5. はじまり
お久しぶりですー木桶ですー。死ぬほど時間が空いてからの再投稿になってしまいましたが、4話くらい連日で投稿して、その後も遅くても2ヶ月後には投稿すると思います。よろしくです
異界から来た神の御子。
丈の短いフード付きのローブに、綿のような、それにしては滑らかな素材の下履き。履物はこの国では見ない革に似た白い素材。何が入っているのか、それなりに肩のこりそうな膨らみのある背嚢が見える。
奇妙は奇妙だが、聞いた話だと時折このような格好をした異邦の民が召喚されるようだ。神の御子までがこのような出で立ちとは思わなかったが。
「ようこそおいでくださいました、神の御子。我々王宮司祭団は、あなたを心より歓迎いたします」
彼らの世界は、もしかしたら裕福なのかもしれない。異邦の民の接待はある種の雑務、ほとんどは下に任せきりなので数人にしか会った覚えはないが、皆きれい好きで周りをよく見る、ある意味では臆病とも言える慎重な人物ばかりだった。
とはいえ、立ち居振る舞いや言語理解Ⅲ越しで言葉遣いを鑑みるに、おそらくは貴族的な家系が多いわけではないのだろう。せいぜいが裕福な商人の家といったところだろうか。
「……ああ、はい。こちらこそ、お出迎えいただきどうもありがとうございます。……王宮司祭団?……ですか?」
少し呆けていたために、彼は数秒ほど遅れて反応を返した。初めて来たときは皆そうだろう。むしろこの反応は早い方と言える。
「王宮に属する6つの組織のひとつで、国の祭事を取り仕切る組織です。私はその長である大司祭、テレウス・ニヒトゥスでございます」
右の前腕を腹部に当て、それを巻き込むようにして礼をする。私の礼に遅れて、シュルシュルと布と布のずれる音が聞こえる。この場の全員の者が礼をすれば音くらいは聞こえよう。小さい部屋ゆえか、想像していたよりも音が大きく響いた。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらから自己紹介すべきでした。わたしはミツメ・ユキと申します。ユキ、の方が……親からもらった名前です」
親からもらった名前……それはつまり姓ではなく名なのだろうか。どちらにせよ親からもらった名前ではあるはずだ。
「ミツメ、は姓ということなのでしょうか」
「そのとおりです。申し訳ないです、紛らわしくて」
ミツメ……意味まではわからない。意味がわからないのなら姓では彼の身分はわからない。どこまでの対応が必要なのかも、それによって……いや、そこは従者団に任せればよい話か。
「いいえ。ここで話すのは落ち着かないでしょう。場所を変えてお話いたしましょう。……では、私が案内を」
白い、白い廊下。大理石で作られたそれは、コツコツと私達の靴とぶつかって音を鳴らす。こう見ると、彼の靴はやはり硬い革ではないのだろう。後ろからギュッギュッと奇妙な音が聞こえてくる。ゴムに少なからず似ているようだが……大きく違う。
案内役を引き受けてくれた若い助祭は、少し硬い動きで私達の前を少しゆっくりと歩いている。私も年だ、きっと合わせてくれているのだろう。彼のことは一昨年には見かけた覚えがある。もう王城のどこに客人を通せばよいかはわかっているはずだ。
「……立派なお城ですね」
「……そうでしょう。ここは我が国の中心、王の住んでおられる城なのですから」
少し歩みを遅めて、彼が私の右手に来るまで待つ。彼は、柱に区切られた細長い形状の窓から城内の景観を眺めている。
かの王はこの城の、あの玉座に座って何を思うのだろうか。この異邦人のように、城を見て「立派だ」「美しい」などと思うことはないのだろう。亡き父の座った王座。そこに座っている自分。それに何を思うのだろうか。
「この感動を味わえるのはきっと今だけですから、お話の後でどなたかにお城と街の案内を……今の時刻のことを忘れていましたが、もう午後なのでしょうか」
「確かに、その感動は大事にするとよいでしょう。今はちょうどお昼どきです。お昼ご飯をいただきながらお話をいたしましょう。街の方はきっと後日の方がいいはずです。午後はあなたを王の御前にお連れする必要がありますから。お城はその後で、私がご案内いたします」
そうか、確かにこちらの世界に呼ばれてしまったら、今の時間はわからないはずだ。早く伝えておくべきだっただろうか。彼の住むべき部屋にも案内しなければならない。今は彼に荷物などないだろうが、それは時が経つにつれて増えていくものだ。殺風景な場所で寝るわけにも行かなくなるだろう。
「よろしいのですか? わたしには序列などはわかりませんが、大司祭様は高貴な位なのでしょう。私のような得体のしれない異邦人とともに食事などしてしまってよろしいのでしょうか? さらに王様に謁見、あまつさえお城の案内までしていただいて」
来てすぐにそこまで気を使わせてしまうとは。そのことには目をつむったまま、私のこの目で神の御子を見ておきたかったのだが。
「いえいえ、はるか遠くからの客人です。それに事情も鑑みずこちらの勝手で呼び出してしまったのです。何も気は晴れないでしょうが、代表者としての私の誠意、どうかお受け取りください。
王の御前は警備が行き届いておりますので、ご安心ください」
これもまた一つの本心。彼にもきっと家族があり、友人があり、大切なものがあったはずだ。私とて、そういう生活の重みを少しは知っているつもりなのだ。だが。
「いえ、……まあ、そうですね。まだ実感が湧いてないのか、いまはそれで気晴らしに十分です。どうかお気になさらず」
……それはよかった、とは軽々と言えるものではない。たしかに普通、人というものはすべてを失ったということを受け入れるのには多少なりと時間がかかるものだ。どんな別れも、その時はただ心が軋むような時間が流れるだけで、後になってまた思い出し、涙する。
「……」
「すみません、こんなことを言ってもやりづらいですよね。大人しく受け取らせていただきます」
返答に困ってしまった。とはいえ、無言というのは悪いことをした。きっと気まずかっただろう。
一生に数度あるかの大きな悲しみを、その日のうちに全て受け入れた彼。いや、彼の場合はこれから先にその苦悩があるのかもしれない。それでもやはり、彼と自分が違う生き物に思えてならない。
私もそうだったろうに、彼の今と、過去の自分の悲しみと、それらを比べて言葉に表せない理不尽を感じてしまう。醜いものだ。誰かに自らと同等の苦しみを願うなど。同等に苦しいより、同等に幸せであるほうがずっと救われるというのに。
「いいえ、こちらこそ大変失礼をいたしました。先程のことですが、王の御前は警備が行き届いております。そんなに警戒なさらなくても問題ございません」
「いえいえ、警戒などは! そちらに問題が発生していないのならわたしも安心です」
突発的に何かを失うということは、知っていて失うのと心持ちが全く別だということはわかっている。それでも彼のこの冷静さが、私には異様に映ってならなかった。
「大司祭様、お部屋につきました。お二人の分のお食事は用意してございますので、どうぞゆっくりなされてください」
「お待ちください、誰か一人、警護をつけていただけますか」
さきほど、重役である私が直接対応することについて少し警戒されてしまった。私には何も思惑はないのだが、この者は非論理的な言動に対しての警戒心が人一倍強いのかもしれない。感情や誠意などといったことで信頼を得られるとは考えるべきでない。
「……ありがとうございます」
位の高い人間と、どこかのよくわからない異邦人の2人の空間。この空間の危うさを理解し、自分の立場を理解している。その上で理屈に合うことが行われると、たとえ自分に不都合なことでも、むしろ裏がないことを確かめられるようで安心するのだろう。
仮に襲いかかられたとして、私がこの者に殺されることは普通ない。だが彼が異端者であることも考慮すれば、護衛を置かないのは不用心である。彼が見ているのは、そこまでの一連の流れで当然に出てくるそういった考えであり、それが行われていないということには違和感を抱くようなのだ。
もしかしたら今のところはまだ違和感で、そういうものと受け入れているかもしれない。だが、積み重なる違和感は不信感に変転する。
きっと彼の扱いは難しい。頭が回るせいか、多少は察しがいい。下手に思惑で動いてくれる人間ではないだろうが、利害の一致を示せばこちらの提案に乗ってくれ、今後もよい関係を築けるだろう。
まずは会話から。この年齢になっても他人のことは話すまでわからない。いや、話してもわかることなど一部に過ぎない。誰かのことをわかるには、行動の傾向を知るだけでなく、その動機までもを知らなければならない。それは難しいこと、そして大事なこと。
私は彼を知らなければならない。
私がやっと見つけた、人と神の確かなつながりの具現。それを、知らなければならないのだ。
いかがでしたでしょうか? 優しいテレウスおじさんです。なんでそこまで神様に固執するんでしょうかねえ。ミツメくんはこだわりとかが薄めの人間なので、人種的に分かり合えないのかもしれませんね(そんな次元の話じゃない)。
では、次も来てくれると嬉しいです。