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タクシードライバーの業界用語【まさか宇宙人の隠語まであったなんて!】  作者: 尾妻 和宥


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5.【トカゲ】【龍系】の正体

「私はこう見えて【地獄耳】でしてね。あなた方が近づいてくる途中から、盗み聞きしていました」と、【00】は言った。おれはルームミラー越しに、彼の顔をつぶさに観察した。ボイスチェンジャーじみたキンキンした声は、男とも女ともとれるが、性別は男だろう。いや、両性具有だったりして……。突出した黒い瞳からは、なんの感情も読み取れない。「タクシードライバーの業界用語ですか。私たち種族を意味する【00】をはじめ、【トカゲ】、【龍系】、【外様とざま系】とは実に興味深い。そんな宇宙の秘密をご存知とは、あなた、ただ者ではありませんね」


「恐縮です」サイトウ氏は声を弾ませた。「私、こう見えて、月刊『ムー』の愛読者でしてな。創刊のころから支持しておりまして、購読歴45年になります。仕事のかたわら、その手の研究に打ち込んでいるのです」


「ますます訳がわからん」と、おれはハンドルを握ったまま身体を反らせて言った。道は依然暗く、一向に明かりが見えてこない。おれの未来まで暗澹あんたんたる見通しだった。「さっきからなんです、それらの隠語の意味って」


「杜山……じゃなく、【00】よ。せっかくだから君の口から説明してやってくれ」


「よろしいですとも。助けてくれたお礼の印に」と、【00】は大きく頷き、両手を広げた。なんと、指は4本しかない。「言うまでもなく、私のようなタイプ【00】は、誘拐アブダクション事件などから、宇宙人の代表格として世間に知れ渡っているようですが……。私たちは定期的に実験体を捕らえ、有益なデータを手に入れているにすぎません。個体を殺処分することなく、記念のチップを埋め込み、成長具合を随時見守っているのです。君たちの言うところの親心のつもりです。私たちは観察者であって、傍観者にすぎず侵略者ではありません。むしろ、悪しき【トカゲ】や【龍系】、【外様系】などと混同されるのは心外です。そのへんをはき違えないでいただきたい」


「これは失礼しました」と、サイトウ氏。小声で囁く。「……えらく張り切ってるじゃないか。そこまでグレイタイプになりきるとはな。もしかしてキャバクラ譲の前職まえは、劇団員だったとか?」


 【00】はサイトウ氏のツッコミをいなし(、、、)、身ぶり手ぶりでこう言った。


「私たちは遥か遠く、レティクル座ゼータ星からやってきたのです。地球は肥沃な牧場ではありますが、私たちは家畜の命をもてあそんだりはしない。君たち人類が近い将来、肉体的にもスピリット的にも進化を遂げ、共存できる日を夢見て、こうして何世代も重ねて長旅をくり返しているのです。……脇道に逸れましたな、話をもとに戻しましょう。【トカゲ】はレプティリアンを指します。ヒト型爬虫類で、私たちとは相容あいいれぬ関係です。【龍系】は文字どおりドラコニアンのことで、銀河系龍座に本拠を置くことで知られています。その存在は、しばしば陰謀説にこだわる地球人の妄想と思われがちですが、やはり宇宙の彼方からやってきていたのです。ドラコニアンにすれば、地球上の人類は単なるえさにすぎません。だから【龍系】は、君たちにとって極めて危険な存在だと言えるでしょう。ドラコニアンの配下に、私たち【00】が従っているとの説もありますが、とんだお門違いです。【トカゲ】、【龍系】の真の目的は、諜報員を送り込み、ゆくゆくは『人類ハイブリッド化計画』を狙っているのです」


 こいつはなにを言っているんだ? 【00】の金属音めいた言葉がおれの脳を刺激し、片頭痛のような不快さでいっぱいになる。そもそも話が難解すぎて、理解が追いつかない。


「おい、杜山君、度がすぎるぞ。そろそろ変装を解きたまえ。もう充分だ」


 いきなりサイトウ氏は割って入った。帽子を脱ぐ。


「は? 杜山って、オペレーターの杜山ですか?」


「おい、田邉。最近の君の接客態度がなっとらんと、【ネギ】の報告を小耳にはさんだ。頭に来て、きゅうを据えにきたんだ」


 サイトウ氏は口髭を剥いだうえ、サングラスもはずした。

 数年前にお目にかかった社長の顔が現れたのだった。ハレー彗星並にめったに姿を見せないので、おれも元の顔をすっかり忘れていたのだ。


「しゃ、社長だったんですか? てっきり【万太郎】だと思ったのに、全部お芝居だったんで?」


「接客態度どころか、君は不正までしているだろ。専務はごまかせても、私の眼はごまかせん。さては【エントツ】していたな!」


「げ――――っ! バレてました?」


 【エントツ】とは、タクシーメーターを利用し、売上金をドライバーが着服する不正行為だった。こうでもしないと遊ぶ金が稼げないんだ……。


「やれやれ……。君たちが肉体的にもスピリット的にも進化を遂げるのを期待していたのですが、非常にみみっちいやりとりを聞くにつけ、どうやら共存は遥か先のようですね」


 と、グレイタイプは呆れた様子で肩をすくめた。


「杜山君。もう茶番は終わりだ、いい加減にしたまえ。そもそも、こんなやり方をしてまで、田邉を叱るのもまわりくどすぎた」


 社長は【00】の首に手をかけた。マスクでも脱がせようと躍起になる。

 【00】は大きな頭を揺らし抵抗した。いやいや(、、、、)をするかのように身をよじる。


「なにをなさる。おやめになって!」


「杜山君、無理強いさせた私への当てつけか。いい加減にしなさい!」


「これはマスクではありません。着ぐるみに見えますか?」


 おれは混乱したまま車を走らせていたときだった。

 ハイビームの光で、またもや灰色の奇妙な姿が浮かびあがった。

 そいつもタクシーを呼び止めるべく、自信なさげに手をあげていた。


 ゆっくり近づく。

 同じくグレイタイプの宇宙人的ないで立ち。

 だが先に拾った【00】の方がなまめかしいほどリアルなのに対し、身体のラインは人間そのものだし、頭部はいかにもハリボテ感が拭えなかった。猫背になり、雨に濡れ、震えていた。

 社長が声をあげた。


「おい田邉、停めろ。あれはもしや――」


 車が停まるや否や、えらい勢いで助手席のドアを開け、安っぽいマスクをかぶった【00】が転がり込んできた。


「社長ったら、遅かったじゃないですか! よくもこんな夜道に置き去りにして! これってパワハラ案件ですよ! もしもナベさんの車が通りかからなかったら、私、気が変になってたかも!」


 ヒステリックにわめくと、灰色のマスクを脱いだ。

 せっかくの美人ちゃんも半ベソをかき、髪は乱れ、つけまつ毛がはずれ、見る影もない。

 まぎれもなく、杜山だった。


 営業所にいるはずのオペレーターがどうしてここに? 社長がおれに一杯食わせるため、無理やり宇宙人に仕立てようとしたってか?

 眼をむいたのはおれよりも、むしろ社長だった。


「じ、じゃあ……先に拾った方は、いったい?」


「失礼な言いぐさですね」と、後部座席のグレイタイプは指をさした。「私は正真正銘、君たちが言及した【00】です。これがお芝居に見えますか。【船】から命からがら逃げ出したと思ったら、所帯じみた茶番劇に付き合わされ、いささかゲンナリです。人類の低次元ぶりに愛想を尽かします。さ、それよりも早く、街へ連れていってください」


「……ひょっとして、本物?」


 社長はあんぐり口を開け、身体をのけ反らせた。

 逃げ場を求めてドアの内側に張り付く。その狼狽ぶりにおれも伝染し、仕事を放り出して車外に飛び出そうかと思った。

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