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便利屋 レナ

「お疲れ様です。こちらが今回の報酬です」


「ありがとうございます」


ギルド受付のエマさんが、報酬の入れられた袋をカウンターに置く。


「今日は、あと一件だけですか?」


報酬を鞄にしまっていると、エマさんが今日の残りの予定を尋ねてきた。


「はい。清掃の依頼です」


私はレナ。このカルムの街で冒険者として生活している。


冒険者というのは、街の外に現れる魔物を討伐したり、護衛依頼を受けたりして報酬を得る職業だ。魔法や武術に秀でた者がなる職業──


……もっとも、私は戦えない。


魔法がまったく使えないわけではない。でも、戦うこと自体に強い抵抗がある。


以前、ほかの冒険者の魔獣討伐を見学させてもらったことがある。けれど、目の前で繰り広げられた光景はあまりに凄惨で……今でも忘れられない。あんなことをするくらいなら、稼ぎが少なくてもいいとさえ思った。


だから私は、街中で完結する依頼──命に関わらない仕事だけを選んで受けている。

配達、掃除、店番……冒険者というより、ただの便利屋みたいなものだ。


「ここでの暮らしには、慣れてきましたか?」


「はい。おかげさまで」


私は半年前、この国──エングル王国にやってきた。

大陸西部に位置し、海に囲まれたこの国は、世界で初めて産業革命を成し遂げた国でもある。


都市部はガス灯で照らされ、国土を縦横に汽車が走る。

小さな国土に、膨大なエネルギーを秘めた国――それが、エングル。


エマさんは、右も左も分からなかった私を受け入れ、仕事を紹介してくれた恩人だ。

他にも、たくさんの人に助けられて、私はここで生きている。



エマさんに「夕暮れまでには戻る」と伝え、依頼先へと向かう。

今回の仕事は、部屋の清掃。依頼主は「マルタン商会」という団体らしい。


街中を歩いていると、レンガ造りの建物が見えてきた。


「ここ……かな」


看板には、“マルタン商会”の文字。間違いない。


ノッカーを叩こうと、手を伸ばしかけた──その時だった。


──助けて。


「……え?」


誰? どこから?


突然、頭の中に響いた声に思わずあたりを見回す。けれど、通りに人の姿はない。


気のせい……? でも、たしかに聞こえた。“助けて”って。しかも、あの声……


「どうかされましたか?」


「っ!?」


困惑して立ち尽くしていると、扉が開き、中から男性が顔を覗かせた。

商会の関係者だろう。こちらに訝しげな視線を向けている。


「あ、あの……清掃の依頼で」


「ギルドからですね。お待ちしておりました」


男はうなずき、私を中へと案内した。


中に入ると、広々としたエントランスが広がっていた。


(……こんな広い場所、掃除するの大変そう)


そう思ったが、ぱっと見たところ、それほど汚れてはいない。


「片付けてほしいものは、地下室にあります」


周囲を見回していた私に気づいたのか、男が奥の扉を指さした。


「掃除に使う道具は、この鞄に入っています」


そう言って渡された鞄を受け取り、私は地下室への扉を開ける。


中は薄暗く、照明ひとつない階段が続いていた。

踏みしめるたびに響く足音。それと、背後からついてくる男の気配。どうやら私の後ろをついて歩いているようだ。


妙な不気味さに。もう仕事を受けたことを後悔していたけど、今さら逃げるわけにもいかない。

依頼を受けた以上、最後までやり遂げなければ信用にも関わる。


「前の扉を開けてください」


やがて行き止まりにぶつかり、重厚な鉄扉が現れた。


押してみるが、びくともしない。

蝋燭に火を灯してよくみると、かんぬきがされていた。それを横にずらすと、あっけなく扉が開いた。


「あれ……?」


違和感を覚え、思わず後ろを振り返る。でも遅かった。


目に飛び込んできたのは──閉じられる鉄扉。

直後、かんぬきが外側から動かされた音がした。


「──あの!」


「仕事だ」


「え……?」


男の声が冷たく変わる。


「奥の部屋に人がいる。殺せ。それがお前の仕事だ」


言われた瞬間、意味が分からなかった。


──殺せ? 私が? 人を……?


「鞄の中には掃除道具が入ってる。しっかり使えよ」


そう吐き捨てるように言って、男は階段を上っていった。


私は恐る恐る鞄の中を開けた。


入っていたのは、掃除道具ではなかった。

一枚の便箋と──一本のナイフ。


手が震える。便箋を開くと、そこにはこう書かれていた。


──このナイフを使って、隣の部屋にいる方を殺してください。

終わるまで地下から出すことはできません。

ストックが続く限り毎日投稿します。

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