元伯爵家の令嬢の婚約者である医師は、悪徳領主を断罪する
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サーダルソンという町がある。
この周辺を支配する、ザギ・サーダルソンが住んでいる町だ。
昼だというのに、誰もが俯いて暗い表情をしている。
貧困者が多く、町もボロボロの建物が多い。
しかし、町の一番奥にあるサーダルソン城は無駄に豪勢で、異質にさえも感じられる。
黄金で作られた外面。
扉も金で、町の輝きがそこに集中しているようだった。
ザギ・サーダルソンという男は、欲にまみれた生活を送っている。
女を毎晩とっかえひっかえし、食べ物は自分の好みの物を貪り食う醜い男だ。
腹は出ていて二重顎。
だが鋭い目つきをしており、他人が見れば畏怖を覚えてしまう風貌。
何もかもを自分の自由にできるザギであったが、頭髪が無いことだけがコンプレックスであった。
「おい、今日もいい女を用意せよ」
「はっ。」
「ふふふ……ローシュよ。お主だけは私の言いつけをよく守るいい男だ。この町は将来お主にやろう」
「ありがたき幸せ」
銀髪の美青年、ローシュ・サーダルソン。
醜いザギの、美しい子供であった。
年齢は20歳。
その美貌に女性は釘付けなり、一瞬で恋に落ちてしまうほどだ。
彼の唯一のネックは父親のザギであろう。
そんなローシュであったが、ザギには従順であった。
ザギが言うことには逆らわず、命令は全て推敲する。
ザギからすれば信頼のおける駒、町の人間からすれば厄災を振りまく悪魔の使いのようにとられていた。
ザギの欲望に耐えきれなくなり逃げ出そうと画策する者もいるが、彼はそれを許さない。
脱走しようとした者の死体を広場に吊り、見せしめにすることもしばしば。
恐怖に支配され、不満は募るばかり。
「先生、助けてくれ!」
「どうしたんだ?」
「息子が、ザギ様に……」
そんなある夜のこと、医者の元に飛び込む町人の姿があった。
彼は小さな子供を抱き、涙を流しながら医者に助けを懇願する。
医者の名前はフィン・スターロード。
黒髪の青年だ。
ボロ小屋で医者をしているので大した道具は無い。
だが彼には大いなる力【ギフト】があった。
人の怪我や病気を治せる魔術を使用でき、それを頼りに連日人が押し寄せる。
男の慌てぶりにフィンはただ事ではないと察し、子供をベッドに寝かせるように指示した。
「ここに早く!」
「あ、ああ!」
子供はボロボロだった。
目が腫れ、吐血し、手足の骨が折れている。
凄惨な状況に、フィンは息を飲み。
「これは……」
「ザギ様がやったんだよ! 前を通りかかったってだけで、それだけでこのありさまだ」
「…………」
怒りを胸に覚えながら、子供の治療をするフィン。
彼の魔術の精度は素晴らしく、怪我はすぐに引いていく。
子供の荒かった息は戻っていたが……だが息さえしていないことに気づいた。
「おい……何で息してねえんだよ!」
「すまない……助けられなかった」
「なんでだよ……なんでうちの子供がこんな目に……うわぁあああああああ!!」
父親の悲痛な叫びが夜にこだまする。
どうすることもできなかった無力さに、フィンは拳を強く握り締めた。
「フィン……助からなかったのね」
「ああ。間に合わなかった……俺の所為だ」
「あなたの所為じゃありませんわ。全ての元凶はあの男――ザギ・サーダルソンにあります」
部屋に入ってきた美女。
彼女は元伯爵家の令嬢、ミューズ・アワルーノ。
長く波打つ青い髪。
やや高めの背に、完璧なスタイル。
彼女の美しさは天から与えられたものとしか形容できないほどに優れたもので、男なら誰もが振り向いてしまうほどだ。
そんな彼女はボロ布のフードをかぶり、顔を見られないようにしている。
それはザギの魔の手から逃れるために。
彼女ほどの美女は一目みただけで、我が物にしようとするに違いない。
そんなことをさせないため、彼女のことを知る者たちで、常に匿っているのだ。
「元凶は君を危険な目に遭わせるはずだ。この町から逃げた方がいい」
「あなたも一緒に逃げてくれますか? あの時のように」
アワルーノ伯爵家は没落してしまった。
原因は破産から始まった。
家を維持するだけの経済力を失い、そのうえ弱っているところを賊に襲われてしまったのだ。
両親と兄は死に、偶然居合わせたフィンがミューズだけを救うことができた。
それから彼女はフィンと共に行動し、この町へ流れ着いたのである。
「俺はこの町を見捨てることはできない」
「なら私も、この町に残りましょう。私は常にあなたと共にあります」
「でも……」
「そうだ、先生も一緒に、とっとと逃げろ。こんな地獄のような場所にいたところで、将来なんてねえぞ。俺も今夜町を抜ける」
「そんなことをしては危険なのでは?」
これまで町から逃げようとしてきた者はローシュに捉えられ、全身を焼くという残虐な仕打ちをされた後に、首をはねられるのだ。
他のザギの手の者に捕まっても死体を吊るし上げられる。
逃げ切ることはほぼ不可能と言っていいだろう。
そんな状況で逃げるのは危険極まりない。
「もう死んでもいいんだ。元々よそ者の先生たちなら簡単に逃げ延びれるはずだ。悪いことは言わねえ。逃げろ。絶対にそうした方がいい」
「…………」
子供の遺体を抱き、父親は闇の中に消えて行く。
それを見送ることしかできなかったフィンとミューズ。
そして彼はその次の日、全身を焼かれて頭部だけがこの町に戻ってきた。
「ぎはははははは! 俺から逃げようとするからこうなる。俺のために働くゴミムシの数が減ったのは痛いが、他のやつらをもっと働かせればそれでよいだろう」
肉を食らい、口元を汚しながらそう話すザギ。
死体の頭部を見て、大笑いしている。
「しかしでかしたぞ、ローシュ。お前はいつも俺のために働いてくれる。これからも頼りにしているぞ」
「はっ。ですが、約束は守っていただきたいのですが……」
「分かっている。お前の兄たちには後を継がせるようなことはせん。この町はいずれお前の物になる。安心しろ」
「……ありがとうございます、父上」
ザギのために働くローシュ。
父親からの信用は確実なものになっていた。
彼には三人の兄がいるが、彼らはすでにこの町にはいない。
父親のやり方に嫌気がさし、町を去ったのだ。
ザギと言えど、さすがに子供を殺すことまではしないらしく、彼らのことは放置している。
そして唯一裏切らない息子ローシュのことは、大事にしていた。
自分を裏切らない、それがザギにとって何より大切な要素である。
それからも住人にとって地獄の日々、ザギにとって天国の日々は続いた。
仕事をし、そのほとんどをザギが吸い取る構造により、逆らうことができない毎日。
一日ごとにザギに対してのヘイトはたまる一方だった。
町の空気は最悪で、いつ暴動が起きる分からない。
しかしザギに対しての恐怖心は抱いたまま。
もう何も変わらないまま、ザギが治める地域で生きていくのか。
町の全員が絶望を抱き始める。
だがある日のこと、町の将来を左右される出来事が起きようとしていた。
それは――
ザギがミューズの存在を知ったことだ。
隠れるようにして行動していたミューズ。
だがその日、偶然町に出ていたザギが彼女の姿を見つけてしまった。
月光だけが町を照らす夜。
風によってフードがはだけ、彼女の顔が露わになってしまった。
それをタイミング悪く、ザギが見ていたのだ。
「おい、貴様はどこに住んでいる?」
「…………」
「答えろ!」
真っ青な表情のミューズに対し、ザギは歓喜に満ちた顔をしていた。
まさかこれほどの美女が町に潜んでいたとは。
誰かが上手く隠していたのだなと考えるも、だがそんなことよりザギにとっては、ミューズを自分の物にした衝動に支配されていた。
ザギの姿を見て逃げ出すミューズ。
ザギは「あっ!」と声をを上げ、隣にいたローシュに命令を下した。
「いいか、あの女を掴まえてこい! 絶対に我の物にする!」
「……はっ」
恭しく首を垂れ、ローシュは走って行く。
「ククク……あれだけいい女なら楽しめそうだ。頼むぞ、ローシュ」
邪悪な笑顔でそんなことをつぶやくザギであったが……彼女を捕えたという話を聞いたのは、それから三日後のことであった。
あまりの遅さに若干の怒りを覚えつつも、ザギはローシュのことを褒めた。
「さすがはローシュ! でかしたぞ。で、女はどこだ?」
「はい。城の地下に幽閉しております」
「ははは、今夜は楽しくなりそうだ」
ローシュに案内されるがままに、地下の牢屋へと向かうザギ。
地下にはいくつもの独房、雑居棒があり、収容されている囚人たちがザギを睨む。
ザギからすれば虫がたてついているようなもので、目障りなだけであった。
フンと鼻を鳴らしながらそこを通り抜けていく。
地下の一番奥には木製の扉があり、ローシュはその前で止まる。
「こちらに女がおります」
「そうか」
ザギの胸はたぎっていた。
(あれほどの女はそうそういない。存分に堪能させてもらおうではないか)
重たい扉を開くと、そこにはミューズの姿があった。
醜悪な笑みを浮かべ、ザギは近づいていく。
一歩、二歩、ミューズに近づく度に彼は歓喜を膨らませていった。
だが。
「んん? 誰だお前は?」
ミューズの背後には一人の男がいた。
男はフィン。
フィンは冷たい瞳で、ザギを見据えていた。
まるでゴミでも見るような、そんな目つきだ。
「初めまして。。俺はフィン。この町で医者をやらせてもらってる魔術師だ」
「ほう? その医者で魔術師が何の用だ?」
「ははは。まだ気づいていないのか。あんたは俺の策略でここにいる。そして残りの生涯をここで暮らすことになる」
「は?」
バタン!
と、背後から重たい扉の閉まる音が聞こえる。
ザギが振り返ると、ローシュが扉を閉め、フィンと同じく冷たい視線をザギに向けているのが分かった。
ザギはそれを見て嫌な予感を覚え、冷や汗をかき始める。
「ロ、ローシュ……どういうつもりだ?」
「……ここまで長かった。あんたが俺を信用し、部下を連れずにここまでおびき出すのに、三年もかかった」
「あなたはフィンとローシュ様の罠にかかったのです。まだお分かりになりませんか?」
ミューズの堂々たる言葉。
その美しさに息を飲みながら、自分が置かれた状況にザギは息を荒くしていた。
「おい……俺はこの町の領主だぞ!」
「クソみたいな領主で、どうしようもないってところまで知ってる。あんたは人の上に立つべき人間じゃない。この地下で蛆虫のようにいかされている方がお似合いだ」
「な、なんだと……貴様、俺にこんなことをしてどうなるか分かっているのか!?」
「だから、まだ分かっていないのは父上の方だ」
ローシュは下唇をかみしめながら続ける。
「どれだけの人間が犠牲になったか……あなたのような人間は領主に相応しくない。仰っていた通り、この町のことは私に任せてもらいます」
「ふざけるな! 俺は、俺は王だ。全てを自由にできる王様だ!」
「何を言っている。人を傷つけ、人を不幸にして、自分だけが幸福気分を楽しんでいるのが王様なわけないだろ。王様ってのは、自分の手が届く範囲の者たちの生活を守る役目を担う人物だ。あんたは到底そんな人間じゃない」
「これまで死んでいった者の家族。そしてあなたに泣かされて来た人々の恨み。それらをすべて憶えいますか?」
ミューズがそう言うが、ザギは憤慨して反論しようとする。
しかし、フィンたちの背後から現れる人物たちに顔色を青くした。
「お、お前は……何で生きているんだ!?」
「ローシュ様が死んだ風に見せてくれたんだよ」
現れたのは、先日息子を亡くした父親。
彼はローシュが殺したと報告し、遺体をザギに手渡したが、それはフェイクであった。
ザギに殺された人物の死体を燃やし、それを彼の遺体だとしてザギに提供したのだ。
自分がこれまで騙されてきたことに怒り、ローシュを睨むも、次々に姿を現せる復讐者たちにそれどころではない。
「私は娘をあんたのおもちゃにされた。娘は自殺して死んだんだよ!」
「俺の母親は邪魔だって、あんたに蹴り殺された」
「俺の家内もだ! みんなお前に恨みを持つ者たちだ」
「な……なんだ……なんなんだよ、貴様らは!」
フィンはザギに近づき――そして彼の顔面に拳を叩きこむ。
細い腕から放たれた重たい一撃に、ザギは地面を転がる。
「痛い痛い! 何をするんだ!」
「まだまだ序の口だろ。お前がやられるのはこれからだ。これから死ぬまで、ここで罰を受けてもらう。大切な人たちを奪われた人たちの恨み、思い知れ」
「う、嘘だろ……痛いのは嫌だぞ」
「お前は嫌で済ませたことがあるのか? 無いよな。あんたの欲望をぶつけ、他人の気持ちを慮ることは無かった。全てはお前のやって来たことの結果だ」
「ひぃ……嘘だろ。おい、近づくな! 俺に近づくんじゃない!」
ザギに迫る町人たち。
その瞳には確かな殺気が宿っている。
怯え、後ずさりするが逃げ道は無い。
「ローシュ、助けるんだ!」
「助けませんよ。あなたはここで一生暴力を振るわれ続けるんだ」
「い、一生って……そんなの無理に決まってるだろ! 人間には限界があるんだ! すぐに死んでしまう!」
「大丈夫だ。俺は医者だから。怪我はすぐに治してやる」
フィンが言ったことに、これからの地獄を想像するザギ。
ガチガチ歯を鳴らし、絶望から命乞いを始めた。
「頼む……これまでのことは謝罪する。だから俺を許してくれ! これからはまっとうな人間になり、町を治めることを約束するから!」
「町を治めるのはローシュだ。お前は地獄を楽しむんだな」
「助けてくれ……誰か、助けてくれ!!」
◇◇◇◇◇◇◇
ザギは行方不明扱いとなり、彼が言った通り、ローシュが後を継ぐこととなった。
ローシュはまず、黄金の城を解体し、そのお金で町の貧困を救う。
そして町の人々の人権を取り戻し、領主就任から一年後には、サーダルソンは明るい街となっていた。
彼の傍らには相談役として医者のフィンがいた。
フィンはミューズと結婚し、生涯をこの町で過ごすこととなる。
そしてザギが行方不明になってから十数年、新しく建てられた城の地下からは、男性の叫び声が毎晩聞こえていたそうな……
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