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4.【00】

「しかしながらだ」


「はい?」


「しかしながら、私は幽霊は否定するタチだが、人外(、、)の存在は信じておる。宇宙は途轍とてつもなく広い。地球だけにしか知的生命体が住んでいないとは思っちゃいない。その考えは視野が狭く、傲慢だよ。無知は罪だ」


「いったいなんの話です?」


「タクシー業界の隠語に、【お化け】やら【ゾンビ】、【ブツブツ霊】、【20】があるのは私も知っている。それどころか、【00(ゼロゼロ)】って秘密の言葉もあるそうだ。君は耳にしたことがあるかね?」


「【00】? そいつは初耳です。そんな特殊な客がいるんで?」


「それだけじゃあない。【トカゲ】、【龍系】、【外様とざま系】なんてものまであるんだよ。知らなかったかい?」


「私もこの業界に入ってから、そこそこ長いつもりですが、聞いたことがありませんね……。なになに、【トカゲ】、【龍系】、【外様系】? なんですか、それ。俄然ソソられますね」


 後部座席にふんぞり返る客は、こじゃれた帽子を目深にかぶったまま、鳩がころころと鳴くような含み笑いを洩らした。ミラーには相手の髭に包まれた口もとしか見えない。


「種明かしをして欲しいかね。【00】っていうのは、ちょうどホラ、あそこの」


 おれはサイトウ氏が指さしたフロントガラスの向こうに眼をやった。

 先を行く車はなく、対向車の姿すらない。

 両側が木立で挟まれた県道の左側であった。ハイビームにしたヘッドライトの光に浮かびあがっている。

 それ(、、)を見るなり理解力がついていけず、一瞬の思考停止。言葉に窮した。

 全身灰色の小男がたたずんでいた。ラテックス素材じみたテラテラと光沢を放つ恰好かっこうをしていた。


 その横向きの小男は、傘もささず雨に濡れそぼっている。

 人間にしては、不自然に頭部が大きい。いくらなんでも大きすぎた。頭髪はなく、後頭部が異様に肥大していた。黒い吊り眼だけがカリカチュアされたように、これまた大きい。光の加減で、心なしか突出しているように見えるのは気のせいではあるまい。鼻や口は申し訳程度についているのが、なんとか確認できるが……。


 なんだ、あの異様な生物は?――ひいき目に見ても人間ではなかろう。

 おれは呆気にとられて、アクセルペダルに踏み込む力を緩めてしまった。

 セダンはゆっくりと、宇宙人然としたそいつの傍らを横切ろうとした途端――。

 小男は、おもむろに片手をあげた。


「ほう」と、身を乗り出したサイトウ氏が落ち着いた口調で言った。「どうやらグレイタイプ(、、、、、、)もご乗車したいようだ」


「悪い冗談」おれは実空車表示器(ウインドウサイン)を、先客が利用中の意味である『貸車ちんそう』に切り替えている。こんな怪しさ全開の奴を乗せるわけにはいかない。「あいにくこの車両は、サイトウさん専用ですから」


 どうか、おれの声が裏返っていたり、震えていませんように。


「【00】と相乗あいのりするのも悪くない。おい君、せっかくだから彼を乗せてあげたまえ」


「かんべんしてくださいよ! 業界内に少しでもいたのならご存知でしょう。道路運送法じゃ、乗合行為は認められていないんですってば!」


「そいつは運転手が積極的につかまえに行くのを禁じているにすぎん。客同士が申し合わせるか、先客が許可を出せば、その限りではない」と、サイトウ氏は透明のパーティションを指の関節で叩いた。「停ってやるんだ。私が許可する」


「そんな――!」


 なんでまた、おかしな雲行きになっちまったんだ?

 本音を言えば、あの気味の悪い宇宙人だけは全力でスルーしたかった。おれの中の本能が拒んだ。

 しかしながら悲しきタクシードライバーのさがか、【万太郎】の命令には逆らえなかった。ブレーキペダルを踏み込んでしまった。

 車は、そいつの真横で停まった。


 暗い木立を背に、グレイタイプの宇宙人が間近に見えた。

 あげていた片腕をおろした。いやにほっそりした、しなびた沢庵みたいな四肢だった。助手席側の窓からのぞき込んでくる。

 おれは眼を背けたいのに、魅入られてしまったかのように、そいつから眼を逸らすことができない。

 どうにでもなれだ。停まってしまった以上、今さら乗車拒否は許されない。


 レバーを操作して、後部座席のドアを開けた。

 車外から冷たい風とともに、生臭いにおいがなだれ込んでくる。

 グレイタイプ――まさに、隠語【00】が異様に大きな頭部をさげて車に乗り込んできた。


「ご親切に、停まってくれてありがとう。よいしょっと」と、そいつはキンキンする声でしゃべった。ボイスチェンジャーで変換された、男とも女ともとれる金属音じみた言葉だった。唇はほとんど動かず、直接おれの脳みそに達するような明瞭な響き。「ハイパードライブ・メインエンジンに致命的なトラブルが起き、近くの山に【船】が不時着しましてね。【同志】6人はみんな死に、どうにか私だけが助かりました。これではゼータ星に帰ることができず、途方に暮れていたのです。とりあえずは明るい場所まで送ってもらいましょうか。今は持ち合わせはないのですが、あとで代わりとなるものを支払いましょう。君たちの世界で言うところの、レアメタル・コインでよろしければ」


「ささ、そんな端っこなんかで遠慮するな。リラックスしたまえ」


 サイトウ氏は運転席のすぐ後ろに移動し、珍客に席をゆずった。

 【00】は、どうも、と礼を言い、後部座席に腰を落ち着かせた。さぞかし頭脳がつまっているかのような頭部は大きいのに、か細い手足は栄養失調の子どもみたいにバランスを欠いた体型だった。

 どういう原理か。濡れそぼっていたはずなのに、手のひらで頭を撫で、身体もひと拭きしただけで、珠のように浮いていた水滴が完全になくなった。


「……あ、あ、あ、明るい場所ったって、どこまで行けばよろしいんで?」


 おれはしどろもどろに聞いた。

 メーターを操作するのも忘れ、とりあえず車をスタートさせた。どうせ県道397号はしばらく一本道だ。それに道はあまりにも暗すぎた。どこか本気で明るいところへ行くべきだった。


「適当に街まで行ってくれたら助かります。ホームセンターの近くまでなら、なおよいでしょう。まずは【通信機】を修理するための材料を買いたいのです。それさえ直れば、救助隊を要請できます」


「【通信機】ったって、特殊な未知の素材でできてるんだろ。金属加工会社の方がいいんじゃないか?」と、サイトウ氏。なぜ彼は驚いたそぶりも見せず、こうも異様なシチュエーションについていけるのか。彼は【00】の耳元で、こう囁いた。「……それにしたって、うまく化けたな。演技も見事なものだ。【船】ってのは、つまりUFOのことだよな? ドンキで買ったマスクといい、リアリティあるセリフといい、全体的に説得力がある。君にそんな才能があったとは」


「なんの話です? サイトウさんは、最初から示し合わせていたんで?」


「いやなに……君へのサプライズのつもりで示し合わせていたのは事実だが、あまりにも【00】の造形がよくできているんで、こちらがドン引きしてしまったくらいだ」


 と、サイトウ氏はしらばくれた。

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