第4話:夜の王都と影の令嬢
夜の王都は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
リィナは屋敷の窓から外を見下ろす。街灯に照らされる石畳は、まるで銀の帯のように輝いている。
その光景に、誰も気づいていない小さな混乱の痕跡が、静かに影を落としていた。
「計画通り……」
口元に薄く笑みを浮かべ、リィナは小さくつぶやく。
昨日、祭事で起きた小さな騒動は、王子と聖女の心理に微細な亀裂を残した。
王子は焦り、聖女は不安に揺れる。民衆の疑念は、少しずつだが確実に広がっていた。
リィナはその変化を、森の影から静かに見守る。
「面白くなってきたわ……」
今夜のリィナの狙いは、直接的な心理攻撃。
王子が過去に隠した失態の噂を密かに流す
聖女の小さな偽善を民衆の耳に届ける
王都で密かに動く自分の忠実な駒を活用して、二人の判断を狂わせる
森の奥で、リィナは手元の手紙を微かに灯りに照らす。
その筆跡は無数の計算を重ねて書かれたもので、読む者に「偶然ではない」と感じさせる巧妙さがあった。
「これで、王子も聖女も、逃げ場はないわね」
夜の王都に忍び込むリィナ。
黒いマントに身を包み、影のように静かに歩く。
民衆のざわめきの中、彼女は小さな手先を通じて情報を拡散する。
誰も気づかない――でも、街の空気は少しずつ変化していた。
王子の表情がひきつる。
「どうして……こんな噂が……」
聖女もまた、動揺を隠せない。民衆の視線は自分たちの足元に向かい、冷ややかな疑念が心を掻きむしる。
「計画、順調ね……」
リィナは遠くからその様子を観察し、満足げに息を吐く。
一つ一つ、彼らの心理を操作する感覚は、戦場の剣を振るう感覚とは別の興奮があった。
その夜、屋敷に戻ったリィナは、剣を手に取り、微かな月光に反射する刃を見つめる。
「力でなく、知恵で世界を揺さぶる……これが、悪役令嬢の本懐」
暗い瞳に、冷たくも美しい光が宿る。
「でも、まだ序章よ……」
彼女の計算は続く。王子と聖女を追い詰め、民衆を味方につけ、世界を掌握するまでの道筋は、既に頭の中で描かれていた。
リィナの影は、夜の王都に静かに溶けていく。
そして、誰も気づかないうちに、世界は少しずつ、彼女の手の内に組み込まれていった。