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異世界風土記〜諸国漫遊が仕事です〜  作者: 木桶 晴
1章 見知らぬ国と人々について
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0. その日

 こんにちは〜木桶晴(きおけ はれ)と言います。これで二作品目なのですが、前回の作品は再編のため一旦削除したのでないのです。そのうち投稿します。少しだけ世界観を共有しているので、前座と思って楽しんでいただけると〜

「王は何故未だあのような瑣事(さじ)をっ!」


 それは、ある貴族の心からの叫びである。都の近隣に中規模の、しかも複数の領地を持つ家の(あるじ)であるこの風船男は、国家運営にしてみても……たとえ気が短いからと言って外れていい存在ではない。

 都は人間と神獣が相争った時代からずっと長いこと、国の最大の要所であった。ゆえに権威は途方もなく、それは都に近い規模の国ですら、ある程度力尽くでこき使えるほど。


「正しき人があのような下賤の巣食う地に赴くなど正気ではない!」


 城門に向かう彼の足は、歳のせいか、はたまた大きく膨れた体のせいか近頃感じ始めた痛みを無視し、ドスドスといつもより一段と大きく踏み鳴らされている。彼の気性は置いておいて、慣習としてではありながらも能天気な王に従う忠義者である。そんな彼の悩みは、最近増えてきた抜け毛で金糸の髪が減ることではなく、数年前の、


「旅……がしたい」


という(クソガキ)の呟きに端を発する。前国王の天才的な統治により経済状況や治安などの諸々が大きく改善し、正直もうやることがない中で王になったのがこのクソガキ。そこで問題だったのが、もう話すことがだいぶ減ったとはいえ、それが公式の定例会議の場での言葉だったこと。最初会場には戸惑いの空気が流れ、王が勝手に話し始めたその後、その場のほとんどの人のため息に包まれた。


「数日ならまだしも、数ヶ月にも及ぶ長旅だというではないか!」


 もちろん関係者にしてみれば、王の言葉はとんでもない暴言である。その間の業務は誰がやるのか、どうやって身を守るのかなどなど。早いところが論外である。

 この王、好奇心旺盛なのはいいのだがどうも空気が読めないきらいがある。ノリが悪いとかそういうことではなく、どうも自分の立場を気にしなさすぎる。……これでも頭はいいのだ。それがどうも研究者向きだったようだというだけで。しかし残念ながら王族に生まれてしまったために、そこら辺の選択肢は選ばれることはない。それが残念なのは本人にとってだけでなく、王宮関係者からしてもであった。


「それもお一人で!」


 まあ誰がどう考えたって、国のトップが他国含めて一人旅なぞ正気の沙汰ではない。治安の悪いところだってあるのだ。それに、どこの国の領土でもない土地は、各国の追放者たちがひしめく魔境でもある。治外法権とかそんなレベルの話ではない。早い話が論外である。


「まあまあ、そうは言っても実行されたことはないのですから当分は大丈夫でしょう」


 彼の古い友人であるところの優男は言う。親子ほども歳は離れているものの、気難しい彼が友人として認めるに足る知識と人格を持った赤毛の好青年。互いに嘘はつかないが、それでいて信用しているというわけではない奇妙な間柄。暗黙の了解やら言葉の裏やらが日常の、貴族社会ならではの実に貴族らしい関係性。


「だがそれはっ……あなたは王に賛同するおつもりか!?」


「……いえ、私ももう少し興奮を鎮められるようになっていただければとは思うのです。と言いますか、まずは定例会議で話すのは控えていただきたいですね」


 定例会議に出席する者の一部を除いた全員が、彼が読んだり聞いたりした『お外』の話を延々と聞かされるのはもううんざりであった。別に興味がないなどではない。貴族の面々には芸術品や学問に造詣の深いものも多くいるわけで、王国の中の一つの単位、その領地の一国一城の主人ともなれば尚更である。彼らとて、最初は学びを志す新参者を、半分は呆れ、もう半分は懐古の念を抱きつつ見守っていた。それも二時間続けば消え失せる。なまじ業務中なせいで、さらに言えば国王の前なために堂々と退席するわけにもいかず、さらには空気の読めない王は諸々ガン無視で話し続ける始末。


「そうであろう! あれはどうあっても目に余るのだ! なぜ別で統治者をたてぬ! この際あの小娘でも良かろう!」


 この男とて分かってはいるのだろう。先代国王の息子は彼一人、それと娘が3人。その上息子は14歳。弱冠も弱冠である。まだ幼い彼に政治なぞできるはずもない……のだが、最近変わってきたとはいえ、ここの王家は直系の男児以外を玉座に据えるのを妙に嫌がるために、他を立てるわけにもいかないのだ。というのも、1000年を超える歴史を持つ、神の時代より連なる王宮である。そんな由緒正しい慣習に、それが仮に大した意味を持たないものだったとしても、逆らう王はなかなか現れなかった。例外として、二代前、実質的に統治を行わない飾り物の王ではあったが、長い歴史の中で初めて女王が王座に座った。約半分と四半世紀前のことであった。


「どうしてかこの国は、女を王として立てるのを嫌がる。貧民の如きしきたりではありますが、若い王に民を見る目を養っていただけるなら、これもまた後代の財となりましょう」


 彼らとて、別に王を本気で嫌っているのではない。ただちょっと、……ちょっとだけ時と場所を弁えてもらえるとなあ、みたいな。まあ片方の憤慨具合はちょっとでは済まないようだが。

 この国の貴族はほとんど皆、王が即位したのちにそれぞれ顔合わせに向かう。もちろんこの二人も例外ではなく、自分の領地に興味深々な王に、二人が二人ともちょっとした嬉しさを感じたものである。その時、これまた二人とも若いうちに顔馴染みになっておけば後々利用できるかも、とか思ったのはお互いに内緒。


「そんなものは王宮の指南役が教えれば済む事なのだ! なにゆえ王宮は民を惑わすような真似をする!」


 友人をなだめながら、こんな話題で会話しているのを誰かに報告されたらとか、こいつが勢いで反乱でもしたら今までに築いた関係がとかそんなことを考えている男と、王宮関係者には聞き慣れた怒鳴り声の主。その横を小走りですれ違う、王宮付の司祭団の一人があった。




「大司祭様」


 司祭という名前が示すのは、もちろんキリスト教的意味での話ではない。ここでは文字通り『国の祭事を取り仕切る司』という意味での司祭。訳語は司祭だが、それはそれで我々の世界の司祭とは細かく異なる。そしてこの司祭、厄介なのは祭事だけ取り仕切ればいいものの、政事(まつりごと)まで仕切ろうとすること。


「どうかされましたか?」


 司祭の仕事部屋は広いが、神学や魔法の本で埋め尽くされた本棚と、書類が山と積み上げられた机ばかりが目立つ、なんとも味気ない部屋であった。椅子だけ豪華なのは、数年前から悩まされるようになった腰痛のために購入した特製のものだから。高そうな木製の椅子に腰掛けるずんぐりとした白髪の老人は、話しかける瞬間、柔らかい笑顔を浮かべた。


魂呼(たまよび)の式にて不足の事態が発生したので、式長様から取り決め通り大司祭様をお呼びするようにとのことで」


 そうか、今日はその日だったなと思い当たり、老人は小さく頷く。シワのよった皮が少し顎の下に垂れ下がり、その優しそうな老人といった印象を強くしている。普段からお穏やかで人に好かれる人格者である彼だが、政治においてはかなりの手腕を持つ大ベテラン。

 柔和な笑顔を浮かべていた老人は笑顔のまま、だがそれを少し崩して、苦笑しながら答えた。


「取り決めですか。騒ぎになってしまうので、滅多なことでは私を呼ばないようにとも取り決めたはずなのですが」


 大司祭は王宮の下部組織の一つである司祭団の最高権力者。良くも悪くも、その立ち居振る舞いは四方八方から注目されている。そこで責任を問われれば、(おおやけ)で何か汚名を着せられる羽目になるかもしれない。最高位の司祭に問題を持ってくると公の問題にしなければならなくなるのは必至、そんなことならば、失敗や事故は下で何とかしろ、ということである。


「いえ、お話ししたところ、やはり大司祭様をとのことでしたので参った次第です」


 考えてみれば、あの頑固で生真面目な男に無闇に呼びつけるなと言えば、彼はまずもってそれを守るだろうということを考えついて、老人は小さく頷いた。


「わかりました。彼のことなので何か重大なことなのでしょう。彼を信じます。お知らせ、ご苦労様でした」


「いえ、このような遣いならばいくらでも」


 彼が立ち上がると、首から下げた金の印が揺れる。正三角形の中に二重円の入ったそれは、彼の目の前の若い司祭の祭服にあるブローチと同じ、彼らの崇める神を示す印。その首飾りは、信仰の厚きことの証。確かに『存在する』、神という絶対の存在。誰も見ず、聞かずではなく、選ばれれば現れる、そんな神様。


 王宮の奥の、ひときわ高い塔にある大きな魔法陣が、見たこともないような暴走をしている。まばゆく輝く紫色が、高い塔の上のくせに窓のない部屋の内部を照らす。

 彼の目にはこの原因は明らかであった。司祭団の面々は、全て魔法に通ずる。そして実務を任される類のものは、中でも選りすぐりである。その全てが首を傾げる中、ただ一人、大司祭と呼ばれる老人だけが、その真実の輪郭を朧げに捉えていた。


「……おお……そうか、これは……」


 周囲の困惑も意にかさず、ただ一人事態を知る彼は歓喜の声をあげる。それもやむをえまい。


「これは……やはり…………おお……おおお!」


 なにしろ彼の生涯の望み、それは神との邂逅。ただそれだけなのだから。

 いかがでしたでしょうか? 神様に会いたい、ってまあ割と会いたい人はいるんじゃないかなあ。でもこの大司祭様、それが一番の願望という珍しいお人です。話変わるけど、私も子供は苦手なのです。よかったら評価とかブクマとか、不定期連載になると思いますがよろしくですー

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