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13 マルチバース




 カップにミルクティーを注いでラン・クザルに渡す。飲み終わる間の少しの時間にポツポツと話した。

〈ルガルタ〉の意味において、多元宇宙の仲間入りを意味するというものがあった。

 仲間入りとはつまり、魔力を獲得することでその世界の重要度の上昇を意味している。

 そもそも多元宇宙とはなにか訊いた。

 それを自分なりに解釈してみると、こんな感じ。


    ◆


 瓶の中にビー玉が詰め込まれていると想像しよう。


 さらにその瓶は水によって満たされている。


 それが多元宇宙だと考える。


 ビー玉ひとつひとつが、異なる世界そのもので、一つの宇宙。


 瓶を満たす水は、世界と世界の隙間に満ちる、未知で、粗暴で、繊細で、予測不能の力だ。


 そして、世界は一つ所に安定して存在しているわけではない。


 ビー玉が詰まった瓶は、静かに安置されているわけではないのだ。


 誰かが蹴飛ばして倒してしまう、あるいは子供が蓋を開け、手を突っ込んでかき回すような、そんな予測不能な事態は常に起きている。


 瓶だと思っていたものが、もしかしたら洗濯機で、突然回り始めるかもしれない。


 瓶の下にはコンロがあって、熱せられ対流が起こり、世界はめちゃめちゃに動き出すかもしれない。


 瓶は冷凍庫の中にあって、凍ることで、世界は固定され、座標が導き出され、世界の特定が容易になる日が来るかもしれない。


 いずれにしろ瓶は破裂し、世界は永遠の闇の中に散っていくのかもしれない。


 そこまでではないにしろ、自重や温度変化といったものによる、より微妙な変化も刻まれている。


 多元宇宙とはそういうものなのだ。


 常に動かされ続けている幾多の世界の集合体。


    ◆


 もう一つ、言葉について気になっていたことを訊いてみた。

 最初に彼らの戦闘に遭遇したときも思ったことだった。【急送(ディスパッチ)】によって情報を受け取る前の時点で、彼らの言葉の中に知った単語を見つけることができた。

 ラン・クザルを指して呼んだ「汚れた水(ダートウォーター)」しかり。

 一体、なぜなのか。

「本来、多元宇宙の距離を論ずるなど馬鹿げているが、しかし遠近の感覚的なものはたしかにあるのだそうだ。その感覚を真に知っている者など、広い多元宇宙においても本当に一握りだろうが」

 そう前置きしてラン・クザルは続ける。

「近しい世界には類似した点が生まれやすい。それは何の脈絡もなく突発的に発生することもあれば、過去に二つの世界を行き来した者が存在した結果であることもある。どちらであるかはわからないが、この世界は……まあ、後者の可能性が高い」

「どうしてそう……?」

「お前も見ていた(オレ)を追ってきた奴らの世界。迷宮の先にある世界は、(オレ)の生まれ故郷ではないのだ。世界と世界を渡るなど本来は不可能に近い。(オレ)自身にそういった能力もない。にもかかわらずなぜ(オレ)はここにいるのか……」

 少なくとも、地球のほかに二つの世界が絡んでいる。迷宮の先にある世界と、ラン・クザルの本当の故郷。

 ラン・クザルは過去にこの三つの世界を行き来していた者がいると言っているのか。

 荒廃の原因もそこにあるのだろうか?

(オレ)の故郷の名は[輪廻する魂の休息と修練の地]、あるいは、[もう一つの太陽系]」

「え?」

火星(アル・グァヒラ)


    ▼


 アウトレットパークを出る。

 少し考えて、市内中心部に向け走り始めた。


 こうして走る間にも、つらつらと考え、思い出す。

 そういえば――。

 初めて転移した昨日。車に轢かれそうになったきっかけでもあるあの調子の悪さ、風邪ひいたかもなんて思ったが、よく考えてみると転移をした直後からそういった症状は消え失せていた。

 なぜか。

 それこそが魔力によるものだったと推測する。

 俺は魔法なんて使えないが、転移もそれの類いであると考えるのが妥当ではないか。

 呪文の行使は脳を酷使する。そのため疲労を伴うのだけど、それは貯めこんだエネルギーを解放するという意味でもあり、スッと気分が楽になり、頭がスッキリするような感覚があるらしい。

 あの頭の重さ、ボーっとする感覚は、扱いのわからない魔力が発散されることなく貯めこまれていった結果と考える。発散――俺の場合は転移――することで、貯めこんだ魔力が消費され、繰り返す内に慣れて、調節の仕方を身体が勝手に覚えていった。


 新たに得た知識の中には、その頭がスッキリするような感覚にハマり、錯乱して魔法を撃ちまくる輩もいることが示されている。さらに連続の呪文行使の負荷で意識が朦朧とする感覚にハマる者もいるらしい。まるで麻薬の中毒者みたいに。

 とりあえず、俺にその心配は……今のところなさそう。特に現実世界(ゲンセ)荒廃世界(コウセ)を行き来すると、強烈な吐き気に襲われるから頭がスッキリとか考えている余裕なんてない。


    ▼


 闊歩する怪物たちに見つからないよう注意しつつ、市内中心部に辿り着いた。

 駅前のロータリーを目指すが、途中で無人コンビニが目について立ち止まった。

 シャッターが下りていたが、押し上げてみると割と簡単にガラガラと開く。

 シャッターに保護され店舗内は無事、ということもなく、ガラスはことごとく割れていた。

 無人コンビニは入り口と出口が決まっている一方通行で、奥行きは3メートル、通路の長さは8メートルほどのこぢんまりしたものだった。

 通路の両サイドの棚には当然の如く商品は残されていなかったが、破れたスナック菓子の残骸などが散らばっている。

 ポテチの袋を拾って賞味期限を確かめると三ヶ月前に切れている。ポテチの賞味期限は六ヶ月程度だったはずだから、やはり街がこのように荒廃してからまだ一年も経っていないと見るべきだろう。


    ▼


 荒廃世界に転移してから拾った物の中に、赤、白など色のついた水薬(ポーション)のほかに、いくつかの道具があった。

 その中の一つが、あの太った懐中時計みたいなやつだ。

 凝らされた精緻な意匠が仕掛けになっていて、順に解いていくことで蓋が開く。寄木細工の秘密箱のからくりみたいに。ただわかってみるとそれほど複雑なものじゃない。

 

 これは『動物記(ベスティアリ)』というらしい。


 いわゆる、魔物図鑑。

 蓋を開けると、蓋の内側にあるレンズが外にスライドするようになっている。レンズで対象を覗くと台座にその姿が立体投影され、解説文が周囲に浮かぶ。ハイテク。

 図鑑内に記載がないものはレンズで記録、解説を自分で付けることも可能となっては、いろいろレンズで覗いてそいつが何なのか確かめるのが楽しい。

 アウトレットパークですぐに現実世界に転移しなかった理由がこれだ。

 集中を高め、あの空間知覚がうまく働けば安全に転移を完了させることもできたと思う。

 襲ってくるものもいなかったのだから。

 でもどうにも好奇心を抑えられなかった。コンビニはたまたま目についたにすぎない。


『──grurururururunt』


 グラララと低い唸り声が聞こえ、通りの角からそいつが現れた。

 全長は十メートルを超えるだろう。長い尻尾が瓦礫を打ち崩す音が響く。

 まだ距離がある。図鑑のレンズで覗くと『異蜥蜴(アロサウルス)』。

 すごい。まんま恐竜だ。

 おそらく、かつて地球に棲息していた恐竜ともまた違うのだろうが。なんといっても魔力があるから。

 図鑑によると〝竜モドキ〟とも言われる『擬竜(ぎりゅう)/ドレイク』の一種らしい。『飛蜥蜴(ワイバーン)』と同属。

 へー、なんて考えながら図鑑から顔を上げ実物を確かめると――目が合った、気がした。

 こっちに向かってくるのを見て、まだ距離があるのをいいことに黒霧世界(コクムー)に逃げ込んだ。


    ▼


「え?」


 そこにはボコボコにされた大きな車体。

 鼻を衝く異臭、吐瀉物や荷物が散乱し、変色した血痕。

 行方不明と報道されていたバスが一台、横転していた。





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