便利屋 レナ
「お疲れ様です。こちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます」
ギルド受付のエマさんが、報酬の入れられた袋をカウンターに置く。
「今日は、あと一件だけですか?」
報酬を鞄にしまっていると、エマさんが今日の残りの予定を尋ねてきた。
「はい。清掃の依頼です」
私はレナ。このカルムの街で冒険者として生活している。
冒険者というのは、街の外に現れる魔物を討伐したり、護衛依頼を受けたりして報酬を得る職業だ。魔法や武術に秀でた者がなる職業──
……もっとも、私は戦えない。
魔法がまったく使えないわけではない。でも、戦うこと自体に強い抵抗がある。
以前、ほかの冒険者の魔獣討伐を見学させてもらったことがある。けれど、目の前で繰り広げられた光景はあまりに凄惨で……今でも忘れられない。あんなことをするくらいなら、稼ぎが少なくてもいいとさえ思った。
だから私は、街中で完結する依頼──命に関わらない仕事だけを選んで受けている。
配達、掃除、店番……冒険者というより、ただの便利屋みたいなものだ。
「ここでの暮らしには、慣れてきましたか?」
「はい。おかげさまで」
私は半年前、この国──エングル王国にやってきた。
大陸西部に位置し、海に囲まれたこの国は、世界で初めて産業革命を成し遂げた国でもある。
都市部はガス灯で照らされ、国土を縦横に汽車が走る。
小さな国土に、膨大なエネルギーを秘めた国――それが、エングル。
エマさんは、右も左も分からなかった私を受け入れ、仕事を紹介してくれた恩人だ。
他にも、たくさんの人に助けられて、私はここで生きている。
◆
エマさんに「夕暮れまでには戻る」と伝え、依頼先へと向かう。
今回の仕事は、部屋の清掃。依頼主は「マルタン商会」という団体らしい。
街中を歩いていると、レンガ造りの建物が見えてきた。
「ここ……かな」
看板には、“マルタン商会”の文字。間違いない。
ノッカーを叩こうと、手を伸ばしかけた──その時だった。
──助けて。
「……え?」
誰? どこから?
突然、頭の中に響いた声に思わずあたりを見回す。けれど、通りに人の姿はない。
気のせい……? でも、たしかに聞こえた。“助けて”って。しかも、あの声……
「どうかされましたか?」
「っ!?」
困惑して立ち尽くしていると、扉が開き、中から男性が顔を覗かせた。
商会の関係者だろう。こちらに訝しげな視線を向けている。
「あ、あの……清掃の依頼で」
「ギルドからですね。お待ちしておりました」
男はうなずき、私を中へと案内した。
中に入ると、広々としたエントランスが広がっていた。
(……こんな広い場所、掃除するの大変そう)
そう思ったが、ぱっと見たところ、それほど汚れてはいない。
「片付けてほしいものは、地下室にあります」
周囲を見回していた私に気づいたのか、男が奥の扉を指さした。
「掃除に使う道具は、この鞄に入っています」
そう言って渡された鞄を受け取り、私は地下室への扉を開ける。
中は薄暗く、照明ひとつない階段が続いていた。
踏みしめるたびに響く足音。それと、背後からついてくる男の気配。どうやら私の後ろをついて歩いているようだ。
妙な不気味さに。もう仕事を受けたことを後悔していたけど、今さら逃げるわけにもいかない。
依頼を受けた以上、最後までやり遂げなければ信用にも関わる。
「前の扉を開けてください」
やがて行き止まりにぶつかり、重厚な鉄扉が現れた。
押してみるが、びくともしない。
蝋燭に火を灯してよくみると、かんぬきがされていた。それを横にずらすと、あっけなく扉が開いた。
「あれ……?」
違和感を覚え、思わず後ろを振り返る。でも遅かった。
目に飛び込んできたのは──閉じられる鉄扉。
直後、かんぬきが外側から動かされた音がした。
「──あの!」
「仕事だ」
「え……?」
男の声が冷たく変わる。
「奥の部屋に人がいる。殺せ。それがお前の仕事だ」
言われた瞬間、意味が分からなかった。
──殺せ? 私が? 人を……?
「鞄の中には掃除道具が入ってる。しっかり使えよ」
そう吐き捨てるように言って、男は階段を上っていった。
私は恐る恐る鞄の中を開けた。
入っていたのは、掃除道具ではなかった。
一枚の便箋と──一本のナイフ。
手が震える。便箋を開くと、そこにはこう書かれていた。
──このナイフを使って、隣の部屋にいる方を殺してください。
終わるまで地下から出すことはできません。
ストックが続く限り毎日投稿します。