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新たな一歩

あれほど慌ただしかった日々が嘘のように、私の生活は静けさを取り戻している。カルムの町は相変わらずのんびりしていて、ギルドの仕事も以前のように、細かい依頼をいくつかこなす日々に戻っていた。


シャルは、私が目を覚ました次の日には王都へ戻った。事件の当事者として、彼女は今も王宮で続く混乱の中、様々な対応に追われているらしい。


……少し、寂しい気持ちもある。でも、彼女には彼女のやるべきことがある。だから、私は私の日常を生きなければならない。


そんなある日、ギルドに届けられた一通の封筒。それは王宮の紋章が刻まれた、重厚な便箋だった。


《エングル王国国王陛下より、レナ・フジタ殿に通達──》


戸惑いながらも内容を読み進めると、要点はこうだった。


「王国への貢献に感謝し、国王陛下が直接礼を述べたい。ついては、王宮へお越しいただきたい」


信じがたい話だった。私なんかに、国王陛下からの招待状だなんて。でも、封筒には王都行き列車の一等車の切符が、きちんと添えられていた。


そして今、私は王都行きの列車に揺られている。


窓の外には、見慣れない風景。田園を抜け、山を越え、遠ざかる汽笛の音が静かに鼓膜を震わせる。


「……本当に行くんだ、私」


小さく独りごちた。無意識のうちに、手にした封筒の縁を指先でなぞっていた。


夕陽が差し込む中、車窓を流れる景色は徐々に赤く染まっていく。列車の規則的な音に合わせて、私の鼓動もゆっくりと落ち着いていく……はずだった。


――でも、本当に大丈夫かな。国王陛下に会うなんて、考えただけで胃が痛い。作法も礼儀も知らないし、何か失礼なことをしたら……。


でも、何より気になるのは、やっぱり――シャルのこと。


彼女が王都に戻ってから、一度も会っていない。便りもなかったけど、きっとそれだけ忙しいのだろう。王族としての責務があるのだから。


でも、もし――今回のことで、また彼女と会えるのなら。


そんな淡い期待を、手放すなんてできなかった。


◆ ◆ ◆


王都の駅に着いたのは、夕刻を少し過ぎた頃だった。


ホームに降り立った瞬間、空気の違いに気づく。カルムの穏やかな空気とは違い、ここはどこか張り詰めた気配がある。人の流れも速く、誰もが忙しそうに歩いていた。


けれど、どこか懐かしさも感じた。


改札を抜けて、迎えが来ているはずの場所を見渡す。


「迎えが来るって話だったけど……」


王宮の使いだろうけと、立派な身なりの人は何人か見かけた。でも、その誰もが私には目もくれず、通り過ぎていく。


不安が胸をよぎり始めた、そのとき。


「……レナさん」


その声に、心臓が跳ねた。あまりにも聞き慣れた声で、でも懐かしさも感じる声。反射的に振り返る。


そこにいたのは――シャルだった。


肩まで伸びた金髪が夕陽を受けて柔らかく輝き、赤い外套をまとった彼女は、真っ直ぐこちらを見つめていた。


「シャル……!?」


名前を呼んだ瞬間、胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


シャルは小さく微笑みながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「お迎えにあがりました。レナさん」


その声は、以前よりも落ち着いていて、けれど変わらないやさしさを宿していた。私の記憶にある彼女よりも、少しだけ背筋が伸びていて――王族としての気品が、自然と漂っている。


「どうしてシャルが?」


「ふふ、来たかったからですよ」


ああ、本当に……終わったんだな。彼女は、ちゃんと帰るべき場所に帰ったんだ。


しみじみとそう思っていると、「ふふっ」とくすぐったいような笑い声が耳に届いた。


「なに?」


「シャルって、呼んでくれるのですね」


そう言って嬉しそうに微笑む彼女は、でもやっぱり年相応の、少女だった。


「馬車をご用意しています。こちらへどうぞ」


少し照れ臭かったのか、彼女は踵を返す。


私はその背を追いながら、ゆっくりと歩き出した。


彼女の先に、一台の黒い馬車が停まっていた。金の装飾が施されたそれは、派手ではないが、静かに威厳を放っている――まさに、王族に相応しい品だった。


「どうぞ」


シャルが先に乗り込み、私も続いて車内へと入る。


やがて馬車は静かに動き出し、窓の外の景色がゆっくりと流れ出す。夕日が街並みに長い影を落とし、王都の石畳を黄金色に染めていく。


「そういえば、国王陛下って……どんな方なの?」


「ええ、そうですね……とても厳格な方ですが、私には優しい父でした」


「そっか……厳格か……」


大丈夫かな。失礼があっても、怒鳴られないくらいで済むといいんだけど。


「もう、それ聞いただけで、胃が痛くなってきた……」


私が苦笑すると、シャルは思わず吹き出した。その笑顔に、ほんの少し肩の力が抜ける。


そして、馬車は王宮の正門へと近づいていった。


白の石造りの荘厳な建物が、どんどんとその距離を縮めていく。


――いよいよだ

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