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母と王女

 ◇◇◇



 父から直々に呼び戻されたわたくしは自国ピッツァードでの王族籍を抜くつもりで帰国いたしました。


「あらやだ。本当に帰ってきたわ。いつもはいくら帰ってきなさいと言っても言うことを聞かないのに」


 再会の母の一言目がこれでした。

「この忙しい時に何で帰って来たのかしら」と愚痴愚痴言いながら、弟の誕生パーティー準備で忙しいから勝手にしていなさいと放置されました。

 味方が居ないから帰ってきてほしいと訴えていた手紙とは別人のようです。


 仕方なく久しぶりの自室に入るとメイド達がまだ準備をしている途中でした。

 シーツを取った部屋は出ていったままでしたが先触れを出したにも関わらず整っていないところを見るとゴシップ以上に王宮が冷え込んでいるのでしょう。


 やっと落ち着いてソファに座った頃に宰相が現れました。そんなことは初めてだったので驚きましたが、話の内容には驚きませんでした。


「王妃があなたをご実家である男爵家の使用人として身元を引き受けるそうです。このことは先日の会議で我々一同も合意し陛下のサインもございます」

「そうですか」


 嫁ぎ先のないドロシーを慮り、母は奉公先を見繕ってくれたそうです。なんと愛情深いことでしょう。

 それは稚拙な醜聞隠しであり王女であるわたくしへの侮辱でしたが、父もサインしたということは両親共々娘の将来などどうでも良いのでしょうね。

 もしくは煩い母に呆れて考えを放棄したのかしら?笑えない話ですわ。


 シュバリエの友人達に少し零したら王女が実家の、しかも男爵家の使用人になるなんて前代未聞だと、ありえないと驚いていました。

 そのせいで母国に帰るなと何度も引き留められたくらいです。友人達のお陰でわたくしは救われた気持ちになりました。


 驚きも嘆きも怒りもせず、淡々と返すわたくしに宰相の片眉がピクリと持ち上がりました。


「本当によろしいのですか?あなたが望むなら嫁ぎ先や修道院を選ぶこともできるのですよ?」


 ポロリと試すような言葉を吐く宰相に吹き出しそうになり扇子で隠しました。嫁ぎ先を選ばせてくれるなんて本気かしら?そもそもまともな家柄がどれだけ残っているかどうか。

 宰相は試しているのかしら?修道院と聞いて怒ったり嘆いたりすれば王女らしからぬと言って押し込めるつもりなのかしら?

 そんなことを考えましたが、乗ってあげられるほどわたくしは元気がありませんでした。だって本当に馬鹿馬鹿しいんですもの。



「わたくしが望むのは留学していたシュバリエまでの路銀ですわ。それ以外はいりません。ああ、ついでに王族籍も抜いていただいて構いませんわ」


 宰相ら高位貴族達は王家の、特に母の血筋を根絶やしにしようと考えているとわたくしは思っています。

 不敬にも身分違いの夢を叶えてしまった母です。他の貴族らは面白くないと思っていたはず。


 王女であるわたくしの嫁ぎ先がここまでなかったのは母の後ろ盾の弱さと宰相らの圧力のせいでしょう。

 国に残れば母の実家に閉じ込められた上で宰相らに監視されるか、子を産ませないようにするくらいは考えているでしょう。修道院も体のいい幽閉先でしょうしね。

 義妹の生家である子爵家は子沢山の家系だというのに未だに子宝が恵まれないのは、王宮にいる高位貴族達(誰か)が何かをしているからだと考えています。



「シュバリエの空気はドロシー様の肌に合ったのですね。ですがあちらにお戻りになられてどうするのです?平民として生きていくおつもりですか?」


 宰相が探りをいれてきてドキリとした。シュバリエにも間者を忍び込ませているでしょうけどどこまで知っているのかしら?

 場合によっては命を奪われたりするかしら?でもこの国で何かしようなんて考えていないし、見逃してくれるかしら?


「素敵なピアニストの方と出逢ったの。あちらでその方と添い遂げるつもりよ」


 ニッコリ微笑めば、宰相は取り繕うのも忘れ鼻で嗤いました。

 名が知られていないピアニストは貧乏で、貴族でも下位の者が多いのです。楽器を扱える貴族はやはり高位の方が数も種類も多いのですが趣味で楽しみ〝ピアニスト〟と名乗る者はほとんどいません。

 なので宰相も『さすがは男爵王女。それなら国に損害もなく追い出せるな。僥倖、僥倖』というしたり顔で「それは良かったですね」と返してきました。

 余程面倒事(わたくし)が居なくなるのが嬉しかったのでしょう。安堵しているのが丸わかりでした。



 それから弟の誕生パーティー当日。

 顔見せ程度に出席するつもりでしたが母親が気まぐれでドレスの直しを監督し始め、針子を困らせていました。

 踊るつもりも踊る相手もいないのに母は娼婦も真っ青な、はしたないほど胸元を大きく切り取り年齢にそぐわない色のフリルやレースを縫いつけさせました。

 出来上がったのは流行遅れで破廉恥なドレスでした。


 針子達には申し訳なかったのですがさすがにこれを着て公の場に出るのは気が引けたので、エヴァターユに贈ってもらったドレスを着ることにしました。

 シュバリエで流行ったものなのでピッツァードでどう見られるか不安でしたがそんな心配はいりませんでした。


 両親、特に母は未だに未婚のわたくしを恥ずべきものと知らしめたいらしく、自分達は中央に立ちながら実の娘を使用人と同じ影になる舞台袖近くに据えました。

 ですがまあ、本日の主役は弟ですし国王夫婦、王子夫婦が並ぶとわたくしの居場所がなかったのも確かです。下手に前に出されるよりは良かったかもしれません。


 このまま何事もありませんように、と願っていましたが、そういう時に限って裏切られることを忘れていました。


 歓談に入り、そろそろお暇をしようとしたら母が楽しげにこう述べたのです。


「わたくしの娘、ドロシーはこの度シュバリエにいる〝音楽家〟との結婚が決まりましたの」


 宰相にでも聞いたのでしょうか。いきなり結婚話を暴露しました。どうやら母は音楽家という立場がどういったものか知らなかったようです。

 音楽家もピアニスト同様、無名では誇れるものではないために周りからは嘲笑のような声が漏れました。

 音楽家というのは母が勝手に解釈したものでしょう。彼女には何一つエヴァターユの話をしていないのです。なのでプロポーズされたことも伝えてません。


 きっと反対されると思っていたからなのですが、認めるにしてもこんな辱めのような言い方をしなくてもいいのに…と母の無知さに顔が赤く染まりました。


「本来なら此方でも挙式を行うべきですが、ドロシーはシュバリエで行いたいと聞かなくて……ですから皆さん。この場で祝っていただければ幸いです」


 パラパラと疎らに鳴る拍手に胃がねじ曲がりそうなほど苦しくなりました。聞いた貴族達が嘲笑っているのがよく見えました。

 ほら、お礼を言いなさいと笑顔で急かしてくる母にそのまま走って逃げたい気持ちになりました。

『爵位に囚われず、娘を慮る素晴らしい母親』を演じる堂々とした母に吐き気がしました。


 母の言う通りに高位貴族と結婚していれば、公の場でこんな辱めを受けずにすんだのに。自分で選んだ人はさぞや素敵なんでしょうね。と顔に出ていました。

 そこに貴族のしがらみも娘の立場を考慮する気持ちも一切ありませんでした。



「ドロシー様。私と一曲踊っていただけませんか?」


 母が勝手に祝ったせいで帰るに帰れなくなったわたくしは壁の花を演じていると、ふと聞き慣れた声に誘われ顔を上げました。

 そこには正装のエヴァターユが居て目を瞬かせました。誘われるまま踊り場に向かうと曲が始まりステップを踏みました。


「驚いたわ。どうして?」


 思ったことをそのまま告げれば、国王夫妻が招待されていて、護衛代わりに着いてきたのだそうです。

 言ってはなんですがエヴァターユは体の線が細く護衛するというよりはされる方にしか見えません。

 クスクス笑っていたら「君に会いたかったんだ」と囁かれ頬が染まりました。


「私が贈ったドレスだね」

「ええ、はい。折角なので……でもエヴァンが来るとわかっていたらもう少し手を加えましたのに」


 来ると思っていなくて前回着た時と同じまま出席してしまったから恥ずかしくて仕方がありませんでした。

 ああでも、あのありえないドレスのせいで針子に無理をさせていたからどちらにしろ手直しは難しかったかもしれませんが。


「そんなことはないさ。このドレスはまだ二回目だ。それにいつも横顔しか見られないからこうやって真正面からドロシーを見られるのはそれだけで新鮮なんだ」

「もう、エヴァンたら……」


 他に言葉が思いつかなくて上目遣いで睨むと彼はニヒルに笑って「似合ってるよ」と囁いた。それだけで全身から湯気が上がりそうでした。


 満身創痍でダンスを終えると、そこになぜか母が待ち受けていました。

 シュバリエの国王夫妻に挨拶した後でしたから余計に気まずく構えると、母はいきなりエヴァターユに話しかけ、わたくしは目を瞪りましたわ。



「あら!あなた侯爵なの?!しかもまだ結婚されていないのね?それは素敵だわ!」

「お、お母様」


 声高に話す母に冷や汗が流れました。注視する中には宰相達高位貴族もいたのです。

 パーティーでは何もないと思いましたが、できればあまり目立ちたくありませんでした。


「この子ったらこの年になっても身の振り方を考えない自由奔放な子でしてね。ひょっとしたら一生未婚のまま生涯を終えるんじゃないかと心配していますの。

 侯爵。もしよろしければもう少しこの子のお相手になってくださらない?()()()()()、気が合うと思いますの」

「お、お母様!」


 なんて失礼なことを!いえ、待ってください。もしかして本当はエヴァターユのことを知ってるのでは?と母を見れば、思いきり二の腕をつねられました。

 あまりの痛さに声をあげそうになりましたが扇子で隠しなんとか呑み込みました。


「おどおどとはしたない。もっと堂々となさい!」


 と小声で叱りつける母に何を考えているの?と内心引いていました。

 母はわたくしとエヴァターユの関係に気づいたわけではなく、侯爵の彼をわたくしに宛がうために音楽家の結婚相手(先程の話)をなかったことにしたのです。


 どちらもエヴァターユなので支障はありませんが、もし違うならとんでもない話です。母はどれだけわたくしを侮辱すれば気が済むのでしょうか。


 先程誰ともわからない音楽家と結婚するのだと勝手に公言したのは母です。それはエヴァターユやシュバリエの国王夫妻も聞いています。

 その上で自分は結婚式には参列しないと結婚に反対している素振りを見せ、エヴァターユに水を向ける発言をしているのです。


 この国の王妃自ら浮気をしろと、でなければ爵位のない音楽家から乗り換えろと衆人環視の中勧める母に、わたくしは顔を覆いたくなりました。

 父を見れば知らん顔で弟を連れ他の要人と話しています。義妹は自分の友人らといるのか姿が見えません。


『お義姉様が帰って来てくださって嬉しいわ!』


 と最初の夜に話した以降は、母を押し付けあの義妹は顔すら見せませんでした。

 ほとほと身勝手な人達だわ、と溜め息を吐きたくなります。

 音楽家と結婚する王女に言い寄られる侯爵(エヴァターユ)の気持ちを鑑みない冒涜に、国際問題になったらどうするつもりなの?と苦々しく思いました。



「いえ、ドロシー様のお相手を怒らせたくないので手を引かせていただきます。音楽家は激情家が多いですから」


 しかしエヴァターユは一番摩擦が少ない方法で素早く行動してくれました。

 自分のことなのに、と内心突っ込みましたが、エヴァターユがウインクをして去って行きホッとしました。

 内心母が失礼なことをしたので少し心配だったのです。


 すれ違う時にまた後で、と聞こえたから帰りは一緒なのでしょう。そう思ったら嬉しくて元気が湧きました。


 エヴァターユが去り、近くに誰もいなくなると誰も彼も繋ぎ留めておけない魅力のないドロシーと母は睨みながらぶつぶつと文句を言い始めました。


「はあ。まったくあなたは折角の出会いを不意にしてどうするつまりなの?一生一人で生きていくつもり?あなたにそんな力があると思っているの?」


 音楽家と結婚すると言った先から一生一人とはどういうことでしょうか。


「どう考えても音楽家より侯爵家がいいでしょうに。まったく見る目がないわね。自分の将来のことでしょう?……はあ。なんて愚かなのかしら。

 ……はあ。一人で野垂れ死ぬくらいならわたくしの実家に住まわせてもらった方が良いんじゃなくて?その際は使用人として仕えてもらいますけど。

 仕方ないわよね?あなたはいつまで経っても将来のことをなーんにも考えないんですから。

 婚約者を見繕っても全部ダメにしてくるし、どの家からも釣書が送られてこないし。まったく、誰に似たのかしら?


 留学させてあげても、見つけてきたのは生活能力がない音楽家(ガラクタ)ですものね。わたくしに似れば隣国の王妃にでもなれたでしょうに。はあ。

 ドロシー。今からでも遅くないわ。音楽家なんてやめなさい。実家の使用人の方がまだまともな幸せを掴めるはずよ」



 一人じゃ何もできない王女のあなたじゃ平民生活なんてすぐに音をあげるわ。使用人として働けば生活能力がつくのだからそれから音楽家と結婚すればいいじゃない。

 また溜め息を吐く母に胃の辺りがグルグルとしました。売れ残りの王女は男爵家の使用人程度の価値しかないのでしょうか?

 母に似たら既にご迷惑をおかけした隣国の王妃様にまた迷惑をかけるということでしょうか?

 ありえない、酷い話です。母に似なくて心底良かったと思います。


 今日のパーティーには他国の要人も来ているのになぜ母を放置しているの?全部わたくしに押しつける気ですか?!と睨むように母の先にいる父を見ました。


「あなたからも言ってあげてくださいな。音楽家との結婚などやめて、予定通りわたくしの実家の使用人として働きなさいと」


 男爵家の使用人?と聞こえた方々達は吹き出したりざわついたりしました。

 いくら娘とはいえ、王女のわたくしにここまでの侮辱はないと思うのですが、父は諌めもせず無言でこちらを見ました。

 本当は羞恥で心も体もしおしおだったのですが奮い立たせ背筋を伸ばしました。



「お父様に再度お願いいたします。どうかわたくしの籍を抜いてください。この国のわたくしの扱いに愛想が尽きました」


 本当はこんな場所で話すことではないのですが、母にも、高位貴族()にもはっきり知ってもらう必要があるでしょう。

 まっすぐ見据えれば父は難しい顔をしたまま口を開きました。


「籍を抜けばもう王族でなくなり親子でもなくなる。それでいいのか?」

「はい。王女であることを放棄します。わたくしはもうこの国に戻るつもりはありません」


 はっきり言葉にすれば父は「そうか。わかった」と目を伏せました。了承ととって良いのでしょう。本当の親子ですのに呆気ないものですわね。


 その代わり母が動揺し「撤回しなさい!」、「本気ではないのだから真に受けてはいけません!」と父娘に強く言いましたがどちらも取り合わず、わたくしはざわめく会場を後にしました。



 その後も母は、

「お前は愚かで馬鹿な娘だわ!留学したのに何を学んだの?!あんな場所で進言するなんて!こんな恥知らず見たことないわ!」

 と自分のことを棚上げして部屋の前で罵りましたが、部屋のドアは一切開けませんでした。正直もう母とまともな会話ができないと思ったからです。


 時折、罵声に混じって、

「わたくしほどあなたを大切に想っている人間はいないのよ?!あなたのためを思って言ったの!聡いあなたならわかるでしょう?だからわたくしの言うことを聞きなさい!」


 と、情に訴えてきましたがとても煩わしくて叫びたくて仕方ありませんでした。


 なら何でもっと周りと上手く付き合ってくれなかったのか。何で味方になる家を選んでくれなかったのか。何でいつもわたくしを貶すのか。

 何で、何で、何でと叫びたくて仕方ありませんでした。



「お母様」

「な、なぁに。ドロシー。話をするならここを開けなさい。顔を見て話すのがマナーだと教えたでしょう?」


 ドア越しから縋るような声が聞こえました。声は萎んでいますが言葉の端々に怒りが見え隠れしていました。

 鍵がかかっていることを確認してからわたくしは大きく息を吸い込みました。


「わたくしは平民になりピッツァード国を出て行きます。この国にはオースティンがいれば安泰ですし、わたくしがいなくても問題ないでしょう」


「そうは言っても音楽家となんて無理よ!王女のあなたが平民みたいな貧しい生活なんてできやしないわ!

 すぐ音を上げて帰ってくるのがオチよ。考え直しなさい。出戻りなんて恥なのだから!少しはわたくし達の気持ちも考えなさい!」


「いいえ。わたくしは出て行きます。それにこの国に残っても家から追い出して男爵家に使用人として雇おうと、いえ奴隷にしようとしているのはお母様ですよね?」


「ど、奴隷なんて人聞きの悪い!わたくしはあなたを想って実家のお父様達に頭を下げてお願いしたのよ?!わかる?王妃のわたくしがあなたのためにここまでしたのよ?!それを……!

 そもそも、あなたがちゃんと結婚しないのが悪いんじゃない!わたくしが用意した婚約を次々破談にして!わたくしに恨みでもあるの?!」


「政略も王家もろくに理解していない方が何を仰いますやら。その婚約はお母様が勝手に組んだものだそうですね?お父様も宰相達も知らなかったそうですよ」


「それは、その、わ、わたくししかあなたを心配している人がいなかったからよ!だから仕方なく」


「貴族の取り決めを覚えていますか?お母様はこの国の法律をどれ程覚えたかしら?変わった数も内容も勿論覚えていますよね?」


「……っ」


「婚約証書の偽造は禁固刑に入る重罪ですの。それをお母様は何枚用意されたかしら?」


 政略みたいな家同士の婚約は両家の話し合いと国王、教会のサインが必要になります。恋愛結婚しか知らない母は諸々を飛ばして婚約させようとしたのです。

 恥をかくのは娘ばかり、ということを母は知ろうともしませんでした。

 息を呑む音が聞こえた気がしましたが構わず続けました。


「それからお母様に似れば隣国の王妃にでもなれたかも、と仰いましたよね?お忘れですか?隣国の王妃様はこの国の元公爵令嬢。お父様の元婚約者なのですよ?」


「だ、だからなんだというの?!ただ〝なれたかも〟と言っただけじゃない!何の問題があるというのよ!」


 大問題ですよ。それを聞いた中には宰相と公爵家夫妻、そして親交のある諸外国の方がいたのです。今は何もなくとも後々響くのは明白です。

 王妃教育を受けたはずなのになぜこんなミスをするのかわからず溜め息が出ました。


「それに王妃が王家の不和を、娘とはいえ他国にいるわたくしに何度も書き送るのも犯罪ですわ。有事の際に間者と疑われる可能性があるのですよ?」


「え?!」


「わたくしは疑われたくないのですべて燃やしていますが、お気を悪くしないでくださいね。

 あたかもピッツァードに隙ありと他国に教えている内容でしたので国の安全のために処分したまでです」


「そ、そう……」


「ですが、手紙ほど深刻な状況ではなかったのはどういうことでしょう?わたくし、とても心配していたのですけれど」


「あ、あーそれは解決したわ!旦那様や王子妃とも仲良くしてるわよ」


「そうですか。それは良かったですね。嘘をついていたならお母様を牢に入れてもらわなければなりませんから」


「はあ?!何を言っているの?!手紙を自由に書くくらい問題ないはずよ?!」


 怒鳴る母に冷静な声で返しました。


「王妃殿下。ご自分の立場をお忘れですか?あなたの自由は自由ではないのです。

 わたくしの手紙がこちらで検閲されていたようにお母様の手紙もあちらで検閲されているのですよ」


「あ……」


「何の捻りもなく、偽名も、隠語も、言葉遊びすらなく、赤裸々な家庭の事情を、しかも王家の話をシュバリエに知られましたのよ?

 わたくしはとても恥ずかしい想いをしましたわ」


 留学先であるシュバリエでわたくしは高位貴族ないし王女として扱っていただけたので、防犯上手紙、荷物の検査は必須事項でした。

 最初の返信でそれとなく書いたつもりですが上手く伝わらなかったか、母は気にせず父達の愚痴を書き連ねました。


 母は単にどこかに吐き出したかっただけなのでしょうが場所と相手を選ぶべきでした。

 王宮に母の味方がほとんどいないという答え合わせになってしまいましたね。

 もしかしたら政務もろくにやらせてもらえていないのかもしれません。検閲を忘れたことなどわたくしはありませんでしたから。


「そ、それはね」

「言い訳は結構ですわ。検証は済んでますから。でもまさかゴシップ紙にまで王家の内情がバレているとは思いませんでしたが……。

 まさかと思いますが、お母様が情報を流しているのではありませんよね?もしそんなことをしていたら処刑もありえますのよ?」


「ヒィ!な、何を言うのかしらこの子は!!母がそんなことをするわけないでしょう?!わたくしは王妃なのよ?!民衆が敬い称える国母がそんなことをするわけないわ!」


 ドアの向こうから焦ったような高笑いに失笑してしまいました。

 そんな自分を省みてわたくしはもう母を母として見ていないのだなと思いました。


「そうですか。でしたらゴシップ紙のことはお父様に陳情しないとお約束しますわ」


 ゴシップ紙のことは、ですが。


「お母様。わたくし疲れましたの。この国に()()()()本当に疲れることばかりで。いい加減休ませていただけないかしら」

「そ、そうね。また明日があるものね。そうだわ!久しぶりにお出掛けしない?!明日でも明後日でもいいわ!勿論二人で!きっと民も喜ぶわ!」


 それは自分が注目されるから、ですよね?今までのお出掛けはすべて義妹でしたものね?わたくしとは公式以外ですと初めてではないかしら?

 外に出るのが仕事?随分楽なお仕事なのですね。政務は全部弟に投げたのかしら?義妹ではまだ十分の一も出来ませんものね。


 続きはまた明日ね!とわたくしの了解も取らず去って行く母に冷めた目でドアを見つめたドロシーは最上の礼をとりました。



「今までありがとうございました。王妃様」


 そしてさようなら元お母様。



 我慢が限界突破したわたくしは、ほとんど広げてなかった荷物をまとめあげさっさと出発の準備を終え城を出ました。

 乳母達は悲しんで見送ってくれましたが、ヘソを曲げた母はパーティーの騒ぎとは打って変わって無視を決め込んだようです。

 母の頭の中では音楽家を捨てて家族の下に残るものと信じていたみたいなのです。そんな話の流れなど一切ありませんでしたし、残れば母の実家に幽閉されるのは必至。

 それをわたくしが望んでいると本気で思っていたのかと思うと寒気がしました。


 人を無意識下で洗脳し操作して傷つけているのに、自分の思い通り動かないと、娘なのだから聞いて当たり前だと嘆く王妃に早く出ていかなくては、と強く急かされた気持ちにさせられました。



 居合わせた弟には、まとめてさよならを告げておきました。それと宰相達の目論みも告げるとそれも踏まえてやっていくよ、と疲れた顔で肩を竦めていました。


 詳しくは聞きませんでしたが、弟の方に宰相から第二妃の話が来ているそうです。

 爵位は勿論公爵位で、宰相達の派閥のご令嬢です。二年間子供が出来なければ別の妃を迎える風習があるのでそれを狙っているのでしょう。

 それまで今の義妹は子を成すことは出来ず、それ以降も出来ないかもしれません。


 わたくしは、あの場所から逃げたような苦い気持ちになりましたが、振り返らず待ち合わせしているエヴァターユの下へと向かいました。





読んでいただきありがとうございます。

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