000:アイアンゴーレムは誕生した。:
ぽたり。
何か大きな川の中からわたしは零れた気がした。
つい先ほど純度の高い鉄鉱石が魔力を核に寄り集まって生まれた物にぽたりとわたしが落ちる。
わたしがその生まれた物の中に入った瞬間、「わたし」という存在が確定したのを感じた。
「わたしはオーリオール」
わたしは自分にオーリオールと名を付けた。
なぜ「オーリオール」と付けたかはわからない。
とにかくその名前が思い浮かんだだけだ。
ぽたり。
わたしが自分に名前をつけると、また大きな川の流れから零れた水玉がわたしの中に入ってきた。
――――鉱石や金属が素体となって動く生物をゴーレムというらしい。
――――体のほとんどが鉄で出来ているわたしはアイアンゴーレムと言われる存在らしい。
――――世界にはゴーレムの他にも人族や魔族など様々な種族が存在するらしい。
――――するらしい。
――――らしい。
――――い。
――ジジ、ジ。エラー。書き込み容量が不足しています。逐次アップデート方式に変更します。
色んな知識がわたしの中を通っては頭の中に蓄積されていく。
先ほどの水玉は知識の塊で、知識はわたしに世界を教えてくれているようだ。
でもわたしがまだ生まれたばかりだからか全部は入らなかったようで都度アップデートしていく方針に切り替えるそうだ。
――まずは眼を開けてみましょうか――
少しだけ目を開くと、ちょっとした刺激があった。
ピリっとした感覚に驚く。
――それは痛みといいます。少しずつ慣れればいいですよ――
それに従って少しずつ眼を開くと、世界が姿を見せる。
初めて見た世界は、四角いが丸みを帯びた板に5本の曲がった棒がくっ付いた鈍色の固まりだった。
どうやら痛みに驚いて手で目を覆っていたらしい。
「これがわたしの手?」
手は2つあって、軽く擦ると手からふわりと、どこか苦い感じの香りがした。
――鉄臭いってそういう香りです。次はもう少し下の方を見てください――
下を見て目に入ったものは手と同じような形をしていて、大地に接してしっかりとわたしを支えていた。
軽くそれを捻るとジャリと砂をこする音がする。
「これがわたしの足?」
その足から脚と続き、腹、胸と順に見ていく。
「これがわたしの体」
わたしの手、足、脚、腹、胸まではすべて同色の鈍色をしていた。
それぞれのパーツの切れ目、接合部には球体状の関節があり、スムーズに可動できるようだ。
表面――肌としようか――肌はアイアンゴーレムだから当たり前だけれど鉄で出来ているようだ。
硬質なツルツルした質感で手でなぞるとヒヤっとした。
冷たい。
「これが感触」
肌には外界を知る術として触れたものを感じる事の出来る機能があるらしい。
今度は腕を見る。
腕はピカピカツルツルしていて鏡のようだ。
そこにはわたしの顔が映っていた。
「これがわたしの顔」
顔の色は他と違いここだけ鈍色では無く肌色だった。
少し黄色が入った淡い色合いの肌色だ。
知識に拠ると目はクリクリしていて、鼻筋の通った割とイケてるパーツ配置がされているらしい。
わたしから見ると丸い目が2つに少し盛り上がった小さい穴が2つ開いた鼻が1つに横棒のような口が1つあるとしか思えない。
「イケてるとはなんだろう?」
知識が「イケてる」という言葉を解説してくれたが、その感覚がわたしにはよくわからない。
その内分かるようになると知識が教えてくるので取りあえずそれで納得しておく。
触れてみれば何か分かるかも。
イケてる顔とやらに手を這わせる。
顔の肌は他と違いなんだか柔らかかく、プニっとした触感だった。
唇と頬については特に柔らかく抓むとみゅぅと伸びて、離すとぷるんとすぐ元の形に戻る。
パッと瞼の裏に丸くてプルプルした物体が浮かぶ。
「これは何?」
――これはスライムといいます。先ほどの感触に似た肌を持つモンスターです――
「スライム、ね」
わたしの頬と同じようなプルプルした感触をしているスライムというモンスターが何処かにはいるらしい。
なんというか可愛い。つんつんしてみたいという欲が沸く。
すると今度はぐにょぐにょした物体のイメージが浮かぶ。
「こっちはなんというか気持ち悪いね?」
なんとこれもスライムだという。これはあまり触りたくない。
その次は鈍色でわたしと同色な感じのメタルな風合いのスライムだ。
――こんな感じのスライムは美味しいです――
「ほう? 美味しいのね?」
その他にも色々なイメージが浮かんでは消える。
スライム、といっても様々な種類がいるようだ。
「面白い」
面白いと思った時、わたしの胸の中心辺りがほんのり熱くフワフワとした。
――これは「ワクワク」という感情ですよ――
「なるほど、なんといったらいいかわからないこれは良いね」
ワクワクは心地よい。
ワクワクする事をもっと知りたいな。
――じゃあ今度は自分と周りの関係を確かめてみましょうか。あそこの壁で自分の背を測りましょう――
知識促す方を確認すると壁があった。
壁に寄り、頭の天辺あたりを指の先で引っ掻いて線を付けてみた。
少し離れて確かめるとその高さは160cmくらいだと教えてくれた。
つまり、わたしの背は160cmくらいという事だ。
ついでに知識が長さの単位や簡単な尺度を教えてくれる。
さっきイメージで見たスライムの大きさは大体50cmくらいとの事。
スライムは割と小さいんだね。
そしてふと気が付く。
「スライムとわたしは全然形が違うね」
スライムはぐにょぐにょぷるぷるしていて定まった形がない。
対してわたしは2本の足で立ってる事で手を自由に使える形。
知識はこれを人型というのだと教えてくれた。
つまり、わたしは人型のアイアンゴーレムだ。
知識によるとゴーレムの多くは人型だけれど獣型や蟲型なんていうのもいるらしい。
ニャーニャー、ギチギチといった感じの擬音が付きそうなイメージを見せてくれた。
なるほど、わからない。
でも、またわたしの胸が熱くなった。
ワクワクしているみたいだ。
わからない事にワクワクしているんだろうか?
「ここは‥‥‥どこだろう?」
早速また分からない事ができた。
ワクワクする自分の心に従い、再度辺りを見渡して情報を拾っていく。
ここは5m×5mくらいの広さで高さが3m程度の狭い部屋だ。
わたし以外には何もない。
いや壁はあるか。
壁をもう一度、今度は手全体で触るとザラザラした感触が返ってきた。
――砂を固めて作った煉瓦のような質感をしています――
「あ、さっき引いた線が消えている」
――本当に消えたのですか? 確かめてみましょう――
もう一度、壁に線を引く。
線をじっと見ていると100を数える程の間にはスゥと線は消えていった。
ちゃんと消えることが確かめられた。
でもなんで消えるのだろう? もう一回やってみようか。
――それより自分と周りの関係はいいのですか?――
そうだ、自分と周りの関係を調べるのだった。
「他のゴーレムはいるのかな?」
ぐるりと見渡すと別の空間に行ける開口がある。
「向こうにいるのかな?」
開口をくぐると幅3m高さ3mくらいの通路がずっと遠くまで伸びている。
通路には誰もいなかった。何の臭いもせず、ただ乾いた空気があるだけだ。
床には砂が敷かれているが、そこには何かが通った跡もない。
やはりここには他のゴーレムはいないのかな?
よく見てみるとすこし離れた所にわたしが出てきたのと同じような開口があった。
覗いてみよう。
「居た」
開口から中を覗くと人型のアイアンゴーレムが3体固まってボーっと立っていた。
3体ともわたしと違い、黒い錆色をしている。
こちらに気が付いているのかいないのか。
「こんな時はどうしたらいいのだろうね?」
――誰かに会ったら基本は挨拶です。「こんにちは」と声を掛けてみましょう――
「こんにちは」
手を挙げて挨拶をしてみる。
ゴーレム達はわたしの方を向いて見つめてくる。だけだ。
そこからの反応がない。
「あれ? ハロー? ニーハオ? ナマステ? アローハー?」
知識が教えてくれるままに挨拶するもその視線は変わらない。
しかし、若干その視線に訝しむような、警戒した気配が混じった気がする。
「会話ができないのかな?」
視線が更に強くなった気がした。
これはまずいかな?
そこでふと思いつき両手を上げて万歳をする。
「敵意は無いよ」
言葉を添えつつ、何も持ってない、怪しくないよと体で示してみた。
するとゴーレム達の警戒が解けた。気がする。
視線を元に戻してまたボーっとしている。
「ふう」
なんとかなったらしい。良かったよ。
コミュニケーションはできそうにないので、彼らを観察させてもらおう。
観察に当たって3体のゴーレム達を暫定的に「アルファ」「ベータ」「チャーリー」と呼ぶ事にする。
アルファは腹部が豊かだけど、同時に肩回りと腕回りもガッチリしている。
背の高さは180cmくらい。
顔付きは知識に言わせると芋っぽいらしい。
ベータはホッソリシャープな感じ。どこか神経質そうな雰囲気を感じる。
背の高さは200cmとこの中で最も大きい。
顔つきは知識曰く醤油顔であるとのこと。
チャーリーは、アルファとベータに比べて余り特徴がない。
中間という感じがする。
わたしと比べれば肩が張っていて脚周りも一回り以上太くガッチリしている。
背の高さはわたしより少し大きく170cmくらい。
顔つきはくっきり二重の彫りの深い感じでソース顔らしい。
「醤油って何? ソースって何? 料理で使う調味料? 醤油は塩顔よりは濃いスッキリした感じ? どういうこと?」
どうも知識は顔のタイプについて一家言以上の何かを持っているようだ。
顔をタイプ分けするのに調味料を引き合いにされても、食べた経験のないわたしにはいまいち伝わってこないのだけどね。
ちなみにわたしは砂糖顔に分類されるようだ。
甘いマスクがどうたらこうたら知識の蘊蓄が続いているけれどちょっと無視してしまおう。
顔のタイプにはわたしはあまりワクワクしないらしい。
「彼等はここで何をしているんだろう?」
しばらくジッと見ていたが全く動かない。
「これは‥‥‥面白くないな」
もうどうでも良くなった。ワクワクが一気に消失した。
まぁ、当初の目的である自分と周りの関係は少し解ったので、元の部屋に戻ることにしよう。
「なんだこれ?」
部屋に戻ってくるなり、少し驚いた。
部屋の中心にはいつの間にかキラキラした箱が置いてあった。
キラキラした箱。これはなんだろう?
「何か入っているのかな?」
俄然ワクワクが湧いて出てくる。
――何でしょうね? フフフフ――
知識は中身が何か知っていそうだが何故か教えてはくれない。
いや、教えてくれない方がいいのかも知れない。
知識とは別の、わたしの心がそれを自分で開けたい、知りたいと言っている。
――見たいものは見ればいい。聞きたい事は聞けばいい。開けたいものは開ければいい。知りたいものは知ればいいのですよ。自分の心に従い行動するのです。それが世界に生まれたものの特権なのですから――
「それじゃあ、開けちゃおうかな」
ガチャ――
〈ハッピーバースデー、オーリオール〉
今まで頭の中で浮かんでくるだけだった知識の声が、この瞬間から頭の中でハッキリ聞こえたのだった。
ピロン♪
:アイアンゴーレムのオーリオールは「謎の宝箱」を開けた。: