第1話:悪役令嬢にされた勇者
「お前は魔王と繋がっていた。勇者失格だ」
その言葉が、リィナの耳に刺さった瞬間、世界が崩れた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。目の前には微笑む王子、涙を浮かべる聖女、そして仲間たち――皆の視線が、冷たく尖っていた。
「え……なに?」
声にならない声が喉から漏れた。剣を握る手が震える。戦いを共にした仲間たち、共に笑い、泣き、勝利を分かち合った者たちが、口を揃えて告げる――自分が裏切り者だと。
リィナの心臓は、突き刺さる刃のように痛んだ。
勇者として、世界を救ったはずなのに。
「リィナ……ごめん、もう……」
仲間の一人が俯いた。声は震え、しかしその目には迷いはない。全員が決めた運命の前では、感情など意味を持たないのだろう。
「いや……違う、違う!私は……」
言葉は空を切った。王子が一歩前に出て、リィナを睨みつける。
「嘘はやめろ。魔王の手先だったんだろう?お前が勇者を名乗る資格はもうない」
その瞬間、リィナの中で、何かが割れた。
涙が、悔しさが、怒りが――渦巻く感情が、彼女を突き動かす。
目の前の光景は、正義の仮面を被った偽善だった。
「……わかったわ」
リィナは剣を地面に置き、静かに微笑んだ。
「そっちが私を“悪役令嬢”にしたのなら、覚悟してもらうわ」
誰も理解できない、その声の重み。
勇者だった少女が、悪役令嬢として覚醒する――その瞬間だった。
夜の森にひとり、追放されたリィナは息を整えながら、かすかな月明かりに照らされた剣を見つめる。
「もう、誰にも操られない……」
彼女の瞳は、決意で揺らめいていた。
失ったものは多い。信頼も、仲間も、地位も――でも、まだ残っている。
知恵も、策も、そして、何より、戦う力が。
「……あの人たちに、見せてやる。リィナの本気を」
その声に、夜風が微かに応えた。
森の奥、遠くで獣が鳴く。しかし、リィナの胸には嵐が吹き荒れていた。
悲しみも、怒りも、すべて力に変えて。
一夜にして世界から追放された少女は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、暗闇の中で微笑む――その笑顔は、もはやかつての勇者ではなく、これから世界を震わせる悪役令嬢そのものだった。
月明かりの下、リィナは握りしめた剣を見つめる。
「さあ、始めましょうか。本物の悪役令嬢の復讐劇を」