1. ある日
はーいこんちは。木桶っす。5話くらいまでは連日投稿しようかと思っとります。昨日のが0話だったのですが、それを含めずに5話までです。では!
腹が減った。午前がまるまる空きコマで遅く起きて珍しく昼飯を食い損ねたと思ったら、特に珍しくもない電車の遅延。そして珍しい交通渋滞。バスが遅れてどうしようもなく遅刻確定。一般道だぞここ。
バスの中の広告をぼーっと眺めていると、そこかしこで見る綺麗な女優さんの顔が目につく。特にこれといって価値を見出せない日々だけども、大切な一人がいれば情熱的に過ごせたのかも……だめだな。
適当に就職して、一人で趣味のために仕事して、いい感じに生きる。長続きしないというのはよく聞くし、そういう意味では不安はある。でも、一人の方が好きなんだから仕方ないじゃないか。それしか望むことがないんだ。
公務員とかの道があり、安定していそうな土木学科にしたのもそのためだ。結局は、自分一人のための人生でいい。この人のために、とかこれだけのために、とか。憧れないわけじゃないけど、あまり俺にできるとは思えない。
「うっ……と」
停車したバスの慣性でよろける。吊り革を持っていなかったせいでたたらを踏むことにはなったが、何とか転ぶことだけは回避した。
一応大学前のバス停に着いたはいいが、もうすでに講義が始まって10分以上経過してしまった。何かコンビニとかで食べるものを買ってからでも、講義は半分以上受けられる。どうせ遅刻するなら万全の状態にしてからのほうがいいだろう。
定期でバス代を払ってから地面に飛び降りると、地味に高い段差のおかげで運動不足の膝にダメージが……流石にまだこないか。若さゆえの特権に感謝。
体育の授業がなくなってから本当に何もやらなくなってしまった。そういうサークルとかに入ってみるのも一つかとも思うが、でもやっぱり今の一人の気楽さと比べると優先度が下がる。誰かと遊ぶことだってもちろんあるが、一人の時間を手放すことはない。
どこにでもいるような大学生は、どこにでもあるような生活をそれなりの水準で続けることを望んでいる。小学校からそこそこ何でもできて、まあまあいい高校大学に入って、青春を浪費する。きっと情熱とか葛藤なんてなくても、大人になってみればそういうのも青春だった、なんて思うんだろう。別に苦労してでも誰かと一緒にいようとは思わない。ある程度自分のやり方に則って、自由でいる。
でもやっぱり危ぶむ。これでいいのか、と問われれば、少し悩んでこれでいい、と答えて、でも、と何かが続くにような答えをする違いない。何か現状に対する言い訳か、それとも退屈だとかそういう言葉か。
日常というのは繰り返す日々で、一定のリズムを持ったルーチンのこと。それすなわち停滞。どこかで何かが変わって新鮮な気持ちで非日常を謳歌する時がやってきても、それが続けば非日常は日常となり、また停滞がやってくる。何が変わっても、いくらか経てば『変わらぬ日々』という言葉に塗りつぶされる。そしてまた『日々』の呪いに飲み込まれ、行き場を失う。
毎日が新鮮で、何が起こるかわからない。そんなある種の理想は華やかで、また恐ろしくもある。本当にそうなったとして、自分はそれを恐ろしいと思わないでいられるだろうか。……それを謳歌するに足る器を持ち合わせているだろうか。
……信号待ちだと余計に色々考えてしまうのは悪癖かもなあ。
「最近の若者は夢がないなあ」
どこからか若い男の声が聞こえてくる。時々道で見かける独り言が激しい人かな。遭遇したときは毎回少し怖いものだけど、別にこっちから何かしなけりゃどうということはない。そういうものだと思って放っておくのが普通。たとえ知り合いでも私事への干渉はまずしないのに、こういう人にわざわざ関わることなんてない。話しかけられでもしなければ。
「……控えめなのは時に悪いことではないのだけど、過ぎないからこそ過ぎたる愚策になることもあるんだよ」
言いたいことはなんとなく想像がつく。がしかし、話の内容が頭の中覗かれてるみたいで気持ち悪いし、ここまで回りくどくて説教くさい独り言は初めてだ。本当に説教のつもりなのかもしれない。絶対に反応しないぞ。長くなりそうだ。
「友人でも親でも、はたまた少年や老人でも、その言葉は一考に値する。それが偏見に満ちているものなら、それは君にない歪みを目にするまたとない機会だ」
何故か音源が一定しないような違和感がある。ヘッドフォンで聴く音楽みたいに、四方から音が聞こえてくる。そしてその声には、一言一言が内側に入り込んでくる何かがあった。
その『良くない方』の非日常感にから逃げるように、自然と早足になる。歩行者用信号が赤から青に切り替わる瞬間を狙って、一歩を踏み出す。
「それが清廉な言葉なら、君の煤けた心を洗い流すかもしれない」
その人物は、どこからか構わず話を続ける。煤けたとか言いたい放題だな。多分俺の心はそんなに汚れてないぞ。変わってるとは言われるけど、それでも多分煤けてはない。
そして、今歩いている道について思い当たる。それは十字路だったはずだ。ただ信号を二つ渡って、反対側のコンビニに向かうだけのはずだった。
一歩一歩、歩くごとに世界が変容していく。それは透き通る水に一滴ずつ違う色の絵の具を垂らすように、不規則に姿を変え、どんどんと暗く、だんだんと簡潔になっていく。
「それが鏡写しの言葉なら、君は君を推し量る機会を得る」
灰。灰。灰。塗り重ねるごとに黒に近づく。一歩ごとにするすると景色を変える世界の中で、とてつもない疎外感に襲われる。世界にただ一人、取り残されたような。はたまた、世界から一人、逸脱してしまったかのような。今まで勢いで動いていた足が、もうだめだとばかりに力感を失っていく。
「誰かの言葉には、耳を傾けたほうがいい。そこに世界が宿る。もちろん、君自身の言葉にも。ましてや、」
足が止まる。そして、とうとう明確に真後ろから聞こえるようになった声の主を求めて振り向く。
「私みたいな、神様の言葉にもね」
ゆっくりと赤い目を見開くと、『それ』は、気さくにウインクして見せた。
「……ぁの、これは……」
透明な目。白い眼球に、色のないような赤いような虹彩が張り付いている。瞳孔の白と虹彩の筋の赤。それと眼球の、生き物が作り出す、馴染みのある白。虹彩は、そこに新鮮な血を一滴垂らす、はたまた林檎でも嵌め込んだような真紅だった。
ああ嫌だ。自分でも声が掠れているのがまるわかりだ。柄にもなく緊張しているらいしい。そうそう緊張することないはずだが、この状況だ、仕方ない。
「……あれ、もしかして滑った?」
「……いやもう…………何が何だか」
神様とやらは右にぐいーんと体を倒しつつ、白い腕を組んで端正な顔に不思議そうな表情を浮かべている。少し硬いのか、黒い頭髪は垂れずに形を保っている。
ダメだ、状況の意味がわからん。こいつ誰。あとこの黒い空間何。それで……どこだここは。知らん。てか黒! 情報無っ! ……これなんだ、誘拐された? 自称神様に。理由なんぞ知るか。
「うーんそっかあ。最近の若い子は適応力ないなあ」
背の低い青年、自称神様は、体に白い布を巻きつけたような長い服の袖を手で払い、衣ずれの音をさせながら頭の後ろで手を組んだ。
……なんか状況が今ひとつ飲み込めないけど、こいつ腹立つなあ。こんな一生に一度あったらお陀仏みたいな現象に付き合わせといて……腹立つなあ。
「……煽ってます?」
「そりゃもちろん。こっちの人と会うの久しぶりだったから」
久しぶりだったら煽るのかこの神様は。もしかして神ってろくでもないんじゃなかろうな。仮にこんなのが本物の神様なのなら、こんな奴のためにドンパチやってる人達が気の毒でならない。
「初対面の人間を煽るんですか」
「そういうコミュニケーションがあってもいいんじゃない?」
説教始めたと思えば誘拐して、さらに気取った上で煽り始めるとかもう何を試されてるのか理解しかねる。そういうコミュニケーションがあるのは百も承知。でも初対面じゃん。
……そうだよ誰だお前。名乗れよ。あとその指差す仕草気取っててムカつく。ってそうじゃない。混乱し過ぎだ俺。
「名前は」
もうなんか早くも面倒になってきた。もう正直何でもいいから、話すこと話して返してくれ。あとなんなら飯をよこせ。
「随分と慣れたもんだね。すっかり生意気になっちゃって。あ、私はノルズル。君に少し用事を頼みたくてね」
相変わらずの煽りついでに、神様とやらは答える。どこの言葉なんだろう。
「どこの名前ですか?」
「言っても知らないと思うよ。それで君、名前は?」
ああ、そうだった。自分から名前を聞いたのにこっちが答えるのを忘れていた。『こっち』とか言ってるくらいだから、日本人の名前にも耳馴染みはあって欲しいけど。まあ日本語も喋ってるしすんなり受け入れてくれるだろう。
「三目行って言います。えっとそれで、神様とやらは俺に何か要件がおありなので?」
何を任されるのかちょっとワクワクしないでもない。でも普通に不安。神様のお使いなんて常人につとまるものなんだろうか。なにせ神様と会ったのは初めてだから何もわからない。口の悪、い人で遊ぶタイプの神様。そしてその用事。断れるなら断っておきたい。ほんとに。一応本題に入る前に確認しとこう。
「……俺じゃなくてもいいのな
「君に、異世界に行ってもらう」
別にそういう非日常を求めてたわけじゃないんだけどなあ。
いかがでしたでしょうか? 様式美ですねぇ。神様の見た目を想像してたら、結局人間とあまり変わらない見た目に落ち着きました。ちなみに神様裸足です。気が向いたら評価とかブクマとか、お願いします。感想書いていただけると喜んだりするかもです。ではー