手記に記した王女
短いです
◇◇◇
「また、ゴシップ紙かい?」
いつものようにゴシップを読んでいますとエヴァターユが入ってきてわたくしの頬にキスをしました。
彼に連れられるまま、部屋にあるグランドピアノの前まで来ると二つ並んでいる椅子の片方に座りました。勿論ゴシップ紙を握ったままです。
今日は自由に弾く日なので指の準備運動をしたエヴァターユはゆったりとした動きで演奏を始めました。
「本の売り上げが伸びてるそうだよ」
「あら本当?わたくしの手記なんてつまらないと思っていましたけど、楽しんでいただけたなら嬉しいわ」
「人の不幸は蜜の味と言うしね。他国なのも興味をそそられたひとつらしい。ま、今更ドロシーの素晴らしさを知っても手放してあげないけど」
「まあ、エヴァンったら」
ふふっと笑いながらキスをした。弾きながらキスができるなんてエヴァターユって器用ね。
「それで?ゴシップはなんだって?」
「えーと、
『元男爵令嬢は王妃になるために未来の国王を体を使ってたらし込んだ毒婦だった!』
『王子の本当の婚約者は公爵令嬢だった!なんたる破廉恥王家!国の面汚し!その公爵令嬢は悲しみに暮れながら他国で王妃様に』
『王女が生まれたお陰で王妃になれたのに長年王女を陰で虐待していた?!政務ができる能力がないことの腹いせに苛めていた可能性も?!』
『自分達は身勝手な結婚をしたのに王女には恋愛をさせず政治の道具にした最低な親だった!民に寄り添う〝心優しい王妃様〟のイメージはボロボロ。民衆からは不満の声も』
『王女に選んだお相手は建国以来仕えてきた血筋と伝統を重んじる家柄ばかり。歴史が浅い男爵家の王妃が威張り散らしているから王女様がわりを食ったのでは?』
『民衆に人気者の王妃様は貴族には嫌われ者で通っていた?!仕事は全部国王と王子に押しつけ自分は遊び放題。どうやら自国の貴族の名前をまったく覚えていないとか(笑)』
……ですって。記者達も読んだのでしょうか」
「それは読むだろうね。あれだけ赤裸々に書かれているんだし」
わたくしの手記を読んだらしいゴシップの記者達はガラリと態度を変え、今まで王妃贔屓だった内容を非難するものに入れ替えました。
ここまで変わるとは思ってなくて驚きでしたが、ゴシップ以外の記事もほとんどがドロシーに同情的で母に対して怒りを感じている者が多いようです。
それもそのはずで、どうやら母は人気を集める一方で市民の期待に応えない動きをしていたようなのです。その不満が今回の件で爆発した、と言ってもいいでしょう。
例えば慰問に行き施しをしますが、今切実に困っている教会には要請があっても行かないとか、行く教会も毎回同じで王妃が個人的に仲良くしている神官がいるのだとか。
定かではないものの、神官との不貞を疑われてもいるようです。母は否定しているようですが、人は一度疑いの目を向けるとどれもこれも疑わしく思えてしまうもの。
特に母は期待を裏切っています。信じたくとも鵜呑みにはもうできないでしょう。
「お母様には〝嘘を書くな!〟と手紙で罵られましたけどね」
弟の誕生パーティーの後に出来上がった本を送ってみたのですが、ゴシップ紙の内容が変わったのに気がついて慌てて読んだようです。そういう嗅覚は凄まじいのですよね。
「わたくしは単に自分の身に起こったことを書き綴っただけですのに」
「彼の方は図星を指されて身につまされているんだよ。ほら、王家のゴシップは彼女が情報源だったし」
そうなのです。わたくしのも含めて王家の情報はほぼ母が流していました。
注目されることで自分の支持を強めたかったようですが、母の支持が増えても王家が下がっては意味がないのでは?とは考えなかったようです。
それだけ王宮での身の置き場が難しかったのかもしれません。
パーティー以降は少し大人しくしていたようですが、わたくしの手記で母は激怒したようです。自分だって嘘を広めているじゃないか!だそうで。
今まで民衆から受けていたものすべてをわたくしに奪われたとでも思ったようです。
腹いせに贈った本はすべて焼き捨てたと、父もお怒りだとわざわざ手紙で報告してきた母ですが、相変わらずなんの捻りもない文章に宰相にでも送りつけてあげましょうか?と溜め息を吐きました。
そんな母ですが、報告書では父とケンカの日々を送っているそうです。最近はお茶会を開いてもめっきり人が集まらないとか。
元々噂好きで口の軽い、軽率な方々が多かったものですからさすがに雲行きが悪くなったと距離を置かれているのでしょう。
それで第二の標的である義妹に絡んでいるそうですが、二人の絵姿を使った商品が売れなくなり、在庫が王宮に送られてきてどちらが悪いのか、赤字を誰が支払うかで揉めているそうです。
義妹が『お義姉様に送りつければいいのでは?』と言っているみたいなので、シュバリエの国王を通して苦情と一緒に送り返してもらう予定を立てています。
税関を通さない手もありますがその辺りもきっちり手数料と費用を取る形にしようと考えています。
わたくしの本を読んだ者達によって母がしてきたことが詳らかになりましたが、わたくしは既に王家を抜けた赤の他人です。
ピッツァードの市民の支持者がいくら増えようとわたくしには関係のないことですし、不燃物を寄越されても廃棄に手間も時間もかかります。そしてこれっぽっちも、まったく、いらない不要な物です。
だってわたくしが描かれてませんし、母や義妹に絵姿でも監視されたくありませんもの。
母も『事実無根』と知らぬフリをしていればいいだけなのですが、娘と同じくゴシップ紙が好きな母は放って置くことができないようです。
「お母様も義妹様もご自分の立場をよく噛み締めればよろしいのに」
報告書での母は一人物憂げに溜め息を吐いたり、時には泣いてみたり。声をかけると何でもない、と口では言いながら、話したそうな空気を出して相手の気を引こうとしていたそうです。
かと思えば、いきなり予告もなく父の執務室に怒鳴りこんできて仕事をしっちゃかめっちゃかにした後、慰めてもらうまでその場で号泣。
取り繕った上で仕事の邪魔をしないようにとお叱りを受ければ浮気してるのかと責め立て、宰相などの側近達が娼婦を斡旋してるんだろうと喚き散らして『公式の』パーティーでペラペラとその一件を話していたそうです。
そのせいで思った以上に早く宰相達が動き、母は幽閉されたとか。されないとか。少なくともシーズンに入ってから一度もパーティーに参加できていないそうです。
「後悔してるかい?」
ポロロン、と悲しげに音が鳴りエヴァターユを見ました。
「いいえ。わたくしはピッツァードの籍を抜いた身です。何があっても後悔はしませんわ」
頭を振って返すと元気づけるようなメロディーが奏でられました。
父からは正式に籍を抜いたという報告が後日届きました。
シュバリエで侯爵夫人になることが決まっていたので深くは考えていなかったのですが、公式に通達されたことで宰相達からの目を逸らしてくれたのかもしれません。
いつまで経ってもよくわからない人でした。なので母をどうするつもりなのか、まったく想像できません。
最新の報告では義妹が母に成り代わり、社交界を席巻しているそうですがそれもすぐ終わりを告げるでしょう。彼女には未だに妊娠の兆候がなく、弟も例の公爵令嬢とよく話しているそうです。
「……でも」
言葉を切るとエヴァターユが視線を合わせてくれました。
きっともう母の手紙に煩わされることはなくなるでしょう。離れてホッとしたのに少し物悲しい気持ちに大きく深呼吸をしました。
わたくしがエヴァターユという素晴らしい男性に出逢い、侯爵夫人になって、子を産んでも、そして幸せになっても母に伝わることはないでしょう。
赤の他人で、遠いシュバリエにいるわたくしには伝える術などありませんから。
「これからもずっと、わたくしの隣に居てください」
「勿論だよドロシー。嬉しいことも、悲しいことが起こっても隣に居るよ」
「エヴァ……わたくしは幸せ者ですね。こんなにもわたくしを想ってくださる方に出逢えたのですから」
「私も幸せ者だ。こんなにも優しいお姫様を隣に迎え入れられたのだから」
「末長く、あなたと共に居させてくださいね」
片手で演奏をしながら、エヴァターユはドロシーを抱きしめてくれました。そのメロディーはどこまでも優しくてわたくしを丸ごと包み込んでくれました。
読んでいただきありがとうございました。
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4月12日
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