過去と王女
後ろ盾がない男爵令嬢の娘は母が王妃になっても立ち位置が不安定でした。
表立って何かをされることはありませんでしたが、王宮にいる他人はすべて母の生家である男爵家よりも上位の家の出か長年王家に仕えてきた猛者達でした。
母の男爵家は爵位も低ければ歴史も浅い家だったのです。
弟が生まれるまではまあまあ愛されていたと思います。ですが生まれた後はいないものとして扱われてきました。
騒ごうが喚こうが両親も祖父母も振り向きません。声が届かないのですから仕方のないことでした。広すぎる家は人はいても孤独でしたわ。
乳母やわたくしに仕えていた者達は優しかったですが、それでもやはり血が繋がった家族の愛情が欲しくていつも乾いていました。
そのくせ表向きの母は子煩悩をよくアピールしていました。
そのアピールを真に受けた幼いわたくしが甘えようとすると、王女らしくないと相手から見えない場所を思いきりつねるのです。
そして人間ではなく獣を見るような目で睨まれました。
そこでハッと我に返り止めるのですが、大体頭が真っ白になるくらい恐怖するので後々説教されても罰として手を叩かれても母の言葉をうまく噛み砕けませんでした。
その辺弟は上手くできていて、男児なのもあり両親にも祖父母にも可愛がられていました。
すべての愛情を一心に受けられる弟を昔は羨ましくも憎んでいました。負けるか、と思っていた頃もあります。王女にできることなどないのですがね。
そんな幼少期を経て近い年の令嬢達と少しずつ友達になり、ある日お茶会がしたいと思ったわたくしは招待状を送りました。
数人の友人を庭園に招いて楽しく過ごしたのですが、その日は母が庭園でゆっくりするつもりだったらしく友人が帰った後は泣くほど怖い思いをしました。
『子供の癖にお茶会だなんてなんて生意気なの?!作法も何も知らないくせにでしゃばるな!』
という罵声をあげ、その後何日も無視され躾のなっていない動物のように睨まれ続けました。
怒られた夜は久しぶりに家族全員で食事をしたのですが、食事の雰囲気を壊すように母が父に告げ口し、わたくしは弟や使用人達の前で指導という名の辱めを受けました。
そして母の機嫌がやっと直ると父親から『お茶会も無料ではできないのだ』と叱られ、勝手に開いた罰としてその年のわたくしの誕生パーティーがなくなりました。
それから個人的なお茶会やパーティーは母の許可を得ないとできなくなりました。
母の後に父の許可を得なくてはならないのですが、大抵は父の許可を得る前に必要ないと切り捨てられてしまい、いつしか諦めるようになりました。
母は家を管理する側なのでわからなくもなかったのですが、ある日母が開いたお茶会で聞いてしまったのです。
『ドロシーって、言ってはなんだけど社交性がなくて人見知りでしょう?……いえ、大人しくはないのですよ。
あの子ったらわたくしの許可なくお茶会を開いたことがあって。それはそれはもう酷いものでした。招待したご令嬢方には本当申し訳ないことをしましたわ。
お茶会もパーティーも親から学んで、それからだというのに何もわからないくせに勝手に開くんですもの。
自分の意見が通らないと物を壊したり我が儘ばかり言ってはわたくしを困らせていますの。
本当、手がかかる子で……はぁ、弟のオーウェンはあんなにもいい子なのに。
ですから皆様、ドロシーが何か粗相をしてもおおらかな目で見てあげてくださいね』
あまりの言葉に顔が真っ赤になりました。親に習ってからお茶会を開く、ということを知りませんでしたし、母は何一つ教えてはくれませんでした。
あの日使用人達にお茶会を開きたいと言ったらすぐ引き受けてくれましたし、準備のほぼすべて使用人達がしてくれました。わたくしはお願いしただけに過ぎません。
それから招待客をどう持て成したらいいかも使用人から簡単に教えてもらいました。
だから友人達も不快な想いはしていないはずなのに、あたかも失敗したと言われたわたくしは手が震えました。
実の母親に辱められたことに視界が歪み、たまらず部屋に駆け込みベッドで泣き疲れて眠るまで涙を流しました。
母が暴露したお茶会にはわたくしがお呼びした友人達のお母様もいたのです。
これが悪評となって広まるんだわ。そう考えると胸が苦しく痛みました。
学園に通う頃にはめっきり人と仲良くするのが怖くなっていました。母が広めた悪評でどう思われるのか恐怖したわたくしはいつも一人でいました。
時折、お茶会に誘ってもらいましたが、相手の家に迷惑をかけていないか、相手の爵位はどの辺りかを逐一聞かれるので辟易して断るようになりました。行くと母の機嫌が悪くなったのもあります。
まるで檻に閉じ込められているような錯覚に、わたくしは日に日に将来について不安を感じるようになりました。
王位は弟が継ぐでしょう。だとすればわたくしは降嫁するのが通例です。興味がないのか娘に任せているのか未だにわたくしには婚約者がいませんでした。
もしや自力で探すか恋愛結婚をしなさいとでも言うのかしら?と不安を感じていると、母が突然釣書を持って部屋に入ってきました。
『あなたは恋愛もできないでしょうし、将来一人で野垂れ死ぬかもしれませんからわたくしがお相手を選んであげました。この方と結婚なさい』
母が選んだ方は公爵家令息でした。宰相の息子ですが三男でわたくしよりも一回り上でした。
それ自体は構わなかったのですが予言めいた母の言葉に絶望しました。
貴族なので政略結婚があることは知っていましたが、同時に両親の恋愛結婚も有名すぎるほど知っていました。
その母が何を思って一生恋愛ができないと言いきるのか理解できませんでした。
そして相手は公爵家とはいえ三男です。襲爵の予定がなければ、母方の祖父の男爵位を受け継ぐか平民になってしまいます。
案の定、初めてお会いしに行った際に、
『いくら王家と繋がっていても男爵位じゃなあ。
襲爵で伯爵位を賜る予定だが宰相から〝血は由緒正しく、歴史ある貴族が好ましい〟と言われていてね。悪いがあなたでは基準を満たせてないんだ。
それに私には唯一愛している女性がいる。真実の愛で結ばれた私達を、愛の結晶であるあなたが引き離したりしないだろう?』
にっこり微笑んだ彼の目は笑っていませんでした。
それはそうでしょう。宰相は国王の元婚約者の親戚だったのです。今は隣国の王妃になっていますが、当時はそれはそれは苦労したそうです。
一回り上の彼がまだ結婚していないのも、人に言えない関係の相手なのでしょう。
もしそれが嘘だとしても、それだけドロシーと結婚したくない、というのは痛いほど伝わりました。
元々期待していなかったわたくしは、男爵位が嫌だと仰るのでお話はなかったことになりましたと伝えると母親に平手打ちをされました。
『我が家を愚弄するなんて不敬よ!お前は何様なの?!』
わたくしは母が何を言っているのか最初わかりませんでした。公爵家が男爵位の生活なんてできる訳がありません。
相手は事実を言ったまでなのに何故わたくしが叩かれるのか理解できませんでした。
それから何でもっと食い下がらなかったのか、何で気に入ってもらえるように尽くさなかったのか、何で勝手に解消してきたのかと両親に叱責されました。
わたくしからすればなぜこの国の王女がそこまでへりくだらなければ結婚できないのか。何で政略らしい尤もな理由もないのに結婚しなければならないのか、理解できませんでした。
今思えば母はわたくしに王女としての価値がないとわからせたかったのかもしれません。
仕方がないと次の、また次の婚約者候補を宛がわれましたが、そのすべての方から断りの言葉を頂きました。
皆両親の恋愛結婚に対して腹に一物を抱く高位貴族達なのだから当然でしょう。
今は放置されているだけで、いつ蹴落としてもいいように準備しているのかもしれません。
なにせ母の家は男爵家。後ろ盾が弱い上に支持している侯爵以上の高位貴族は皆無。父方の血筋で持っているようなものです。
だからと言って母は下位貴族と婚約を結ぼうとはさせませんでした。逆は良いけれど、男性の爵位が低いのは許せないのだそうです。
そうは言いますがお相手が一回り二回り上の次男三男ばかりでは意味がないでしょうに。
同年代の伯爵位以下の嫡男には事業で貢献できる素晴らしい領地を持つ方々もいますのに。そういうところには目が向かないみたいです。
だったらわたくしも両親を見習って恋愛で……自力で相手を探せばいいのでは?と思いつきましたが、もう手遅れでした。
母が娘の破談話をさも悲劇のように広めていたのです。
母にとっては魅力が足りない王女を蔑ろにされたと同情してほしくて愚痴を零したのでしょうが、それはただの家の恥でしかありません。
対立関係の家ばかりに打診していたのだから断られるのは当たり前です。むしろ嫡男でなければうまく行くと思っている方がおかしいというもの。
その傘下である下位貴族がわたくしに心を開くなどありえないことでした。
次男三男にすら相手にされない瑕疵持ち王女と嗤われたわたくしは、いつしか『男爵王女』と揶揄されるようになりました。
王女でありながら男爵ほどの価値しかない、という意味だそうです。
最終学年で父方の遠い親戚筋の子爵令息にこっそり結婚の申し込みをした際も、答えを聞く前に食堂で大々的にその子爵令息が侯爵令嬢とついに結ばれ恋愛結婚をすると発表され散々な気持ちになりました。
その二人は付き合いはおろか逢瀬をしていた気配はなく寝耳に水でした。けれど実は二人は幼なじみだというではありませんか。
そして侯爵家は類に漏れず両親……いえ、母を疎んでいる家柄です。
弟の婚約者である子爵令嬢が養女先に選んだ家でしたが、母が無意識にあの侯爵家は価値はないと罵っていたため恨みを買っていたのかもしれません。
この結婚はたまたまかもしれませんが、無計画というわけでもないでしょう。その場に居合わせたわたくしにわざわざ祝いの言葉をねだったのですから。
子爵令息は表向きはろくに話していない仲でしたし、侯爵令嬢とも公式以外で話したことがありませんでした。
最高位とはいえ人混みに埋もれていたはずのわたくしに、事情を知らない体で話しかけたとは到底思いませんでした。
それからのわたくしは家に引きこもり荒れました。それも一週間で終わらせられましたが。
情けない娘を母が見かねて、『自分磨きに留学するといいわ』とにべもなくわたくしを追い出しました。
弟の婚約者になった子爵令嬢に王妃教育を施さなくてはならないからわたくしがいると邪魔なのだそうです。
母が教えられるのは慰問活動くらいで他にすることはないでしょうに。貴族名鑑も覚えられなくていつも誰か付き添っていたと思いますが何を教えるというのでしょうか?
ともあれ、自国では窒息しそうだったわたくしはそのまま他国へ留学しました。勿論父の元婚約者が治める国とは別の国です。
そこは親交がある国の中で一番自国から遠く、そして歴史も長い大国でした。人種も種族も多く自国の常識が通じないことが多々ありました。
最初は挫けそうになりましたが見るもの触るものすべてが新しい世界で学ぶことはとても楽しかったです。
また忖度のなく正しく見てくれる方々と出逢い、わたくしは自分を見つめ直すことができました。
わたくしは口を開けて笑うことが好きだということ。
好きなものはずっと好きでいられること。
わたくしが選んでいいこと。
もっと欲張ってもいいこと。
ダメだと叱られても反省以上に傷つかなくていいこと。
わたくしは王女以上に価値があること。
わたくしは素晴らしい女性であること。
前までなら将来は修道院か平民落ちしかないと諦めていましたが、この国で自立して生活している女性を見て自分もこう生きたいと思えるようになりました。
そこで変な青年と出逢いました。彼はピアニストだったのですが一人で弾くのが好きでいつも即興で弾いてはその日の食事代を稼いでいました。
即興が好きなのかと思いきや、単に楽譜を読んだり書いたりするのが億劫なだけで、別に歴代の作曲家の音楽が嫌いという訳ではなかったようです。
音符を読むよりも耳で聞いて弾く方が得意という彼に他のピアニストを紹介したり、学んで彼が奏でる音を楽譜にしたためたりしました。
音楽を聞くのは昔から好きでしたが音を正確に聞き分けるのも得意だったようです。
留学期間を延ばしてもらいましたがその延長した期日が近づいた頃、彼の楽譜は三十曲以上になっていました。
わたくしも数えて驚きました。これならその日暮らしをしなくてもすむようになるし、もしかしたらいいパトロンと出逢えるかもしれません。
定期演奏会をしているサロンで彼のピアノともこれでお別れだなとしみじみ聞き入っていると、途中から知らない曲に変わりました。
彼は時折つまらなくなると勝手にアレンジしたり、別の曲を弾く癖があるのですが、その癖が出たようです。
最近は演奏会などの場所ではやらなくなっていたのですが何があったのでしょう。
内心ハラハラしているとゆったり甘く囁くようなメロディーになり目を瞪りました。まるで愛の言葉を囁くようなピアノにわたくしの心臓はドキリと跳ねました。
温かく包み込むようなメロディーは時折わたくしを撫で、そして子犬がわたくしの周りで跳ねるように走り回り愛らしく尻尾を振っています。
その子犬を誰かと眺めているような温かさに目尻を滲ませるといつの間にか彼がわたくしの前で跪いていました。
『ドロシー、どうか帰らないでくれ。私には君しかいないんだ。残って私と結婚してほしい』
お願いだ。と懇願され驚きました。だってわたくしと彼はそんな関係ではなかったのです。良くて友人、悪くてヒモと飼い主でしたもの。
わたくしは降嫁して、そうでなくとも臣下になるからあなたを援助することはできないのですよ。と諭しましたが援助なんていらないと断られました。
『私が欲しいのは君自身だ。爵位なんていらない。ドロシーがいてくれればいいんだ』
熱烈な告白でしたが妙に凪いだ気持ちで聞いてしまいました。
彼は実は公爵家の次男で兄といつも比べられて自棄になり留学の体で国を飛び出したのだそうです。
いざとなれば侯爵位を襲爵すればいいと言われましたが頷くことができませんでした。
『ごめんなさい。わたくしの両親は身勝手な結婚をしたせいでいろんなところに敵を作り迷惑をかけてきました。
公爵家となれば祖国で相応しいご令嬢が婚約者としてお待ちでしょう。どうかわたくしのことはお忘れください』
婚前交渉で妊娠が発覚したお陰で両親は結婚でき、わたくしが生まれたことで母は王妃としての自信を得ました。
しかし王妃の子供であるわたくしは多方面から陰で疎まれていました。
わたくしが生まれなければ王妃をすげ替えることもできましたし、男児なら弟よりもっと持て囃され、そして命を狙われていたことでしょう。
母に操縦されていたわたくしは相手にするまでもないと丞相らに捨て置かれていました。それがもし他国で高位貴族と結婚となればそうは言ってられないでしょう。
わたくしはいつでも切り捨てられる母の傀儡でいなくてはなりません。
ですが帰国すれば母にとんでもない婚約を突きつけられるか、母方の親族と結婚させられるでしょう。
留学延長の際に行き遅れが決定したわたくしを、恥知らずと嘆いた母は戻ったらそのまま実家の男爵家に入れると豪語していました。
恥ずかしくて王家にはいさせられないとのことでした。
男爵家は既に親戚夫婦が継いでいて子供もいます。さすがに赤子と結婚しろとは言わないと思うので名ばかりの後妻か使用人として入れということなのでしょう。
実の子の王女に対して有り得ない話だなと思いました。
留学したお陰でわたくしの家は歪で普通の貴族のそれとは違うとしみじみ痛感いたしました。
母の言う通りにする気は毛頭ない、と言いきれるくらいには強くなれたと思っていましたが、エヴァターユに告白されて、まだまだ自分に自信が足りないのだなと思い知らされました。
『平民紛いの血筋は貴族にとって異物であり疎ましいもの。遠からずあなたの障害になることでしょう。そうなる前にもっと条件の良い方と結ばれてください』
後半は涙が零れてしまいましたがそこで彼とお別れしました。
一ヶ月後、荷物をまとめて国を出ようとしましたが停まった馬車から外を見れば自国ではなく見知らぬ邸の前でした。
そこにはお別れした彼、エヴァターユが演奏する際着ていた派手な服ではない、ですが品がある貴族らしい格好で出迎えてくれました。
『エヴァン、これはどういうことですか?』
驚き声をかけると今日からこの邸に住んでほしいと乞われました。ここはエヴァターユが買い上げたお邸なのだそうです。
『君を帰したくなくて、その、色々手を尽くした。迷惑を承知でもう一度言う。私の妻になってほしい』
真剣な表情にまたもや驚きました。エヴァターユはピアノ以外にはまったく興味がない方だったのです。服はおろか食事の時間さえ惜しんでピアノを弾いている方でした。
何が彼を変えたのか?と不思議に思いましたがそれが自分かもしれないと思ったら顔が赤く染まりました。
そこでやっとエヴァターユが本気でわたくしを想ってくれているのだと理解したのです。
そのエヴァターユはドロシーの留学を再延長する手続きをとってくれ、一緒に住みながら婚約者として清い関係で過ごしました。
襲爵する上でエヴァターユは置き去りにしていた勉強をすることになりピアノから離れましたが、この国の王様の許しを得て侯爵位を賜りました。
フタを開ければ王家とエヴァターユは親戚筋なのだそうです。それで爵位を賜ったそうですが、それにしたって破格の待遇です。
その辺りも方々手を尽くして用意したのだと友人伝手に聞きました。
『ドロシーに価値がある男だと認めてもらいたいんだ。いつかはピアノで飯を食っていけるかもしれないが、いつかなんて遅いと思ったんだ。
今をなんとかしなくちゃドロシーは二度と手に入らないと思った。私の元に戻らないって思ったんだ』
『エヴァン……』
『それに王女様が嫁ぐならそれ相応の形じゃなければ格好がつかないだろ?さすがに王様は無理だけど、侯爵なら文句を言われないかと思ってね』
おどけたように笑うエヴァターユにわたくしの目からホロリと涙が零れました。
そして彼はもう一度わたくしの前で跪いてくれました。
『ドロシーが好きだ。君が隣で音符を書き記す音がとても心地好くて、いつしかなくてはならない音になったんだ。
君が書いてきた楽譜は私の宝物だ。それをいつかの思い出にしたくはない。これからも私と共に音を奏でてほしい』
『はい…っエヴァンの弾く美しく自由な音色をこれからもずっと聞いていたいです。あなたの隣に居させてください』
手を取り合いわたくしは彼の気持ちを受け止め、彼もまたわたくしの気持ちに応えてくれました。
本来なら叶わない願いなのですが、エヴァターユと添い遂げられるなら両親と縁を切られても構わない、そう思いました。
読んでいただきありがとうございます。