004:金満ゴーレムは空を見上げた。:
わたしは金満ゴーレムのオーリオールだ。
今、目の前で起こった事に対して意味深に〈ギフト‥‥‥〉とか呟いたきり黙っているのはわたしの知識であり、相棒でもあるラーラレーアだ。
どうせ教えてくれないんだろうなー。チラッ。
ちょっと教えて貰えればそれでいいんだけれど―。チラッ。
察しろっていうのは分かるんだけれどさー。チラッ。
そりゃ、わたしもツーと言われたらカーと返したいよ? チラッ。
‥‥‥そ、そろそろ反応返して欲しいっていうかー。チラチラッ。
〈ふぅ、これが蛙化現象って奴ですか〉
「え?蛙化現象ってなに?」
〈「好きだった相手」が「生理的に無理」と思うほどの嫌悪感を齎す現象らしいですよ?〉
巨魁がわたしのレバーを的確にフックしてくる。
ぐ、だが、まだ。
「――え? 好きだった相手って。トゥンク」
〈はぁ、無敵ちゃんですか〉
いや、解っている。
蛙化現象というそのニュアンスも。
生理的に無理とか言われて大丈夫なわけないじゃん。
ボディにめっちゃ効いてますがな。
しかし、これで負けていてはいけない。
ようやく反応があった。
これからだ。
「ところでさ、ラーラレーアっておん――」
ラーラレーアからの嫌悪が更に膨れ上がる。
かくして死の呪文が放たれる。
〈キモいです。近寄らないでください〉
ピロン♪
:オーリオールは白い砂となって崩れ落ちた。:
〈とまぁ、漫才はさておき「ギフト」とは『源流』から与えられた特別な「権能」だと言われています〉
復活!シャキ!!
「権能?」
〈他人に侵されることの無い『絶対領域』においてその権利を行使する事ができる能力〉
〈その場における法則であり法律でありルール。それを行使する力を持つ資格でもあります〉
〈そのような資格を生まれたときや天職を得た際に『源流』から与えられる能力。故に「ギフト」です〉
「おおぅ、なんだかスゴイという事しかわからない」
〈バリア‥‥‥いえ、あのように自分や仲間は容易に通り抜けられるのに敵は全く通さない壁など通常のスキルや魔法では考えられません〉
〈リュウセーと呼ばれた人族は『書斎』と呼んでいましたし、それが恐らく『絶対領域』の名前なのでしょう〉
ウーン。そういうもの?
〈ほら、オーリオール。惚けていないであそこに行ってみましょう〉
‥‥‥ちょっと考える時間くれないかな?
〈あ、ほら惚けているから〉
すると、シュンという感じで水色の壁が扉の絵柄に戻って、立方体魔法陣ごとスゥと水に溶けるように音も無く消えてしまった。
「おうのう!?」
〈存在そのものが消えた?〉
ラーラレーアの問いを証明するように魔法陣と後続のモンスターに挟まれて潰れていたモンスターがグシャと辺りに広がる。
前方にいたモンスターはグチャグチャに拉げて原型が分からないほどだ。
まだ生きていた残りのモンスターも辺りをキョロキョロして探している。
「あいつらがどこか行くまで少し待とうか」
〈ええ、その方がいいでしょう〉
しばらくそのままの姿勢で待ってみた。
300も数えた頃、ようやく諦めたのかモンスター達は散っていった。
「ふう、こちらも見つからないで済んでよかったね」
〈オーリオールであれば余裕で撃退可能かとは思いますが〉
「え? 本当?」
〈ほらほら、また惚けてると痕跡が消えちゃいますよ〉
モンスターが居なくなったので、さっきまで立方体の魔法陣があった所に近づく。
モンスター達がその辺をウロチョロしても問題無い事は見ててわかったので、気軽に近づけた。
そこにはさっきまで確かに立方体の魔法陣があった。
手をフリフリして今は何もない空間をかき混ぜてみる。
やはり何もない。
モンスターの死骸はあるので白昼夢とかで無いことは確かだが摩訶不思議な現象だ。
「むむ! 謎だ! 謎がわたしを呼んでいる気がする!」
〈もうその下りはやりましたから〉
だんだんラーラレーアのわたしの扱いがぞんざいになっている気がする。
しかし、それがちょっと心地いいのはなんでだろうね?
〈何も得られないなら仕方が無いですね。進みますか?〉
「いや、ちょっとあれを見ておきたいな」
目の前にはモンスターの死骸の山。
わたしもここが産地とはいえ、人族を襲っていたモンスターが人型のわたしを襲わないかは判らない。
ラーラレーアは余裕だと言っていたけれど、いざという時の備えは必要だと思う。
モンスターの堅さやそこから類推される力など特徴を掴んでおきたいところだね。
ちょっと気持ち悪いなと思いつつ死骸の塊をバラしていく。
圧し潰されて拉げているようなのばかりだが中には原型が分かる物も混じっていた。
不思議とや血が飛び散っていたりはしない。
臭いは――強いて言えばほんのり微かに甘い匂いがするかな?
え? 事件現場の甘い臭いは毒の可能性が?
事件の臭いがしますな?
〈しりの探偵はどうでもいいのですよ〉
とりあえずひとつを頑張って引き出す。
うんしょ、うんしょ。
ゴロリ。
〈蜘蛛ですか〉
「そうみたい」
まぁ戦闘中から見てたし、どんなモンスターかはわかってはいたんだけどね。
それは直径2mほどの丸く大きな腹部を持ち、頭胸部に大きな上顎と触肢、八本の太い足のついた蜘蛛だった。
ただし「岩で出来た」と付く。
これはきっと虫の蜘蛛ではなく蜘蛛型ゴーレムだ。
言い訳させてもらうと死ぬ前は本当の蜘蛛と見分けがつかないような動きや質感をしていたから気が付かなかった。
死んだ途端、こういった岩のゴツゴツ、ザラザラとした表面になった。
脚毛とかも普通に見えてたから、見分けが付かないのは仕方ないよね。
魔力とかで再現されていたのかな?
「あ、崩れ始めているね」
〈魔力を失ってしまったのでしょう〉
頭胸部に大きな亀裂があるので、さっき拉げられたときに魔力を貯めておく機関が壊れてしまったらしい。
岩の体がサラサラと白い砂に変わりつつあった。
これでは元の堅さは計れないな。
他の死骸も同様に白い砂に変わりつつある。
ここで死んでいたのは全部ゴーレムだったようだ。
「あれ? これなんだろう?」
みると腹部だった箇所の岩の割れ目からキラリと光る固まりがあった。
取り出してみるとそこには白銀色をした拳大の石があった。
〈白銀色の鉱石。は霊銀鉱? ミスリルの原石のようですね〉
周りを見渡すと白い砂の中に埋もれるようにいくつもの霊銀鉱が見つかる。
人族も居なくなってしまったし、せっかくなので貰ってしまってもよさそうかな?
ヒョイヒョイと回収していて気が付く。
わたしの腕は二本だ。
抱えたとしても10個で限界。
入れる袋など無いので探索の邪魔である。
「ラーラレーアさん。何か持って行けるいい方法ないですかね?」
〈ありません〉
「即答ですか」
大量の荷物がホイホイ収まるような魔法などないのだ。
普通ありそうなものなのにね?
それなら食べちゃうか。
〈は?〉
「ぱくり」
〈ちょ!? 何ミスリル食べてるんですか!? アホですか?〉
え? 何どうしたのラーラレーア?
〈ミスリルは金属ですよ? それも結構強い武器になる金属なんです。そんなの食べたらお腹詰まって壊れるでしょ!?〉
「え? まz‥‥‥う、うえぇぇぇぇぇ」
〈い、言わんこっちゃない。すぐに吐き出すのです〉
「あ、あまぁぁぁぁぁい!? これ甘すぎてわたし吐きそうだよ」
〈は?〉
ぺっぺと口の中の甘さをなるべく消すように吐き出す。
暴力的に甘い。
うへー、これはわたし駄目だ。甘すぎて頭がクラクラする。
親指一本分くらいならなんとか食べられるが拳大を食べるもんじゃない。
増してやこの数を消費するのは無理だ。
〈甘い? ミスリルが?〉
ぽーい。ポチャ。ポチャ。ポチャン。
やっぱり邪魔なだけなので泉に捨てていってしまおう。
〈‥‥‥そういう事すると勿体ないお化けがでますよ?〉
「勿体ないお化け?」
〈勿体ないお化けとは食べられなかった食物が人型となって現れ、夜な夜な枕元に立ち、「もったいねぇ」「もったいねぇ」と騒ぎ立てるといった存在です〉
「怖っわ! ん? 怖いの、それ?」
〈おかしいですね? 一説ではこの話は国中を恐怖のどん底に落としたとも言われていたのですが〉
「いまいち想像しきれなかったからかも?」
〈お気遣いは不要です〉
いや、ラーラレーアに言ったわけじゃないんだけれど?
まぁいいや。
「ここにいるのが全部ゴーレムだとしたらわたしを襲ってくると思う?」
〈どうでしょう? 何事もやってみなければわかりませんよ? とりあえずさっきのモンスター集団の中でタマダンスでもしてきてはいかがでしょうか?〉
「タマダンス??」
〈獣人種に伝わる伝統舞踊ですね。果物を二つに割って、上半分を持ち、下半分の方を踏みつぶしてその上で尻をフルフル振るという魅惑のダンスです〉
「え? それどんな意味が込められてるの?」
〈謎です〉
またも、しりの探偵の出番ですかね?
「そんなのする奴いたらとりあえず襲っておこ、ってならない?」
〈まぁきっと大丈夫ですよ。さぁいい加減進んでください。タマダンス期待してますよ?〉
「納得いかんのだけど!?」
ラーラレーアからの理不尽に耐えつつ「まぁ出口まで行ってみようか」と気軽に考え進む。
――――結果的に道中、確かにゴーレムが居るのは見たし、見られているような視線を感じることはあったけれど特に襲われることも無く堂々と歩いていくことができた。ちなみにタマダンスはやっていない事を付け加えておく。
そして、わたしは出口から外を覗く。
外には、真っ青な空が広がっていた。
ピロン♪
:金満ゴーレムのオーリオールはダンジョン「ケオーネラビリンス」から出た。: