第2話:追放令嬢の逆襲
夜風が森を揺らす。リィナは暗闇の中、足音ひとつ立てずに歩いた。
誰もいない。安全な場所も、友も、もう存在しない。
ただ、自分だけが残った世界。
「……ふふ、悪役令嬢の始まりね」
口元に微笑みを浮かべ、リィナは自分自身を奮い立たせる。
目の前の小さな剣を握りしめ、闇に潜む感情を力に変えていく。
「復讐……いや、正義の改変。世界をもう一度掌握するわ」
追放後の最初の一歩は、情報収集から始まる。
王都の城、聖女や王子たちの居場所、街の権力構造――すべてを知る必要がある。
リィナはひっそりと、森を抜け、夜陰に紛れて街に忍び込んだ。
闇夜の影を駆使し、誰の目にも触れず、耳を澄ませる。
酒場のざわめき、王子と聖女の密談、兵士たちの噂――
情報は小さな滴のように、リィナの脳裏に落ちていく。
彼女の瞳が光を宿す。
「なるほど……これなら計画は簡単ね」
リィナは、自分が「悪役令嬢」にされたことを逆手に取る作戦を思いついた。
王子たちの信頼を逆手にとる。
聖女の偽善を暴き、民衆の目をそらす。
街の小さな騒動から影響力を拡大する。
計画は単純だが、効果は絶大。
勇者だった頃の無垢な正義を捨て、策略を駆使するリィナは、静かに笑った。
森を抜け、街外れの古びた屋敷に身を隠す。
ここはかつて、彼女が知らず知らずに助けた人々が使う隠れ家。
少しの礼を済ませ、夜ごとに策を練る。
地図を広げ、誰に何をさせ、どのタイミングで情報を流すか――指先で線をなぞる。
「……これで、あの人たちも驚くでしょう」
リィナの中で、かつての勇者としての理想は影を潜め、代わりに冷徹な計算が支配していた。
しかし、その瞳にはまだ人間らしい感情が残る――悲しみと怒り、そして少しの快感。
翌日、街ではさっそく小さな騒動が起きた。
王子が貴族の家に出向いた直後、屋敷に火災が起きる。
だが現場にリィナの姿はない。誰も気づかない。
噂はすぐに広がる。「勇者を追放した令嬢が、密かに手を打ったのではないか」と、民衆の興味は王子たちの過失へと向く。
リィナは遠くからその様子を見ていた。
「まだ始まりにすぎないわ」
冷たい月光が、彼女の髪と鎧に反射する。
かつて勇者として戦った少女は、今や悪役令嬢として復讐の舞台に立っていた。
夜が更け、街は静寂に包まれる。
リィナは森の奥深くで剣を磨きながら、次の一手を考えた。
「王子も、聖女も、皆、私の盤上の駒。逃げ場はない」
瞳に映る影は、もうかつての自分ではなかった。
鋭利で、美しく、恐ろしい――
悪役令嬢としてのリィナが、今、世界を見つめている。