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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件
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メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件 1

 メイド達と暮らしていた頃のことを文章にしたところ、それなりに評判が良かったのでまた書いてくれと依頼され、時間がないからとか皆に迷惑がかかるからとか適当に断っていたのだが、あまりにもしつこく言われるので、これは素直に書いてしまったほうがむしろ面倒がないと思い、また書くことにした。

 ただ、既に書いた通りかなり以前のことなので、記憶があいまいな部分もあるし、諸々の事情により少し伏せたりした部分などもある。そういうわけで、私のことをまるまる信用するのは避けていただいたほうがよいだろう。

 今回は、なぜあの頃、館の玄関に強力な目覚まし時計が三台置いてあったのか、その理由について書こうと思う。

 

 1

 その年はどちらかと言うと暖冬ではあったが、それでも寒い日は寒いので、メイド達は暖かい場所を探してはそこで縮こまってばかりいた。特に本館はエアコンを設置することができず、一階ホールに設置した電気ストーブが最強の暖房器具だった。そこでメイド達はよくその周りにたむろしていた。冬は比較的来館者が少なく、メイド達がそんな調子でも仕事にあまり差しさわりはなかった。そのあたりも今回の話には関係している。

 

 一階ホールというのは本館の玄関ホールから一歩入った広々とした空間で、天井が高く、またそれに合わせて縦に長い窓がいくつも開けられているため、いつも光に溢れている。東西に廊下が伸びていて、正面にはゆったりとした折り返し階段、その向こうは中庭に通じる大きな扉だ。開放感があり贅沢な作りなのだが、お察しの通り何しろ暖房効率が悪い。小さめの電気ストーブは、自分の身近な人間を幸せにするだけで精一杯だ。それでも、本館で一番暖かい場所がこの電気ストーブの周辺であることは間違いない。

 ろくに働きもしないで電気ストーブに当たっているのはメイド達ばかりでなく、実は私も同罪だった。図書室から資料を持って管理棟に戻ろうとした際、ストーブの前に彼女達が固まっているのを目にして、つい引き寄せられしまった。

 我が家には当時五人のメイドがいたが、そのうち四人までもがストーブの前にいた。更に常連のお客さんたちも数名いて、雑談の花が満開だった。ストーブの熱以上に、人間が集まっていればその場所の気温は上がる。私もついその満開の一部となってしまった。

 

「我々をお客さんと呼ぶのは少し変ではありませんか」とお客さんの一人が言った。「入館料は無料なのですから」

 近所に住んでいてよく館に遊びに来るご隠居で、いつも白い眉の下の細い目を更に細めて微笑んでいる、人好きのする老人だ。お宅に大きな梅の木があるいるため、メイドたちはよく『梅のおじさま』などと噂している。

 彼の言葉に対する四人のメイド達の返事は、それぞれ良くも悪くも彼女達らしいものだった。

「無料でも、見学に来てくださっただけで大切なお客様ですから。心からのおもてなしをするのが私たちの務めです」

と優しい笑顔で答えたのはI海さんというメイドだ。愛にあふれた素晴らしい答えだ。

「いつも、友達を家に招いたつもりで接客するように言われてますので……」

と、これはA田というメイドの返答だ。控え目だが偽りのない、等身大の答えだ。

「お客さんがいなかったら、なぜこのお屋敷があるのかわからないですよね。だから、お客さんは大事にしないと」

と、U月というメイドが続く。爽やかな顔をしているが、何か深い意味があるような、そうでもないような、よくわからない答えだ。

「いやー、普通の商売なんかよりはよっぽど楽な仕事だからねー。無料の見学者にも優しくできるってもんよー」

 このストレートな物言いはFヶ崎というメイドで、あまりに明け透けなのでその場にいる全員が一瞬絶句し、その後彼女の屈託のない笑顔を見て苦笑する。

 たしなめようとした私よりも少し早く、恰幅の良いクリーニング屋さんのご主人が笑って応じる。

「そんなことないでしょう。これだけ大きくて歴史がある洋館を守るのだから、大変なお仕事ですよ」

 駅前商店街に古くからあるクリーニング店のご主人だが、この人も、娘さんが結婚されてから暇になったのか、よく遊びに来る。店で見かけるよりも館で会うほうが多いくらいだ。

 お客さんがそんな風に気を使ってくれたのだが、Fヶ崎はそのあたりに気づかず

「変なお客さんも来たりして、大変なことは大変かもねー」

などと苦笑いをする。

「変なお客さんっていうと?」

 その場にいたお客さんが口々にそう言って、Fヶ崎の顔を見る。その目は、何かおもしろい話が聞けるのではという期待に満ちている。


 確かに変なお客さんも中にはいるのだが、お客さんたちに向かって他のお客さんを揶揄するような話を披露されてはかなわないので、私はFヶ崎に目線を送りつつ、話を横から奪うことにした。

「いろんな方がいますけど、例えば難しいリクエストをいただくことはたまにあります。全館を貸し切りにしたいとか、部分的に貸し切りにできないか、とか」

「部分的?」

「庭とか、館の外観とかを、何かしらの撮影で使いたいという話が多いです。あとはなぜかバルコニーを貸してくれって話が最近ありました」

「ああ、あの二階の大きなバルコニーのことですね?」

「ええ、二階の東階段の脇から出られる、あのバルコニーです。もっとも、手すりがなくて危ないので、使用禁止になってますけどね」

 上手い具合に常連さんたちが話にのってくれて、Fヶ崎の『変なお客さん』の話から離れることができたようだ。

「なんでバルコニーなんか借りたいのかなー?」

 Fヶ崎が私に向かって首を傾げるが、それを見て『梅の老人』が愉快そうに笑う。

「以前は、と言っても私も知らないような時代ですが、あのバルコニーは評判だったようですよ。当時から町が綺麗に見渡せてロマンチックだということで、あいびきや、プロポーズの場として使われることがあったようです。先代から聞いていませんか」

「そーなんだー、全然知らなかった」

 私とメイドは、それぞれ時期は多少前後するが、この館に来てからそれほど経っているわけではない。『梅の老人』を始めとする常連の人たちはずっと以前からこの土地に住む地元の人たちなので、我々よりもむしろ館について詳しいのだ。

「あたし、たまにあそこで休憩するけど、たしかに見晴らしいいよね」

「危ないから出ちゃだめなんだってば」

「だって、『危険』って書いてあるだけで、扉に鍵もかかってないじゃん。東階段を上がってすぐ横にあるから目につく扉なんだし、出るなって方がおかしいでしょ」

「『危険』って書いてあったら、普通は出ないんだよ」

 クリーニング屋さんのご主人が笑いながら尋ねる。

「貸し切りなんておもしろいし、何なら儲かりそうじゃないですか。どうして引き受けないんですか?」

 その問いかけが本気かどうかはわからないが、私はこれまで人に何度も説明してきた我が館の事情をまた繰り返す。

「皆さんごよく存じだと思いますけど、うちは、決められたこと以外はしちゃいけないことになっているんです。この館の生業は、庭とこの本館を無料で市民に開放することで、他のことはしてはならない、そういう掟があるんです。余計な商売はしてはいけない。お客さんからお金を取ることもしちゃいけない。本当に、不自由なもんですよ。全ては先代のこだわりです」

「まったくー」と、これは口を尖らせたFヶ崎の台詞だ。「その話、いつも聞くけど、なんとかならないの? ご主人さまはこの屋敷のご主人さまでしょ?」

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