨拶を終えた私はそっちを見ないように席へと向かう。担任に指示されたのは、窓際の中ほど。陽光がよく入る席で、場所だけ見たらあたりだと思えた。
だけど――
その隣に座っていた少女に目を向けたとき、思わず息をのんだ。
真紅の髪が肩にかかるほどの長さで揺れている。整った顔立ちだが、その瞳は鋭く、冷ややかで、私を射抜くように見つめていた。
睨まれている。明らかに敵意のある視線だった。
私は、何も言わずに席に着いた。ただ、彼女の隣で物音を立てないようにそっと椅子を引き、ノートを机に置いた。だけど、視線は消えない。彼女は教科書を開いたまま、視線だけをこちらに向け続けていた。
入学初日から胃がきりきりしそうだ。教室前方にいた男女も恐らくだけど、平民が嫌いなのだろうか。それとも私個人が気に食わないのか、その真意は分からないけど間違いなく好感触じゃない。
だから私は、睨まれていることに気づかないふりをして、前を向いた。
◆ ◆ ◆
昼休みになり、ようやく刺さるような視線が和らいだ。午前中の授業を終え、近くの席の数人の生徒たちと話す機会ができた。
「フジタさんって、どこの町の出身? 名前、ちょっと変わってるよね」
「えっと……出身は別の国なんだけど、ちょっと前までカルムに住んでた」
「へえ、カルム。魔物とか結構出たんじゃない?」
「まあ、そうらしいけど、私は町から出なかったから実感はなかったから」
割と友好的に接してくれる子もいて、私は肩の力を少しずつ抜いていった。名前や出自を詮索する声もあったけれど、悪意を持っているわけではなさそうだった。
相変わらず隣の席の少女はこっちの様子を伺い警戒の色を消さないというのは伝わってきているけど。
和やかと緊張が狭い空間に併存する。そんな空気を変えたのは、教室の扉が開いた音だった。
「失礼します」
その声が聞こえた瞬間、教室が一気に静まり返った。
その場にいた全員が扉の方を見つめる。当然、隣の席の少女も、そちらに注目していた。
扉の横に立っていたのは――シャルだった。
「あ、レナさん!」
シャルは私を見つけると、ぱぁっと笑顔を咲かせる。そして、駆け足で私の机まで来て私の手を取った。
「お昼、ご一緒できたらと思って。お時間、大丈夫ですか?」
教室中がざわつくのが分かる。
「えっ、何、どういうこと?」
「あの平民何者だ?」
「もしかして、フジタさんって、王宮に関係ある人なの?」
周囲が驚きと混乱に包まれていくのが分かった。クラスメイトたちの視線が、さっきまでとは明らかに違っていた。
「えっと、うん。もちろん、大丈夫。行こっか」
私は鞄を手に取り、席を立った。背中に突き刺さるような視線もあったけど、気にしないふりをした。
ただ、視界の端に映った赤い髪の少女の表情――それは先ほどよりももっと、鋭く険しいものになっていた。
クラスになじめるかなと思ったけど、もしかしてかなり浮いてしまっているのかもしれない。
「レナさん、どうしました?」
複雑な表情でもしていたのか、シャルが私の顔を覗き込む。
「ううん、なんでもない」
それでも、まあいいかと思った。人のうわさもなんとやら、というし。そのうちみんな気にしなくなるだろう。それにシャルは私にとって大切な友達だ。一緒に居ることに何の問題もない。いっそのこと堂々としている方が良いのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「うわー、食堂も広いね」
シャルに案内されて、私は食堂の広いホールへ足を踏み入れた。高い天窓から降りそそぐ昼下がりの陽光が差し込んでいる。そこに机が並べられていて生徒たちが思い思いに昼食を楽しんでいるのがわかる。
何人かの生徒がこっちを不思議そうに見ている。多分、王女であるシャルが見慣れない人と一緒に居るのが不思議なのだろう。食堂へ向かう道中でも注目を集めていた。それもシャルではなくどちらかというと私を見ているようだった。
シャルは気にした様子もなく私の手を軽く引き、奥のガラス張りのテラス席へ向かう。硝子越しに中庭とその奥に王城の高い塔が見える。
「ここは日当たりもよくて静かなんです。お気に入りなんですよ」
そう言って微笑むシャルに誘われ、私はようやく息をついた。教室で背に刺さっていた敵意の視線から、ひとまず解放された気がした。
◆ ◆ ◆
「クラスメイトの方々とは仲良くなれそうですか?」
「いや……どうなんだろ」
歓迎してくれる人は居るけど、明らかにそうでない人も多い印象だった。
私は苦笑しながらサンドウィッチを口に運ぶ。王城で食べた食事には及ばないものの十分においしい。
「そうですか……」
シャルは少しだけ眉を下げて、けれど優しく微笑んだままカップを手に取った。
カップの中では、紅茶の表面に光がきらめいていた。
「焦る必要はないですよ。レナさんが素晴らしい人だってことは、きっとみなさん理解できると思うので」
「え、あ……うん。ありがとう」
彼女の言葉は、どこまでも穏やかで優しい。それでいて、しっかりと芯が通っている。こういうとき、シャルは“王女”じゃなくて、私にとっては友達なんだと感じる。
「それに……」
カップをコースタに置きシャルは私をまっすぐ見つめる。
「たとえ、誰が何と言おうとも私はレナさんと一緒に居ますから」
本当に彼女は真っすぐだ。




